第2章:うたプリアワード
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「…どうかしましたか?」
第34話
最近、ST☆RISHのみんながどこか余所余所しい。トレーニングルームでトレーニングしている時も遠くからじっと視線を感じることもあるし、思い悩んだ様子で話し込む姿に声を掛ければ慌てて取り繕った笑みを浮かべるのだ。
今日も先ほどから聖川くんとなっちゃんから視線を感じていたので声をかけてみたが「なんでもないんだ」と首を振られてしまった。じくりと痛む胸に知らないフリをして「それなら良かったです」と私は笑った。
「七海ちゃんの様子はどうですか?編曲にかかりきりだって話でしたけど…」
「あぁ…かなり思い悩んでいるように見える。HE⭐︎VENSも七海の曲を歌うからな…負けられないと思っているのだろう」
「本当に負けちゃったグループは解散しなきゃいけないんでしょうか…」
「…そうならない為のレッスンですよ!きっとみんななら大丈夫です!…あっそうだ!今度の日曜日に駅の向こうの神社でお祭りがあるんです。良かったら息抜きに七海ちゃんを誘ってあげてください。難しそうなら花火もあるのでそれだけでも。無理にでも休ませないとまた頑張っちゃうから」
「祭りか。良いかもしれないな。皆も誘ってみよう」
「綾奈ちゃんも来れますか?せっかくですし浴衣を着ましょう!」
解散がかかったST☆RISHの曲の編曲に熱が入る七海ちゃんの息抜きにお祭りを提案してみれば聖川くんもなっちゃんもノリ気で、どうやらお祭り当日は午前だけのお仕事らしかった。私も、と誘ってくれたが「その日は用事があって」と首を振った私に、何故か二人は少し息を飲んだ。首を傾げた私に動揺しながらも「し、仕事か?」と珍しく言い淀みながら口を開く聖川くんに「いえ。少しやることがあって」と伝えれば二人とも口を噤んでしまった。…きっと私になにか聞きたいことがあるんだろうけど、言って来ないのならソッとして置いた方がいいのかな、と私は気付かないフリをして「楽しんできてくださいね!」と笑い、その場を後にした。
「…綾奈ちゃん、事務所を移籍するかもって話…本当なんでしょうか」
「信じたくはないが…一十木と来栖が勧誘されていたのを聞いているだけに何とも言えないな…」
「僕達に…話してくれたらいいんですけど」
「俺達も今はうたプリアワードがあるからな。きっと遠慮もしているのだろう。…そういう奴だからな」
「…寂しいです。なんだか、最近の綾奈ちゃんは気付いたら消えてしまいそうで…」
私が去った後、背中を見送りながら話す二人の言葉はいっぱいいっぱいの私には届かない。
「綾奈。少しいいですか?君の意見を聞きたいことがありまして」
「トキヤくん。もちろん、私でお役に立てるなら」
「ありがとうございます。…今日は月が綺麗ですし、外で話しましょうか」
「ふふ…ロマンチストですね、トキヤくんは」
悪くはないでしょう?、と昔より随分柔らかく笑うようになったトキヤくんに私も笑みを返し、彼の後に続いて事務所の裏手にある大きな湖の方へと向かう。随分夏に近付いてきていたけど、今夜は涼しいし、なによりトキヤくんの言う通り、月が綺麗だ。
ST☆RISHみんなが余所余所しい、とは言ったけど、そういえばトキヤくんだけはいつもと変わらずに声をかけてくれることに気付く。…昔、学園で逆の立場でそんなことがあったなぁ、と私は笑みを深くした。もう、あれから随分経ったな。懐かしいな。
湖のほとりに2人で腰を下ろし、トキヤくんが七海ちゃんからもらった曲についての相談を受ける。相談といっても、この歌詞ならばどの表現が伝わってくるかだとか、自分ではここはこう思うがどうだろうか、とか。まず自分はこう思っていて、と始め、0を1にするアドバイスを求めてこないのがトキヤくんらしい。私もアドバイスと言えるほど立派な意見は言えないが、一視聴者として感じたことを伝える。それだけでも「参考になります」と微笑んでくれるから嬉しい。
