第2章:うたプリアワード
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「どうして、私は七海ちゃんじゃないんだろう」
第35話
日向さんと別れてからしばらくも見回りの仕事は続いた。やはりこの人混みなのもあって迷子もいるし、落とし物の捜索なんかもたくさん請け負った。一つが解決するたびに伝えられる「ありがとう」の言葉は今の私とってとても甘美な喜びだった。
本当はこの笑顔を私の歌で引き出したい。
その想いに嘘はない。嘘はないけれど。重く黒い感情は私の心から中々消え去ることはなかった。
「、あ…みんな…、」
そんな時に見かけた大好きな人達が笑い合う姿は、更にそのどす黒さを加速させた。泣いていたのか、目元に手を当てながら笑う七海ちゃんを守るように囲むST☆RISHの姿はあまりにも美しく、羨ましかった。
私達の差は、一体なんだったんだろう。
夢のためにまっすぐにひたすら走ってきたつもりだった。その道中で得た大切な人達と共に、見たことのない景色を自分の歌で掴み取りたくて。
けれど、実際はどうだ。μ'sのみんなとの思い出に今もなお縋り続ける私は何も変わってなどいない。一人ぼっちで誰の輪にも入っていけない、ただの…弱虫だ。
どれぐらいそうしていただろう。ぼんやりと立ちすくんでみんなを見つめていた私に、ふと振り返ったセシルくんが気付いた。「綾奈!会えて嬉しい!」と笑顔で駆け寄ってきてくれる彼に酷く胸が痛む。咄嗟に貼り付けた笑顔が引き攣っていなければいいけれど。
「…こんばんは。みんなで来られたんですねお祭り」
「Yes!綾奈がこのお祭りについて教えてくれたのだと聞きました。ワタシ、とても楽しい!」
「…そっか、よかった。まだまだ楽しんでくださいね!私は行かなきゃ」
「ノン。どこに行くのですか」
「え…」
ソッと取られた手は彼のぬくもりによってじんわりと熱を帯びていく。如何に自分の手が冷えていたのかを実感して眉間に皺を寄せた。こちらにやってきたセシルくんに気づいて他のみんなも「おー!綾奈ー!」「え!?巫女さん!?可愛い…っ!」「奇遇だね」だなんて言いながら側にやってくるのを感じる。
あ。ダメ。これ以上もう、いま笑えない。
どうしてもこの場を去りたくて後ずさる私をセシルくんは許さなかった。…いや、振り解こうと思えば簡単に出来るぐらい、優しく取られた手だった。
パッと顔をあげてセシルくんを見つめた私はさぞかし情けない表情をしていることだろう。けれどセシルくんはその読めない綺麗な瞳でジッと私を見つめるだけだった。
「……花火、またもうすぐ上がりますよ。楽しんでくださいね」
「お!そうなのか!さっきのも綺麗だったよな〜!」
「高原、それって巫女さんだよねっ?バイト?」
「友達の…お手伝い、で」
「そうか。用事とはこの事だったのだな」
「綾奈ちゃんの浴衣姿が見れなかったのは残念ですけど、その巫女さんもとっても似合ってます!」
「そう、かな…」
「…綾奈?なにかあったのですか?」
「…この人混みだし疲れたんじゃない?少し座って話そうよ子犬ちゃん」
「い、え。私、戻らなきゃ、」
このままだと悲しみでどうにかなりそうだ。早く、早くこの場を去らなきゃ。こんなに優しい人達に気を遣わせるなんて、それこそバカみたいだ。今もなお手を握るセシルくんの手からソッと手を抜き取る。…震えていることはきっとバレている。でも、私自身なにに怯えているのか分からない。自分の情けないところばかりが浮き彫りになって本当に嫌気がさす。はやく、はやく。じゃないと私は、
「綾奈ちゃん…?その、わたしでは頼りないかもしれないけど、力になります…!」
君に、酷い言葉を投げてしまう。
「どうして、私は七海ちゃんじゃないんだろう」
「「!!!」」
