第2章:うたプリアワード
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「…歌…?」
第32話
ここには温泉もあるのだと教えてもらい、せっかくだから行っておいでとみんなに背中を押されたのが少し前。みんなも入りたいだろうに私を気遣って先を譲ってくれたのだ。レディファーストなんて慣れてないからとても照れくさい。女子校育ちはこれだからいけない。
あまり長湯してしまうのもみんなに悪いしそこそこで戻りたいとこではある…………が。なにせほとんど私の貸切だ。ちょっと…気持ち…ゆっくり…させてもらおうかな〜なんて…。
そうしているうちにどこからか聴こえてくる歌声。優しく清らかなその歌声はスッと心に入ってきた。一体誰なんだろう?、という好奇心が勝ち、そこでようやく私は湯から出たのだった。
「わぁ…。すごい、すっごく素敵です…!」
「後輩ちゃんっ?ちょ、ちょっとちょっと!髪も濡れたままじゃない!風邪ひいちゃうよっ?」
「すみません…歌声に誘われて…。それに、とても凄い場面に出くわしちゃいましたね。……まさかセシルくんもST☆RISHに加入だなんて」
「…そうだね。ぼくちんもビックリしちゃった。シャイニーさんが許してくれるのかはまた別の話だけど」
「ふふ。きっと大丈夫ですよ。あのハーモニーを聴いて動かない社長じゃないですもの」
かもね、と笑った寿さんに笑い返し、吊り橋の真ん中で先ほどのハーモニーについて語り合うST☆RISHと七海ちゃんの姿を眺める。あぁ、いいなぁ仲間って。お互いに高め合える存在がいるのは本当に幸せなことだ。
「綾奈はあそこに行かないの?」
「え?はい。私はメンバーでもないですし」
「まぁそうなんだけど。…なるほど。綾奈はそういうところもあるんだ」
「えっ。えっ?そ、そういうところ?なんですか美風さんっ!」
「別に。気付いてないならいいんじゃない?言ってることは事実だしね。ほら、さっさと戻って髪を乾かしなよ」
美風さんの言葉に頭にハテナを浮かべつつも、髪をちゃんと乾かした方がいいのは事実なので大人しくコクリと頷いて、盛り上がる七海ちゃん達に背を向けて先輩達と共に先にコテージに戻った。
ほんと、みんなには中々追いつけないなぁ。
コテージに戻ってきてきちんと髪も乾かして、温かい飲み物を片手にベランダに出て夜空を見上げる。都会では味わえない、降り注ぐような星の輝きだ。なんだろう、この気持ちは。セシルくんがアイドルになりたいと聞いた時はあんなにも嬉しかったのに。ST☆RISHに彼が加入することも、とても嬉しいはずなのに。
「寂しい、のかな」
ポツリと口からこぼれ出た言葉はあまりにも傲慢で、でもきっとそれが本音で。思わず自嘲した。ダメだなぁ、ほんと。私は一体何度この思いを抱えるんだろう。いつもちゃんと納得するはずなのに、どうしてそれを維持できないんだろう。溜息をこぼす。
心を落ち着かせたくてメロディを口ずさんでみる。即興だからリズムも何も全然なってないけど、なんとなく、自分の今の心をそのままに歌いたかった。
出会いがわたしを変えたみたい
なりたい自分をみつけたの
ずっとずっとあこがれを胸の中だけで育ててた
大きななわとび みんなが飛んで
わたしはこわくて入れない
子どもみたい ためらいながら
いつも待っていたの君を
少し歌ってポロポロと泣いてしまっていた自分をまた嘲笑し、もっとちゃんと1人で立っていられるように強くならなきゃと改めて思う。
いつかこの曲をきちんと自分の中で昇華させたい、そう考えていると「愚民」と聞き慣れた呼び名にハッとして目線を下に下げた。いつからそこにいたのか、カミュさんは「紅茶を」と一言告げてベランダへやってきた。先輩からのご用命だ!と、センチメンタルな気持ちを思いっきり投げ捨て「すぐに!」と返事をして私は室内に戻った。
「え…セシルくんが国に帰った?」
急いで、けれど丁寧に紅茶を淹れてお出しすればカミュさんは特に何を言うわけでもなく静かに紅茶を啜った。しばらくお互いに話さない時間があったけれど、元々そんなにおしゃべりなタイプではないからそこまで気にならない。けど、どうしてここに来たのか疑問には思う訳で。意を決して「何かあったんですか?」と尋ねれば、ゆるりとした動作でカップを口から離し、一言「愛島は国に帰った」。そう言った。
あんなに7人のハーモニーの心地良さに喜んでいたのに信じられない。けれど彼はアグナパレスの王子様。つまり王位継承権を持つ人だ。カミュさん曰くそのために現王に呼ばれて国へ…。あまりにも遠い話に信じられない気持ちでいっぱいだけど、カミュさんが嘘を言う必要なんてない。
