第2章:うたプリアワード
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「…あ?戻ってきたのかよ」
第29話
ちょっと釣り道具だけ置いてきていい?、という寿さんの言葉に頷いて私達は炊事場に向かう道すがらに寿さんの泊まるコテージに寄った。するとそこには特に話すでも無く各々優雅に過ごしていらっしゃる先輩方の姿。ST☆RISHとは違って大人だ…と見惚れていると、私たちに気付いた黒崎さんが声を掛けてくれた。
「ただいまっ。魚いっぱい獲ったから後でみんなにもご馳走してあげるねんっ!」
「そろそろお昼時ですけど、先輩方はお腹空いてらっしゃいますか?」
「僕は平気。というより、なんでレイジと綾奈が一緒にいるの?ST☆RISHと一緒かと思ってたけど」
「あはは…色々ありまして…。これから向かうところです!」
「そう。なら、川じゃなくて炊事場に向かうといいよ。さっきいそいそと準備してたから」
「?準備、ですか?」
「うん。何のかは知らないけどね」
なんの準備だろう?お昼の…?まぁ私も向かおうと思っていたから全然いいんだけど。それを教えてくれた美風さんはどうやらカメラを気に入ったようで、この数時間で撮ったものを見せてくれた。見て見て、とでも言いたげな目は少しキラキラしていて可愛かった。
「わぁ…!素敵です…!美風さんが見る世界はとても優しい色をしてますね!」
「優しい…色?それはよく分からないけど…でもなんとなく目に留まったのは確かだよ」
「このユリの写真なんかは私とても好きです!」
「それはヤマユリだね。少し行った土手のところに咲いてたんだ」
「ヤマユリ!わぁ…じゃあ今日に出会えて良かったですね!」
「?どういうこと?」
私の目を一際引いたのは白いユリの写真だった。インスタントカメラのレトロさも相まって、その美しさが際立っているような気がする。そしてそれはどうやらヤマユリらしく。美風さんは花にも明るいらしい。すごい。けれど、私の言葉は意味がわからなかったようで、その美しいお顔をコテンと傾げた。あぁっ…今手元にカメラがないのが惜しまれる…!
「ヤマユリの花言葉は、人生の楽しみって言うんですって!たまたまこの前雑誌で見かけて。今日この日が美風さんにとって楽しいことの一つになればいいなぁって!」
「…ふぅん。確かにヤマユリの花言葉の1つだね」
「はいっ。こういう日常の中のちょっとした非日常が人生の楽しみだなぁって私は思います」
「綾奈は今日が楽しみだったの?」
「えっ!?も、勿論です!!!昨夜はソワソワして眠れませんでした!い、一十木くんもそうだって!」
み、みんな楽しみにしてたかと思ってました…!、とつい不安になってしまった。忙しい身であるみんなは当然お休みは嬉しいものだと。そうではなかった人もいるということか。…そ、そうか。確かに出不精であれば旅行よりも家にいた方がリフレッシュできる人もいるだろうし、つまり美風さんはそういうタイプの人間だったということで、あぁ私は本当に間抜けだ。自分のことばっかりで嫌になる。
「ちょっと。何落ち込んでるの。別に嫌だった訳じゃないし、ボクだってデータとしてこういうのも必要だと思ってたよ」
「…じゃ、じゃあたくさん遊んでください…」
「今でも結構楽しんでるつもりだよ。綾奈のカメラ、興味深いし」
「、!よ、よかったです…!」
「なに泣きそうになってるの。ボクがいじめてるみたいじゃない」
ジトリと見つめられたことで私はハッとして両頬をバシンッと叩く。呆れたようにこちらを見る美風さんにへらりと笑い、全力で彼にも楽しんでもらおうと決意した。美風さんは先輩だけど、年齢では私よりもお若いのだし。楽しいことはたっくさん経験してほしい。そしてあわよくば美風さんの飛びっきりの笑顔が見たい。絶対可愛いもん。
よし!、ともう一度頬を叩こうとすると「オイ」とガシッと腕を掴まれた。え、と思ってそちらを見れば焦ったような呆れたような、そんな顔をした黒崎さん。…あれ、なんかデジャヴ…?