「え…綾奈、ちゃん…?」
「ハハ…。似ているなんて、バカみたい…。そんな訳ないのに…ごめんね。七海ちゃんは愛されるだけの努力も魅力もあるのに」
ボロリと頬を伝う涙のなんと醜いことか。私はこともあろうに、彼女に……七海ちゃんに、こんなにもどす黒い嫉妬をしていた。私がみんなのことが大好きなのは本当だ。でもきっと、彼等にしてきたことは偽善であり、愛されたくて、仲間にいれてほしくてしてきた…ただの自己顕示欲だ。力の入らない左手だって、可哀想に思ってほしくて他人に伝えているんだ。でも本人達には黙っていてほしいなんて…本当に呆れる。
私じゃあ、悲劇のヒロインにはなれないのに。
「こんなの…アイドルでいられないね…」
「「!!!」」
ごめんなさい!ちょっと弱気になっただけですから!、と笑い、名前を呼んでくれるみんなを背に走り出した。
そう、ちょっと。ちょっとだけ、弱気になってるだけだから。
「私には…っ瑛一さんが言うように…アイドルに向くなんて出来ないや…っ」
自虐の笑みを浮かべ、雑に涙を拭って人混みに紛れた。
その後、今日のお仕事の終わりを告げられ、「また会いに来てな」と朗らかに笑う大好きな友人に抱き着いて帰路を歩く。彼女は聡い子だから、きっと私が何かに思い悩んでいることにも気付いてる。それこそ「カードがそう言ってるんよ」なんて言って。タロットカードなんてなくても彼女は人の機微に敏感な優しい子だから。
お祭りの喧騒から遠ざかれば静かな道だ。少し遅い時間になってしまったから人通りの多い広い道を選んではいるけれど、少し不安を掻き立てられるのは自身の精神状態が良くないからだろうか。
このまま、寮に帰ってどうするんだろう。
みんなは優しいからきっと私を放っておかない。もしかしたら先輩方にすら話が伝わってるかもしれない。
そう考えると足はどんどんスピードを落としていく。こんなにも帰りたくないと思ったのは初めてかもしれない。ハァ、と吐き出した溜め息を合図に私の足はとうとう歩みを止めてしまった。
「どう生きるのが正解、だったのかな…」
「俺に楯突かないのが正解だったろうなぁ」
「、!?」
返事のないはずの独り言に返された言葉にバッと後ろを振り返る。暗くてきちんと顔が見えないけど、その声には聞き覚えがあった。私に対する、明確な悪意。
「…こんなところで同窓生にお会いするなんて」
「ハンッ!おーおー久しぶりだなぁ?左手の調子はどうだよ綾奈ちゃんよぉ?」
「君に心配されるようなものじゃないです」
用がないならこれで、と私は背を向ける。
トキヤくんがHAYATOであると世間に公表された時。僻んだ彼と一悶着あったことは一生忘れられない出来事の一つだった。彼のせいで私は障害を負うことになったのだから。
「おいおいせっかく久しぶりに会えたんだからそんなつれないこと言うなよ」
「ッ…!」
関わりたくない。そう思って歩き出した私の左腕を無遠慮に彼は引っ掴んだ。ギリギリと締め上げてくる力は男女の分かりやすい差でもあった。しかも力の入りづらい左。振り解けない。悔しくもそう悟ってしまって、私は歩みを止めて彼に向き直り睨み付ける。悪意に好意で返せるほど、私は優しくない。
「随分事務所で大切にされてるみたいじゃねぇか。ゴシップにも守ってもらえるなんて流石首席卒業者様はちげぇなぁ」
「…何が言いたいんですか」
「別に?お姫様しててウゼェなって思ってるだけだって」
この人は本当にたまたま私を見かけただけなんだろうか。ここまでの悪意を持ってて、しかも夜のこの時間にあえて声をかけてきたことも。何故か嫌な予感がして背中を汗が滑り落ちる。離して、と手を引いてもその手が離れることはない。そして彼は言ったのだ。
「あとは何すりゃお前を引き摺り下ろせるんだろうなぁ?」
「…!!!」
"あとは"?