「本当に素敵な曲ですね。…とっても勇気をくれる、優しい歌」
「えぇ。七海さんの曲は本物ですからね」
「七海ちゃんとトキヤくんの曲、ですよ。2人が作る曲だから、こんなにも心を揺さぶるんです。トキヤくんにとっても、大きな一歩になる曲だと思います」
「…そうですね。正直かなり、思い悩みました。けれど綾奈にこうして客観的に意見を聞けて随分自分の中でも確立してきました。ありがとう」
「そんな。…どんどん先を歩いて行くみんなに、私の一歩は本当に小さいんだなって…思い知らされます」
トキヤくんの素敵な曲を聴いて、ハハ…、と乾いた笑いをこぼす私にトキヤくんはじっと視線を寄越した。同じ一歩を踏み出したはずなのに、あまりにも歩幅が違いすぎる。いくら過去を振り返らなくなったとしても、私は彼等に追いつけないんだろうな…なんて。ネガティブな思考が頭を埋め尽くす。そんな暗く重い思考の中に、トキヤくんの真っ直ぐな洗練された声が私の名前を呼ぶ。見上げた先にいる彼は、学園時代にあった苦しさや翳りのない強い目をしていて。あぁ…なんて、
「トキヤくんは…、強い、なぁっ…」
「…強く、してもらったのですよ。君や、皆さんに」
「…弱い自分を許すというのはそう簡単なことじゃないです。でも、トキヤくんはそれをやり遂げてます。…この曲が、その答えです」
ここ数日で馬鹿みたいに涙を流す自分に呆れながらも、止める方法を忘れてしまった私はボロボロとそれを流しながらトキヤくんを見上げて笑う。ほんとに、強くて、かっこいい人。
「確かに私はHAYATOであったことを受け入れる道を選びました。そして、これからもこの道を進み続けます」
「…うん。トキヤくんなら出来ます」
「…けれどそれは、君を置いていくという意味ではありません」
「え、」
自分の信じる道を進むトキヤくんが、私を?
そんなことがあっていいのだろうか。こうしてすぐに落ち込んでしまう弱い私は間違いなくトキヤくんの…ST☆RISHのみんなの足枷となる。私はこんなにも弱い自分を許すことが出来ない弱虫なのだ。私を想って根掘り葉掘り詮索しようとしない彼等の優しさに甘えて口を閉ざす私のような狡い人間は…本来は彼等のそばにいる資格なんてない。
けれど、だからといって自分のハンデを理解してくれる優しい人達へ甘えてしまう資格もないのだけど。
「同じ高みを目指すアイドルとして、ついてくればいい…とは言えませんが…。それでも私は君と…綾奈と。これから進んでいく未来に君もいることを願っている」
「…ほんとに、ほんとにすっごく遅いかもしれないです」
「フフ。綾奈は自分が思っている以上に負けず嫌いですよ。だからきっと、私達の道が離れすぎることはないと確信しています」
「…トキヤくんは私を買い被りすぎですよ」
嬉しい言葉をそっと大切に渡してくれるトキヤくんにそんな言葉しか返せない自分が酷く情けない。ごめんね。自信がなくて。ごめん。
俯く私にトキヤくんは少し言葉を抑えてから「いいえ」としっかりと、そしてハッキリとそう口にした。思わず上げた視線の先には自信たっぷりで強気な、びっくりするぐらいかっこいい一ノ瀬トキヤがいた。
「…覚えていますか?あの日、私を救い上げた歌を歌ったのは間違いなく綾奈です。だから私は綾奈を信じています。君の歌は必ず、人の心を動かすものですから」
私が証人です、と目元を和らげた彼の優しさに、涙が一筋…頬をつたった。
*
「こんばんは大和さん!こんなところで会うとは思いませんでした」
「おう。久しぶりだな!オレは実家の手伝いの延長だが…お前も巫女服着てるってことはそういうことだったのか?」
