第1章:早乙女学園
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「君が…高原さん?」
第8話
放課後。
七海ちゃんは図書室へ勉強、渋谷ちゃんや四ノ宮くん達はそれぞれ打ち合わせやらの予定があるようで早々に帰っていった。彼等に雅くんのことは話していないので、これから月宮先生と雅くんのところに行くのはなんとなく秘密だ。先生がいるとはいえ、男子寮だしね。その校則を破った経験のある本人が言う言葉ではないけど。いや、あの時は仕方なかった。アイドルになる為には必要なことだった。うん、だから許してください、なんて懺悔しながら私も職員室へ向かう。
先生と教室から寮に向かうのはやはり目立ってしまうだろうってことからの対処だ。
失礼します、と職員室の扉をあけて月宮先生の姿を探すとすぐにピンク色の髪 が見つかった。いつ見ても鮮やかなピンクだなぁ。
ボケッとしていると先生の方から私に気付いてくれて、待ってたわよん!、と行って私の手を引きながら共に職員室を後にした。月宮先生の手はとてもすべすべです。
そしてついた先で、今は体調が良いからと面会出来た彼はベッドに腰掛けていた。正直見た目からは病弱そうには見受けられなくて、逆にスポーツをしている姿が容易に想像できた。月宮先生に、ホラ挨拶しなきゃ、とウィンク付きで促されて慌てて口を開く。
「は、はい…!初めまして雅くん、高原綾奈と言いますっ…」
「初めまして。雅 綾人だ。よろしく」
「はいっ…!た、体調は如何ですか?今日は無理をいってすみません」
「…今は大丈夫だ。それに、謝るのはこっちのほうだろ。…悪い。最初のパートナーが俺なんかで」
ほんと情けねぇ、と自嘲する雅くん。その表情があまりにも悲しくて痛々しくて。私の胸もぎゅうっと苦しくなった。
月宮先生が彼の背中をさすってあげていて、何か言わなきゃと口を開くが何を言えばいいんだと口をぱくぱくさせてしまう。だってきっと今の彼に何を言っても、初対面の人間の言葉なんて入ってこない。同情にしか聞こえない。私は確かに彼に会いたかったけれど、無理をさせたかったわけでも、同情しているのだと伝えに来たのではない。
…そうだ。そうだよ。私が今日ここにきたのは…。
ぎゅっと手のひらを握りしめて彼を真っ直ぐに見据える。すると彼は少し目を見開いたような気がした。
「雅くん。私、待ってます。まだ時間はあります。だから、私の為に曲を作ってください」
「、あんた…」
「こ、こんなこと言えるような人間じゃないのは分かってます!でも!…でも、私は君の曲を歌いたい。…そう、思ってます」
「…」
「綾奈ちゃん…」
「…勝手ですみません。今日はそれを伝えたかったんです!その、もう帰りますね!お大事になさ、」
「…作るよ」
「え…」
「作るから。あんたの曲」
だから…待っててよ、と強い目をした彼の言葉を一瞬理解出来なかった。でも初めて見た彼の笑顔は本物だと思った。何かがこみ上げてくるのを感じながら、はいっ!、と大きく返事をした。彼は書いてくれると言ってくれたんだ!私の曲を!
良かったわね2人とも!、と抱きしめてくる月宮先生に慌てながらも心は嬉しくて。待ってますね、と雅くんに告げれば彼も、おう、と応えてくれた。
「月宮先生、今日は本当にありがとうございました」
「いいのよ~!アタシ感動しちゃったわ!何か困ったことがあったら言ってね。あなた達の場合は連絡を取るのも大変だろうし…」
「はい!その時はよろしくお願いします」
あまり長居をするのも身体に良くないだろう、と早々に彼の部屋を後にした私と月宮先生は学園に戻りながら歩いていた。今日の対面でうまくいかなそうであればパートナーの代理を立てることも考えてくださっていたらしくて、先生も気を揉んでくれていたようだ。ありがたい。
結果、彼との初対面は良い結果だった。あとは彼の身体を気にしつつ、作曲してくれるのを待つだけだ。あ、いやいや待ってるだけじゃダメだ。その間に出来ることは沢山ある。作詞については曲を聴いてからじゃないとどうしてもイメージが掴めないから難しいにしろ、ボイストレーニングは出来る。あと筋トレもして声量を少しでも多く出来るように…、うん。出来ることからしていこう。もう一度先生にお礼を言ってから校舎の前で別れた。とりあえず図書館へ寄って参考になりそうなのを探そう。…あ、今ならまだ七海ちゃんも勉強してるかも。少し様子を見に行こうかな。
図書館へ向かう足取りは軽く、思わずスキップでもしそうな勢いだ。雅くんはどんな曲を書くのだろう。期待に胸が膨らみ、緩む頬をそのままに足を進めた。
*
「はぁ~!ちょ、ちょっと休憩…っ」
図書館へ寄って七海ちゃんと少し話してから早めに寮に帰って夕飯も先に済ませた。早速体力作りに励もうと思ってランニングをするのだ。