今、確かにそう言った。私から左手を奪っておきながら、この人はまだ私から奪おうとしているのか。なんで。なんで私から。
怒りだったはずの感情は次第に恐怖に支配されていく。馬鹿にするなと。お前に用はないと。早くこの場を去りたいのに。
私はこの手を振り解けないほどに、無力だ。
「は、はなして、」
「おー!綾奈ちゃんやん!ひっさしぶりやなー!こんなとこで会うなんて奇遇やな!」
「、!」
「ア?誰だよアンタ」
「こんな男前にそんな言い草酷ない?これから飲みに行って親睦でも深めよかぁ!」
「ハァ?…チッ。邪魔しやがって」
「なんや帰んのかいな。いつでも相手するで〜!」
雑に私の手を払って去っていく男に彼…ヴァンさんはヒラヒラ〜とにこやかに手を振っていた。酔っているのだろうか。どちらにせよ、助かった。ガクリと膝から力が抜けた私をヴァンさんは予想していたのか、サッと腕を掴んで支えてくれた。さっきの男のような雑さではない、温かくて…思いやりのこもった強さ。それだけで私は彼が酔ってなどいなくて、全てを察してあの対応をしたのだと悟った。助けて、くれたのだ。
「ヴァ、ヴァン、さん…」
「おーおー怖かったな。よう頑張った。怪我は…無さそうやけど腕掴まれとったよな。平気か?撫で撫でしたろか?」
「うう…じでぼじいかも…ッ」
「アッハハ!可愛いやっちゃな!ほい!痛いの痛いの〜さっきのあんちゃんに飛んでけー!」
「飛んでけー…ッ」
ホッとして涙が出る。最近は本当に泣いてばかりで嫌になる。けれどヴァンさんは嫌な様子を全く見せず、私が落ち着くまで頭を撫でてそばにいてくれた。道の端っこに2人してしゃがみ込んで鼻をすする姿は傍目からしたらさぞ滑稽だったろうと思う。
しばらくして落ち着いた私にヴァンさんは寮まで送っていくとタクシーを呼んでくれたが、もう少しどこかで時間を潰してから帰ります、と苦笑した私に何かを察してくれたのか「ほんなら一緒にウチの事務所くるか?」と笑った。
ウチの事務所とは即ちレイジングエンターテインメントだ。さすがに断ったけれど「さっきの男がつけとったら危ないし保護や保護!」と快活に笑ってくれた。その明るい笑顔にじんとしてしまって気付いたらコクリと頷いていた。
「…そうか。大変だったな。よく話してくれた」
「いえ…。こちらこそ色んなことのお世話になってしまって…本当に感謝しています。ありがとうございます」
「瑛ちゃん。ワイが思うに、あの手のタイプはねちっこいで。まず始まりが学生時代っちゅーんやから相当や」
そうだな、と頷く瑛一さんと今後について話すヴァンさんの声をソファに座りながらどこかぼんやりと聞き、どうすればいいんだろうと漠然と考えることしか出来ない。
あの人、まだ私のことを。
あんなに恨みのこもった目を向けられることはそうある事ではない。そりゃ確かに彼は私との一件があったから退学になった。苦労して入ったであろう学園を辞めさせられた。それは確かに悔やむべきことである。それは理解できる。だけど、だけど、
「…ッ私だって…!大きすぎるハンデを抱えることになったのに…ッ」
なんでこうまでして恨まれないといけないのだろう。私が一体何をしただろう。元はと言えばあの人の自業自得じゃないか。あの人の友人はきちんと暴挙を止めようとしていたし、気付けるタイミングはいくらでもあった。それを鑑みずに行動した己の責任じゃないか。
あの人に掴まれた服の袖を右手でギュウッと握り締める。痛い。右手であればこんなにも強く掴めるのに。あの時、捕えられた左手はなんの力もなくて。私の腕じゃないかのように動いてくれなかった。大好きだったピアノも弾けない。マイクだってまともに持てない。料理だって、スポーツだって。
私は、あの人にたくさんのものを奪われたのに。
「もう私からなにも奪うな卑怯者…ッ!!!」
大事に想っていても、それが自分のものではないことも痛いほどに分かっているからこそ。
「私の体ぐらい…!自由にさせてよ…っ!!」
あぁ、もう。涙が止まらない。なんて暗い感情。