あは…?、と笑ってみれば黒崎さんは一層眉間に皺を寄せた。わぁ…っこ、こわい…!思わずギュッと目をつぶってしまうと一瞬の間を置いて大きな長い溜息が聞こえた。そろりと目を開けてみればコツンと額に衝撃。その腕の向こうに鬼のような顔をした黒崎さんはいなくなっていた。
「テメーなぁ…いい加減その気合いいれんのに顔を引っ叩くの止めろ。つーか加減をしれ」
「あ、う…。で、でも全力じゃないと気合い入らないですし…」
「なら顔以外にしろ。拳とか色々あんだろ」
「拳…あ、1人ボクシングみたいなこれですか…」
「間抜けな言い方止めろ。女としてはアレだが、顔を引っ叩くアイドルよりはマシだろ」
「う…」
正直、自分の顔が大事にするような代物ではないと思っているだけに言葉に詰まってしまう。けれど、アイドルというのだから大事にしないといけないのも分かってる。ダメだ、中々ルックスの部分に関しては自信を持つのは難しい。私の周りにはかっこいい人や綺麗な人、可愛い人で溢れているのに。目の前にいる黒崎さんだってかっこいい印象を最初に受けるけど、白い肌は妖艶さもあるしオッドアイもすごく似合ってて彼の魅力を引き立たせている。自分の売り出すべきところをちゃんと分かって自己プロデュースしているのがよく分かる。私はそういうところが足りない。はぁ…とても勉強になる…。
何故か落ち込んでしまった私に、言い方が不味かったと思ったのか黒崎さんは少し口籠った。あぁ…違うんです…すみませんめんどくさくて…。
「フンッ。アイドルたるもの、完璧でなくてはならん。この俺のようにな」
「カミュさん…そうですね…かっこよさも美しさも…それに甘いもの好きっていう可愛らしさも兼ね備えていらっしゃる…。えっ?完璧じゃないですかすごい!」
「甘いもの好きとかいうレベルじゃねーだろコイツのは。妖怪だ、妖怪」
「貴様、この俺を愚弄する気か…」
「でも女性はギャップに弱いものですし、それにカミュさんみたいな妖怪さんなら化かされたい方は多いと思います!私もです!」
「ちょ、ちょっとちょっと後輩ちゃん!?どうしたの!?」
「頭でも打ったの?」
「本心です!!」
私の言葉に気をよくしたのか、カミュさんは口元に笑みを浮かべて砂糖たっぷりであろう紅茶に口をつけた。うーん、絵になるなぁ。
こうして見るとやっぱり先輩方は特に自分のスタイルっていうものを確立しているように思う。ST☆RISHのみんなも勿論スタイルはあるけど、なんというか良くも悪くも柔軟。対するQUARTET NIGHTの皆さんはその個々のスタイルを曲げることなく、グループに所属しているイメージ。1+1がとてつもなく強い。だからこそ、彼等が合わさった時の歌は感動してしまう。本来ならきっと、合わさることのなかった4人だと思う。性格とかも全然違うし。
かくいう私はどうなんだろう。μ'sは断然ST☆RISHのようなスタイルだった。一人一人は弱くてもみんなが合わされば強くなれる、そう言って駆け抜けたのだから。
なら、1人になった今は?
私だけの良さってなんだろう。私だけの強みって…あるのだろうか。…私はそれを見つけられるのだろうか。
急に黙りこくった私に、何やら揉めていた先輩方もなんだ?とこちらを見ていた。口は動かない。私は、私の良さをどうにかして見つけなければならない。アイドルであるからというのは勿論だけど、こんなに素敵な先輩方に自慢の後輩だと思ってほしいから。
「…いえ!なんでも!私そろそろ炊事場の方に向かいますね!」
「じゃあ僕ちんも魚焼きに行こっかな!さ、後輩ちゃん、お手をどうぞ?」
「はい!お手数おかけします!」
「いやちょっとまて」
「えっ?」
すぐに出す答えではないと頭を振り、そろそろ炊事場に行こうと立ち上がる。行き先も同じだと寿さんも魚の入ったバケツを持って、先程と同じように手を差し伸べられて自身の手を重ねる。しかし、さて、と思ったところでかかったストップの言葉。実際止めたのは黒崎さんだったけど、美風さんもカミュさんもどうやら同じ気持ちのようで疑心のこもった目で私たちを見ていた。その迫力に思わずピクリと口が引きつった。
「さっきここに来た時もそうだったけど、どうしてレイジと綾奈は手を繋いでいたの?そんなに仲良かったっけ」
「え、あっいえ、これは、」
「もー!アイアイったらー!そんなの僕ちんと綾奈ちゃんが超仲良しだからに決まってるでしょー!?」
「テメーの妄想にしか思えねーよ」
「高原、貴様も嫌なものはキチンと断れ。でないと此奴はすぐに調子に乗る」
「ちょっとちょっとー!?みんなドイヒー!僕ちん達は2人でお茶もする仲なのにー!ねー綾奈ちゃんっ」
どうやら話は私が介護されてる理由だそうで、理由が理由なだけにちょっと自分から言い出すのは恥ずかしい。と思っていたらフォローしてくれる寿さんのなんて出来た男性か。これはモテちゃうぞ寿さん。
2人でお茶する仲っていうのも嘘じゃない。実際さっきまでしていた訳だし。…そうなると御三方はなんで怖い顔を…?、とそこまで考えて私は気付いてしまった。つ、つまりこれはあれだ…!
「せ、"先輩の手を煩わせてんじゃねーよ"…っ!」
「「は?」」
「す、すみません…!私はつい寿さんの優しさに甘えてしまって…!最近ちょっと周りに甘えるということを考えさせられることがあったのでご厚意につい…!調子に乗ってしまいました…っ」
「え、いや、綾奈ちゃん?そうじゃなくって〜…」
「いえ!私が!ポンコツでした!!!寿さん!私の介護なら大丈夫です!お先に行ってますね!どうぞごゆっくり来られてください!それでは先輩方、失礼します!」
先輩方が怒るのも無理は無い。寿さんだって休暇に来ているのに後輩の介護だなんて。そんなものメンバーがやらされていると知ったら怒るに決まってる。あああ私はなんでそこまで気が回らなかったんだろう!!!!寿さんにもゆっっっっくり休んでもらわなければ…!
ペコリと勢い良く頭を下げて、私はその場から走り出した。すみません寿さん…!私、介護を卒業出来るようにもっとしっかりちゃっかりしますからね…!
「「…」」
「…あーはは…ほーんと面白い子だよねぇ綾奈ちゃんは…」
「綾奈、介護って言ってたよね」
「なにがどうなったらそう受け取るんだよアイツは…」
「フンッ。つまりは寿のエスコートをそう受け取っていたということだろう」
「嘘でしょ!?僕、結構大人の男アピールしたんだけど!?」
「いいとこ取りしようとするからでしょ」
「ザマァねぇな」
「無様だな」
「え〜…」
私が走り去った後、呆気に取られていた先輩方の会話はどこか物悲しかったとかなんとか。
20210903