本当にセシルくんは、国に帰ってしまったんだ。
このことを七海ちゃん達が知ったらきっととても残念がるだろう。どうにかしてあげたい気持ちはあるけど。…途方もない話だ。私に出来ることなんて、なにもない。何とも表現しづらいこの気持ちにカップを持つ手が震える。…複雑だ。
「なんだ、その顔は。お前にとっては何も変わらないであろう。元々そうだったのだからな」
「…そう、ですね。なんか…あんまり自分でも自分の気持ちが分からなくって。ST☆RISHが大切であることには変わりないんですけど」
「フン。いい加減その辛気臭い顔をやめろ。紅茶が不味くなる」
「大変失礼しました…。…あの、一つだけお尋ねしてもよろしいですか?」
私の言葉に、カップに口をつけながらもチラリとこちらを見遣ったカミュさん。どうやら言ってみろということらしい。一つ深呼吸をして少しでも心を落ち着かせる。私達の間に、音はない。
「私はーーーーーー…」
苦笑を零した私を、カミュさんはくだらないとでも言うように、鼻で笑った。
昨晩、カミュさんとの会話もそこそこにして遅くならないうちにベッドに横になった。…けれど頭の中は良くない考えばかりがぐるぐると巡って。夜中に考えることの大半がマイナスな方向になってしまうのは分かっているはずなのに、それを止めるという思考にも至らなくって結局気付いた時には外は白んでいた。
徹夜してしまったのもあり、目の下にうっすらとクマが。でも鏡で見る限りたった1日寝ていないだけなのだから大したクマではない。とは言え、目敏い方が多いのでいつもは使わないけれど少しだけ目元にコンシーラーを使って、よし、とロッジを後にした。
「…素敵な曲。今回も楽しみにしてますね、みんな」
「ありがとう高原!セシルが戻ってきた時にすぐに歌えるようにしとかなきゃね!」
「ふふ、そうですね。それじゃあ私は川辺にでも行ってきますね!歌詞制作頑張ってください」
「うん!…ごめん、1人にしちゃって」
「何を言うんですか一十木くん!私が1番みんなの曲を楽しみにしてるんですよ?」
申し訳なさそうな一十木くんの背中を押して手を振る。
朝食の場に行くと、そこでは既にセシルくんが国へ帰ってしまったことが伝わっていて、みんなの表情は暗かった。帰ってくることに賭けるのは無謀なことかもしれない。でも、それでも彼等はセシルくんが帰ってくると信じることにした。…早々に諦めようとしていた自分が恥ずかしくなった。きっと、そこが私と彼等との違いだ。
7人のハーモニーがよっぽど衝撃だったのか、曲が降りてきた七海ちゃんがたった一晩で作ったそれはとても素敵で、みんなは早速歌詞制作に取り掛かることに。私がいては邪魔になってしまう。もう一度、頑張ってくださいね、と手を振って私はその場を後にした。
「っ馬鹿かテメーは!!!!!!」
「ゲホッ!ゴホッ…っすみません…」
「チッ、これだから後輩なんて嫌だったんだよ」
川辺に1人やってきた私は高場の岩から川をぼんやりと見下ろしていた。特に何を思っていた訳じゃない。本当に、ぼんやりとしていたのだ。そして突然の強風に重心を取られ、あ、と思った時には真っ逆さまに川に落ちていた。いつかもこうして水に落ちたことがあったなぁとどこか他人事のように思った。滝があるところだったから底は深かったらしく、そこは幸いだった。あぁ、もがかなきゃと閉じていた目をそのままに手を伸ばせばそれはグイッと引っ張られて、気付いたら酸素を取り込む為に咳き込んでいた。
引っ張り上げてくれた彼…黒崎さんは私の意識がはっきりしていることを確認するとそのまま手を引っ張って岸へ運んでくれた。もちろん黒崎さんもびしょ濡れだ。
「その、すみませんでした。ぼうっとしすぎました」
「友達ごっこに悩んでんじゃねぇよ。くだらねぇ」
「…友達、ごっこ…。そう、なのかもしれませんね。…こんな感情、あまりにも馬鹿みたい」
「分かってんならさっさと割り切れ。他人の心配してる場合かテメーは」
「…そうですね」
着ていたTシャツを脱いで絞る黒崎さんの気配を感じながら項垂れたまま嘲笑が溢れる。ほんとに、馬鹿みたい。くだらない。本当に、こんな感情は何の役にも立たないのに。
だけど、どうしてだろう。涙が溢れる。素敵なアイドルを目指す彼等を見ていたいはずなのに、誰よりも応援しているはずなのに。
その隣を一緒に歩けないことが、酷く寂しい。なんで私は、あそこに入れないんだろう。
俯いてボロボロと泣く私を呆れたように黒崎さんは見遣り、そして口を開く。
「一人でやることに納得出来ねぇなら、アイドルなんか辞めちまえ。迷惑だ」
その言葉は酷く冷たいものであるはずなのにどこか温かさを含んでいて、それに私はまた涙を増やしたのだった。
20220925