昔からそういう気質ではあったものの、最近の自分は本当に不安定だ。本来ならST☆RISHや七海ちゃんにあんな言葉は投げつけなかった。同情してほしいと言ってるようなものじゃないか、あんなの。
悔しくて悔しくて、スカートの裾をギュッと握り締める。バタバタと落ちる水分を吸収しようと色を変えるそれはあっという間に広がっていく。
あぁもう嫌だ。そう思った時にソッと自身の手に重ねられた温かな温度。誰かに手を取られた、と反射的に虚な視線をあげた。
「綾奈…。今のそなたは迷い子のようだ…」
「シオン、くん」
「先の見えぬ未来に怯え、歩んできた道を懐かしむように見える…」
「そんな、こと、」
「我は綾奈の音楽に出会えて幸福な心持ちになった…。以前までは仲間の音楽でしか感じたことの無かった…あの高揚…」
「…やめて。やめて、くださいシオンくん。私、私は、」
「天草は綾奈の音楽が好きだ…。μ'sを経て今日を生きるそなたの音楽が…」
日常に彩りを加えるのだ。
いつの間にやってきたのか、そう優しく微笑むシオンくんに涙が止まらなくなる。ソファに腰掛ける私を覗き込むのように膝をつき、強く握りすぎて白くなっている私の腕をやんわりと包み込む彼の少し温度の低い手の温もり。
皇さんを始め、先日知り合ったシオンくんや瑛一さんはほぼ私の事情を把握している。まだ過ごす時間は少ないけれど、それでも彼等が私を知り、理解してくれてることは痛いほどに分かる。先日の鍋パーティーでも、μ'sのみんなの話が出来て本当に楽しかった。私の自慢の仲間だった人たちの話を出来たのが本当に、本当に嬉しかったのだ。
彼等はμ'sのことも、左手のことも、私が隠したいことを全て理解してくれているから、だからこんなにも居心地がいいのだろうか。
「綾奈、全て吐き出すといい。お前はどこか本音を隠すところがある。これまで吐き出せる場所が無かったのなら俺たちがその居場所になってやろう」
「お!ええこと言うやん瑛ちゃん!!せやで綾奈ちゃん!!昔馴染みやないから話せることもあるもんやで?」
「…そんなこと、言ってもらえるような人じゃないんです本当に」
「それは我等が決めることだ。綾奈…天草はそなたの囀りが聞きたい…。些細なことでも良いのだ…」
囀り。
そんな、鳥が当たり前のように囀るのと同じように、こんな醜い感情を吐き出せと言うのか。それは…あまりにも彼等が可哀想だ。そんな掃き溜めのような扱いはしたくない。彼等が優しいことは分かってる。そしてプライドも高く、ブレない強さがあることも。
みんな、立派すぎるから。
真っ直ぐに見つめてくれる3人からまた視線を逸らし、グッと目を瞑る。これだけ迷惑をかけていながら今更だけど、それでももう、これ以上みっともない姿を見せていたくない。
笑え、笑え。私はもう、子供じゃない。大人で、ソロで、プロなんだから。
「あーあーあー!あかんて!!こんな可愛子ちゃんに我慢させる為に連れて来たんちゃうでっ?」
「っ…!」
「ちょっとぐらいワイ等にかっこつけさせてぇな」
唇を噛み締めた私を見逃さず、顔を上にあげさせたヴァンさんとバッチリと目が合う。出会った時からのひょうきんな様子は鳴りをひそめ、そこには真っ直ぐに私を見つめてくれる真剣な姿があった。その瞳に映る私の顔のなんと情けない。……情けない。
ヴ〜…、とまた目の前が滲んできた私をヴァンさんはワハハ!と嬉しそうに笑い、「どないしたんや!言うてみ!」と肩を叩いた。それが最後の栓だったのか、涙と共に私の口から止めどなく弱音が吐き出されていく。
「大人になんかなりたくない」
「ずっとμ'sでいたかった」
「こんなハンデ背負いたく無かった」
「一緒に進んでいけるあの子が羨ましい」
どれだけ吐露しても次々と溢れてくるそれを、3人は穏やかな目で見つめながら聞いてくれていた。あぁ、いいな。こんな人が、こんな人たちが私にだっていたはずなのに。
「1人は…っ寂しい……っ!!!」
多分きっと、これが私の1番の重荷だった。
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