普通の規模の学校なら校内1周のランニングもそこまで辛いものではないんだろうけど、何せこの学園は広すぎる。校内を1周出来るようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ…、とぱたりと芝生に寝転がる。春先特有のまだ少し冷たい風が火照った身体に心地良い。さらに広がるのは満天の星空。目を奪われるその光景に心が落ち着いていく。…とても静かだ。
「綺麗…」
「…何をしているんですか」
「ほわぁ!!!!!?」
「ほわ…、もう少し女性らしい声をあげたらどうなんですか」
「い、いいい一ノ瀬くんでしたか…!!はぁ~吃驚したぁ~…」
聞いてるんですか、と怪訝な表情の一ノ瀬くんには悪いけど今はそれどころではない。心臓がバックバクなのだ。だって静かだったしまさか人に会うとは思ってなかったから…!ガバリと上半身だけ起こして深呼吸をすればなんとか落ち着いた。
そこでふと、どうして彼はここにいるんだろう、と考えて彼を見上げたところでその理由を察した。だって彼はジャージ姿だったから。
「こんばんは、一ノ瀬くん。君もランニングですか?」
「こんばんは。えぇ、ということはあなたもでしたか」
「はいっ!学園内を一周、と思ったんですけどここの敷地面積なめてました。あはは」
「…さすがに女性には厳しいでしょうね。レコーディングテストの練習はしなくて良いんですか?」
「えと、はい。まだ出来なくて。だからその間に自分のできることをと思って体力作りです」
今は休憩ですよ、とへらりと笑うと彼も少し微笑んで、隣失礼します、と言って腰掛けた。わぁ一ノ瀬くんいい匂い。ん?いやいや断じて変態ではない。正直な感想を言ったまでである。
それから緩く他愛のない話をした。彼のルームメイトの話やHAYATOのせいでどれだけ迷惑をかけられているだとか、本当にそんな些細なことだ。まぁHAYATOに関しては苦笑するしかなかったけど。
私が一ノ瀬くんと話をする為に本を読み始めたという話をして呆れられたところで少しの沈黙。気付けば20分ほど話していたようだ。汗もすっかりひいている。彼も同じだろうし風邪をひいてはいけない。そろそろ戻ろうかと考えて立ち上がる。
「そろそろ戻りませんか?まだまだお話しはしていたいですけど、このままだと風邪をひいてしまうかもです」
「あぁ…少し話し込んでしまいました。そうですね、戻りましょう」
「大丈夫ですか?私の上着貸しますよ」
「…それは普通男の台詞なのでは?」
「いやいや。馬鹿な私は風邪ひきませんけど、一ノ瀬くんのような聡明な方はきっと風邪ひかれちゃうから私の台詞であってますよ」
「何を言ってるんですか。…ほら、手も冷えてるじゃないですか」
「冷え性なんです」
いいから戻りますよ、と私の冷たい手を握ったまま歩き出す彼に引かれて足を動かした。一ノ瀬くん手大きいですね~、なんて呑気に笑う私はこの後自室に戻ってから死にたくなる羞恥に悶えることになるのだが、今は思いの外話しやすい彼との会話が楽しくて気にすることはなかった。
「…七海ちゃん、頑張ろうとは言いましたが…ちゃんと寝てますか」
「えっあ、あの…」
「…責めたい訳じゃないんです。頑張るのはすごいことです。でもただ、心配なんです」
「綾奈ちゃん…」
「七海ちゃんは確実に力をつけてます。この数日でつける力じゃないです。今やってるところなんて本来何年もかけて得る知識です」
日に日に目の下のクマが濃くなる七海ちゃんに、ついに私は口を出した。七海ちゃんと同室の渋谷ちゃんから聞いていたが、彼女が寝ている姿を見ていないと言っていた。そんなのがこれからもずっと続けられるはずがない。いつか、壊れる。そうやって無理をした結果、本番で倒れて追い詰められた子を私は知っている。
放課後。まだ夜には早い。きっと部屋に戻らせてしまったら彼女は一人で無理をしてしまう。気まずそうに視線を下にやる彼女に小さく息を吐いて近くのベンチに腰を下ろして膝をポンポンと叩いてやる。不思議そうにしながらも私に習って隣に腰を下ろした彼女の腕を少し強めに引っ張る。ひゃっ、と可愛い声をあげた彼女は今私の膝に頭を預けた状態…膝枕の状態になった。今日は日差しも暖かいし、お昼寝には丁度いい。
「綾奈ちゃん…!あ、あの!」
「休憩です。少しの間、なにも考えずに眠ってください。ちゃんと起こしてあげますから」
「で、でも綾奈ちゃんに迷惑を…!」
「友達を心配するのは迷惑なことですか?」
「、!う、ううん…」
「うん。じゃあ、少しだけおやすみ」
さらりと頭を撫でてやるとスゥ…と眠りに落ちていった。よっぽど疲れていたみたい。私の周りには無理する人が多い。体だけは大事にしてほしい。それで苦しんでる人がいることを知っているから。雅くんも、早く元気になってほしい。
願わくば、みんなが笑顔でいられる未来に。
20190617