第1章:早乙女学園
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あれ?七海ちゃん?」
第7話
放課後、早速一ノ瀬くんと意思の疎通が出来るように本を読もうと図書室にやってきた。何冊か気になっていた小説を手にとって貸出手続きを行おうとカウンターへと足を進めると、見慣れた背中が本を山積みにして机に噛り付いている姿を見つけた。それに思わず声をかけると彼女、七海ちゃんは一瞬気まずそうに視線を彷徨わせたが、こんにちは、と苦笑した。
「どうしたんですか、お一人で。お勉強で…って、それ」
「あ、あの、みなさんには内緒にしていただけませんか?」
「でも一人じゃ、」
「お願いしますっ…!作曲家コースのくせに今更、楽譜が…読めない、なんて…」
情けなくて、と涙を浮かべて七海ちゃんは頭を下げた。彼女が必死になって勉強していたのは楽譜の読み方や書き方だった。デモテープを送るだけという受験では問題なかったから、と入学して周りが当然のように楽譜を認める姿に焦ったらしい。誰かを頼ろうにも自分ではなかなか言い出せなくて、同室の渋谷ちゃんにもバレないように毎日寝る間を惜しんで勉強していたと。そんな健気な姿に心が痛まないはずがなかった。私より若くてまだまだ周りを頼ってもいいはずの子が、誰にも頼らず、その上自分を情けないだなんて。
その姿はあの日、ラブソングを作りたいと言い出せなかったあの子を思い出した。
「…七海ちゃん」
「は、はい…っ」
「…どうして相談してくれなかったんですか。そりゃ…私は技術に関しては素人同然ですが、相談相手ぐらいにはなれます」
「で、でもみなさんご自身のこともありますし…!」
「それで七海ちゃんが崩れてしまっては元も子もないです…。七海ちゃん、私も手伝わせてください。少しでもお力になれるかもしれません」
「綾奈ちゃ、」
「…一人でよく頑張りましたね」
一緒に頑張りましょう、そう言って頭を撫でてやれば彼女の大きな目からぽろぽろと涙が溢れた。一人で思い悩むのは相当辛かっただろうと思う。彼女の涙はなかなか止まらなくて、泣き止むまでずっと頭を撫でてやった。
「え?綾奈ちゃんも楽譜が読めなかったんですか?」
「はい。受験の時に必死こいて勉強しました。おかげで今は読めるようになりましたよ。音楽用語とか専門的なことはまだまだですけど」
「そうだったんですね…。わ、わたしも頑張ります!」
「はい!その息ですよ七海ちゃんっ」
泣き止んだ七海ちゃんは頭をなでていた私に恥ずかしそうに頬を赤らめて礼を言った。その笑顔は本当に可愛くて、そしてどこか吹っ切れたようだった。
時折他愛の無い話をしながら、一緒になって勉強に勤しんだ。七海ちゃんはとても飲み込みが早い。即興で曲が作れる彼女のことだからきっと才能はピカイチなんだと思う。 その姿に、私も頑張らないと、と気合をいれる。天才でもなんでもない私は努力するしかない。でないと大好きな音楽に携わっていられないから。
「今度は、諦めないよ」
ぽつりと呟いた言葉を七海ちゃんが聞いていたとは知らずに、本来の目的ではなかった目の前の課題に取り掛かった。 本は、帰りにサッと借りていこう。
*
「雅ちゃんに会いたい?」
「はい。…も、勿論彼の体調がすぐれないようなら無理は言いませんっ!だけど、だけど…私、彼に会ってみたいんです!」
「綾奈ちゃん…」
翌日、私は月宮先生に無理を承知で雅くんに会いたいと告げた。待っているだけじゃ駄目だと思ったから。会ってみたいと、思ったから。
じっと月宮先生の様子を伺っていると驚いていた表情から一変してふわりと笑みを浮かべた。な、なんて可愛い…。
その可愛さに一瞬気を取られていると彼の綺麗な手が私の頭に伸びてきた。一定のリズムで動くそれに撫でられているのだと理解して頬に熱が集まる。
「せ、先生っ…?」
「ほんと、優しい子ねあなたは。…いいわ。アタシが取り持ってあげる!」
「ほ!本当ですか!」
「ええ!可愛いくて真面目な綾奈ちゃんの為だもの!実を言うとね、彼もあなたに会いたがってはいたのよ」
何か踏ん切りがついたように笑みを浮かべた先生は雅くんと会うことに協力してくれるといった。それに喜んでいると更に意外なことを聞いてしまい、思わず動きが止まる。か、彼が私に…?
困惑する私に先生は再び私の頭を撫でながら口を開いた。どうやら先生は私が彼の体を心配していることを告げていたらしく、それで興味を持ってくれたとか。
「普段はクールな子でね。感情を表に出すような子じゃないんだけど…伝言を伝えた時にね、彼…涙を流したのよ」
「…」
「…そりゃ辛いわよね。学園に入学出来たのに何も出来ないなんて。その上パートナーにまで愛想を尽かされるかも、なんて考えたら…」
「月宮先生」
「何かしら?」
「私、絶対に彼の曲を歌います」
「…えぇ。ありがとう」
悲しげな笑みを浮かべる先生もやはり雅くんのことで気を揉んでいたことが分かる。彼の境遇を知っているからこそ心配だったんだと思う。
そして早速今日の放課後に会いにいくことになった。まず行ってみて体調が悪そうならまた明日にでも。体調はタイミングによっても辛さが違うもんね。雅くん…会えるといいけど。
「どうした。元気がないように見えるが…」
「聖川くん…いえ、ちょっと知り合いの体調が良くないみたいで」
「…そうか。それは心配だな。だがそれでお前が気に病んでしまっては元も子もないだろう。お前は笑ってやればいい」
沈んだ気分で教室に戻った私に声をかけてくれたのは聖川くんで、しかも慰めてくれた。どれだけ情けない顔をしていたんだろう。
彼の言うとおりだ。
せっかく会うチャンスを掴めたんだ。話せるチャンスなんだ。暗い顔をしていては恥ずかしい。
気合いを入れるために、パチン!と頬を叩くと聖川くんは驚いたようだけど、へらりと笑ってお礼を告げると彼もまた優しく微笑み返してくれた。 本当に優しい人だ。私もいつか彼が辛い時に助けてあげられたらいいなぁ。…自分にいっぱいいっぱいな今の状態じゃそんな大層なことはできそうにないな…。と、とりあえず!心配だけはさせないようにしよう!これが目下の私の目標だ。
予鈴が鳴って本日最後の授業が始まる。科目は現代文か。幸い得意な分野ではある。点数は下げないように頑張るので今日だけは雅くんのことを少し考える時間をください先生。ごめんなさい。
ふと七海ちゃんに目が止まり、現代文の教科書で隠しながらも作曲の勉強をする姿に背中を押された気がした。七海ちゃん、私も頑張るよ。だから君も頑張れ。 それは乗り越えられる壁だ。
20151203