「いえ、友達がお手伝いしている神社で。さらにお手伝いです」
「フーン?ま、祭りの時期は駆り出されるよな」
「ふふっ。大和さんは力仕事担当みたいですね」
まぁな、とシャツの袖を捲っている大和さんの太くて逞しい腕に視線をやる。祭りは何かと力仕事も多い。大和さんのご実家が神社だというのには驚いたけど、これだけの力仕事を担えるならとても頼りにされていそうだ。
夜。今ごろ七海ちゃんはST☆RISHのみんなにこのお祭りに連れ出されてやって来た頃かな、と身に付けた巫女服の襟を正す。音ノ木坂学園時代にも何度か身に付けたそれはいつも私の背中を正してくれる気がする。
お祭りで忙しい神社では人手が足りないから手伝ってほしいと言われたのだ。保養所に行った時に連絡をくれたあの子に久しぶりに会えてとても嬉しかった。「いつも見とるよ。頑張っとるね」と笑顔で抱き締めてくれた時にうっかり泣いてしまったのは秘密だ。
いまの私は見回りも兼ねての休憩だ。迷子とか、道に迷った人の手助けをするのが仕事だから目立つように巫女服のままだ。たまに私を知ってくれてるファンの人に声をかけられて気恥ずかしくもあるけど、理解してくれてる方ばかりですぐにその場を離れてくれる。もしかしたら撮影かなにかだとも思われたのかもだけど。
背が高くて目立つ大和さんを見かけて声をかけて今、という訳だ。サイダーの瓶を差し出せば「サンキューな!」と気持ちよく彼は飲み干した。CM出演依頼きてもおかしくない。見たい。
彼も休憩中だというから祭りの中心から少し外れて立ち話。私に会ったことをナギくんに話したら羨ましがられるだろうなとゲンナリする大和さんに笑ってしまった。そんな他愛の無い会話をしていると、ふと彼は「そういや、」と口火を切る。
「お前、うちの事務所にくんのか?」
「え?」
「なんつーか、結構噂になってるぞ。瑛一が誘ったのはオレ達も聞いてたが…今日はマネージャーやらスタッフにも聞かれた」
「そ、そうなんですか…!?確かに誘ってはもらいましたがそんなお返事なんかは全然…!」
これはとんでもないことだ。瞬時にそう悟って血の気が引く。デビューして間もない人間がもう移籍の話が出てるなんて。しかもうたプリアワードの件で火花を散らしているライバル事務所。なんで私はこう軽率なんだろう。あんなにもお世話になっている事務所に迷惑をかけることしかできないなんて。
顔を青くする私を見かねてか、大和さんはその大きな手で力強く私の頭をぐりぐりと撫でた。
「わ、!?」
「嘘でも本当でもどっちでもいいけどよ。少なくともオレはお前がこっちに来んのは歓迎だぜ?お前アクロバットも出来るんだろ?やるじゃねーか!」
「ア、アクロバットっていうほどでは…!ちょ、痛い痛い痛い縮みます!!」
「ガハハ!お前がちょっとぐらい縮んでもオレからしたら変わんねーよ!」
「そ、そうかもしれませんけど…!」
「だから何も気にしねーで自分で決めりゃいいだろ!些細なもんだ!」
「ッ!」
「オレは難しく考えんのは性に合わねぇ。だからこそ自分の直感を信じてる。お前がやるときゃやる女だってことも分かるぜ!」
「大和さん…」
あーもう辛気臭ぇ顔は無しだ無し!、と揶揄うようにシッシッと手を払う大和さんに思わず笑ってしまった。とてもまっすぐで、嘘がつけない人だ。
ナギくん達と一緒に暮らしてるってことはきっと彼も同業者なのだろう。整った顔立ちもしているし。
「きっとファンの人もそんな大和くんが好きなんでしょうね」と笑った私に「ア?そんなんは別に興味ねーよ」と言った彼には少し首を傾げた。照れ隠し…なのだろうか。とはいえ掘り下げるような感じでもなく、「でもありがとうございます」とだけ言って笑った。
20240317
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