第2章:うたプリアワード
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「お前ってあんまり自分のこと話さないよなー」
第31話
翔くんにそう言われて「えっ」と思わず声を出してしまったのは聖川くん特製の美味しいお昼ご飯もいただいて各々まったりしている時だった。パラソルのあるテーブルで一人ぼんやりしていると、一十木くんとボールで遊んでいた翔くんが「休憩ー!」とやってきたのが始まりだった。良かったらどうぞ、と差し出したお手製の冷えたフルーツティーを美味しそうに飲んでくれた翔くんは「綾奈って結構多才だよな」と口火を切った。
「多才だなんて。器用貧乏なだけだよ。翔くんの方が多才だなぁって思いますよ」
「そうかぁ?歌とかダンスは勿論だし、料理も出来るじゃん。昔からやってたのか?」
「歌もダンスもμ'sとして活動してからだよ。料理もそのくらいの時かな」
「ふーん?兄弟とかは?」
「姉がいますよ。もう結婚もしていて。翔くんは?」
「俺も双子の弟がいるぜ。結構過保護なやつでさ。医者になるんだって頑張ってる」
「医者!それはすごいですねぇ…!」
しかも双子だなんて!、と1人テンションが上がる。翔くんのお顔がもう1人だなんてそれはもうこの世の全てに感謝したくなってしまう。その弟さんが医者になった暁には彼のお顔を見るだけで病気が治ってしまうんじゃないだろうか。尊すぎて。
お父さんはスタイリストさんですよねぇ、と笑いかけたところで彼は私をジッと見つめた。そして冒頭に至る訳なのだけど。
「今だって無意識かもしんねーけど俺の話になってるし」
「え、…あぁ!本当だ…!?その、わざとではないんだけど…!」
「いや別にいーけどさ…。…なんか避けたい理由とかあんのか?」
ストローを口に咥えながらこちらを見つめる翔くんにドキリとした。可愛いお顔にというのもそうだけど、なによりもその質問にだ。確かに、私はあまり周りに身内の話をしたことがない。姉のことも、神宮寺くんに少し話したことがあるぐらいだ。…話たくないと言うわけではない。ただ、楽しい話がないからというのが大きいかもしれない。けどここで「何でもないです」と答えるのはあまりにも不誠実だと思う。翔くんはきっと少なからず私を気にかけてくれているのだ。
手元にある自身のフルーツティーをストローでかき混ぜれば、カラカラと氷のぶつかる音が酷く大きく聞こえた。
「う〜ん…。実を言うと楽しい話とか思い出って無くって。早乙女学園に入学する前の学校に通ってる時も、既に実家からは出て一人暮らししてたんです」
「…あんま仲良くねーのか」
「というよりも親が私に興味がないんです。私はお姉ちゃんと比べて出来損ないだったので…。あ、でもお姉ちゃんとの仲は良い方だと思います!それこそスクールアイドル活動をしたいっていう背中を押してくれたのはお姉ちゃんですし!」
「…そっか。やっぱ兄弟っていいよな。俺にもその気持ちは分かるぜ」
「結構年齢が離れてるのもあって可愛がりたくなるんでしょうかね?ふふ、あんまり会えないけどちょっと声が聞きたくなりました」
そっか、と言って翔くんは優しい笑みを浮かべた。気まずいことを聞いてしまったと思っているんだろうな。けれどそれを出さずにガッシリと包み込んでくれる優しさは翔くんにしか出せない魅力だ。普通なら聞いてしまったことを謝ってしまう場面でも、彼が謝らないことこそ言葉への責任を持っているからなのだと思う。そんな彼が私なんかを知ろうとしてくれることに胸が温かくなる。
「あっ!それに思い出がないからって虐待とかそういうのを受けていた訳ではないんですよ?所謂家族〜みたいな仲良しさ?がないだけで」
だからそういうの憧れちゃいます、と笑うと翔くんは少し寂しそうに笑った。けれどまぁ、仲が良い家族もいればお互い関せずなうちみたいな家庭もたくさんあるだろう。自分のことは自分でやれというような方針だったのもあって、意外と自由にはさせてもらえたし。流石に転校の時は嗜められたけど。大変ではあったけど、卒業した今となってはそれもまた思い出だ。
へらりと笑った私を見て少し目を細めた翔くんは「じゃあ…」と口を開いた。いつもとは違う大人っぽい雰囲気に思わず見惚れてしまう。翔くんは可愛いけど、かっこよくて…それでいて最近はどこか儚さというか…色気…?のようなものも出てきた気がする。
「綾奈が将来もつ家庭はきっと笑顔で溢れてんだろうな。…簡単に想像つくよ」
「、!…そう、かな。私の、家庭…家族…」
「そうだろ。お前いつもニコニコ笑ってるし。…何よりお前は人を思いやれる優しい奴だからな」
「…それは翔くんもだよ。あ、じゃあ私と翔くんが結婚したらすっごく円満な家庭になるねっ!」
「ブフッ!!!!!」
「わぁっ!?だ、大丈夫ですか!?変なところに入っちゃった!?」
例え話だったけど不快にさせてしまった!?!?、と私は慌ててティッシュを取り出して翔くんに渡す。ゲホゲホとむせ返る姿にめちゃくちゃ申し訳なくなった。落ち着いてからもむせた名残で顔が赤い。「お、お前なぁ…!」と大きな声を出した翔くんに思わずビクリと体が反応する。し、失礼なことを言ってしまった…。
「ご、ごめんなさい。つい考えなしで言ってしまいました…」
「あっ!い、いや別に怒ってるとかじゃなくてだな…っ」
「いえ。翔くんに好きな人がいるかとかそういうのも考えずに言ってしまったので…。大丈夫です!翔くんが好きになる方とだったら翔くんは絶対円満な家庭を築かれます!!」
「なぁ!?い、いや待てって!す、好きな奴とかその…いねーし!!」
だから勘違いすんな!、と椅子から立ち上がってまで言う翔くんの顔は未だに赤い。むせていたのはもう落ち着いているし、となると顔が赤いのは照れているからだ。つまり………彼は想い人がいる。間違いない!
うちの事務所は恋愛禁止だからここでも徹底して口にしないようにしてるんだな、と彼のプロ意識に感銘を受けてしまった。すごい…!すごいよ翔くん…!でも個人的には翔くんの恋めちゃくちゃ応援してるからね…!
分かりました!応援してます!、と拳を握った私を見て安心したのか、翔くんはズルリと椅子に力なく腰を下ろした。大きな長い溜め息はきっと安心から出たのだろう。
んふふ、なんてちょっと含みを込めて笑ってしまうとジト目で翔くんに見つめられたが気にしない気にしない。そうしてると「子犬ちゃん、少しいいかい?」と神宮寺くんに呼ばれたので、行ってくるねと私はその場を後にした。「あー!くそっ!」と頭を豪快に掻きむしった翔くんのことは知らない。
「セシルがアイドルになりたいぃ!?」
「はい。今は胸がいっぱいだからっていらっしゃってないですけど…」
「わぁ…!そっか、そっかぁ…!」
あの後みんなで夕食の支度をし、そろそろ七海ちゃんも呼びにいかなきゃと思っていたところにやってきた七海ちゃんからの情報は私達を驚かせた。セシルくんが、自らアイドルになりたいと。そう言ったのだと。その事実に私は全身の血が沸騰するのを感じた。なんて…なんて素敵なんだろう!!!うわぁ!!!
「子犬ちゃんは…、フフッとても歓迎みたいだね」
「勿論です神宮寺くん…!私っ!私そうなったら素敵だなぁって思ってたんです!バザーの時のセシルくんは子供達の笑顔をとても大切にしていらっしゃったから…!」
「興奮しちゃって可愛いね、落ち着いて子犬ちゃん。とにかく、セッシーがそうしたいって言うならオレ達も歓迎するさ」
「まぁ〜思いっきりからかってやるけどな!」
「あはは!翔くんったら!」
興奮する私に隣にいた神宮寺くんはとても楽しそうに頭を撫でて宥めてくれた。さぞかし今の私は尻尾を振っていたことだろう。子犬ちゃん呼ばわりを否定なんて出来ない気がしてきた。
そのままふわふわとした心地のまま私はつい周りに食事の配膳なんかを名乗り出て、みんなに落ち着けと笑われてしまった。
「黒崎さん!まだお腹に余裕ありますか?このあとさっきのお肉を使ってすき焼き茶漬け作ろうと思うんですけど!」
「…食う。つかお前はマジで一旦落ち着け」
「あ、はは…!なんか本当に胸がいっぱいになっちゃって」
「…ずっと皿持ってっからだろ。…左手、震えてんぞ」
「、!」
嬉しいことには変わりないのに、他意はないはずなのに、黒崎さんのその言葉に私は油断していたのもあってビクリと反応してしまった。口元が引き攣る。しまった、と思った時には黒崎さんはこちらをじっと見つめていたけど、小さく溜め息を吐いて「いいから座れ」と自身の隣の席を空けるように少しズレてくれた。
…何も言わないでいてくれるんだ。治るものではないとまでは思っていないだろうけど、何かしら現状問題があることには気付いているだろうに。そのぶっきらぼうな優しさがとても温かくて、溢れそうになる涙を必死に抑えて黒崎さんの隣へ腰を下ろした。
「テメーのことなんざどうでもいいが、隠すなら上手くやれ」
「っはい!ありがとうございます!」
「…変な奴」
「んふふ!たくさん食べてくださいね!」
分かったから黙って食え、と頭をぐりんと正面に向けられて幸せな気持ちのまま夕食を口にした。お手伝いはしたけど、ほとんど聖川くんが作ってくれた食事はどれも本当に優しくてあったかくて、それが嬉しくてまた胸がいっぱいになった。
20220922