第2章:うたプリアワード
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「ごめんっ…ごめんねなっちゃん…!」
第24話
翌日。ふっと意識が浮上し、むくりと起き上がって伸びをする。みんながお見舞いに来てくれたからか、少しの怠さはあれどもう熱は引いたようだ。もう少し日が高くなったら一十木くんと神宮寺くんがお見舞いに来てくれると言っていたし、ゆっくり身支度でもしよう。昨日、聖川くんが剥いてくれた林檎と桃を朝食に、穏やかな朝を過ごした。
「高原ー!きたよ!あ、起きてる!」
「やぁ子犬ちゃん。もう起き上がって大丈夫なのかい?」
「あ!お二人ともこんにちは!もうすっかり元気です!」
「それはよかった」
お昼前にやってきた二人はテーブルでお茶を飲む私を視界に入れてホッとしたように微笑んだ。扉がないから覗き込めばすぐに見えてしまうのはちょっと恥ずかしいな。二人にもお茶を勧めて、近況報告をし合う。私は特にバタバタしていたから最近はあまり話せていなかったのだ。神宮寺くんともあのボーイズコレクションから顔を合わせていなかったし。
「あの日の神宮寺くん、本当に素敵でした!あんな状況でステージを自分のものにしちゃうだなんて思いませんでした」
「俺もニュースで見てびっくりしたよ!でもさっすがレンだなって思った!」
「ありがとう。でもあまり褒めないで。あれは彼女の曲があったからこそだ」
「あ!レン照れてる?」
「よしてくれよ、イッキ」
「あはは、たーくさん照れてください!あの曲は七海ちゃんだけの曲じゃありません。神宮寺くんが歌うものだからこそ、心に火が灯る曲なんですから」
「まいったな…」
あの日、停電を起こした会場で神宮寺くんは観客を落ち着かせる為に歌を歌った。七海ちゃんが会場を走り回ったのもあるし、二人の考えが同じだったからこそ成り立ったものだ。普段から人を惹きつける魅力を持った人だけど、あの日は段違いだった。神宮寺レンという存在が、人々の心に灯った日。胸が震えてとても熱くなったのを覚えてる。一十木くんのストレートな褒め言葉に、裏がないのが分かるからか神宮寺くんは困ったように笑った。お世辞じゃないって分かりますもんね、彼の言葉は。もちろん、私も本音1000%です。
「…やっぱり歌っていいですよね。たくさんの想いが伝わってきます」
「うんうん!俺もまた大きな会場で歌いたくなった!」
「オレ達の仕事ぶりはうたプリアワードの審査員にも届いているだろうし、そう遠い未来じゃないだろうね」
「だよね!俺達めちゃくちゃ頑張ってるし!…那月も、大丈夫だと思うけど」
「一十木くん…」
明るく声を昂らせていた一十木くんはやはりなっちゃんのことが気にかかるらしい。今朝もなっちゃんはさっちゃんのままで、どうしようかとみんなで相談していたのだとか。でも確かにここまでずっと入れ替わっていることは珍しいから私も少し心配ではある。
なるようにしかならないさ、という神宮寺くんの言葉に私達は頷きながらも気にかかってしまう。そんな私達の思考を途切れさせたのは、一本の一十木くんにかかってきた電話だった。どうやら相手はトキヤくんらしく、でもなにやら焦っているようで、近くにいる私や神宮寺くんにまでそれが伝わってきた。一方的に電話を切られた一十木くんも焦っており、行かなきゃ!と立ち上がった。
「那月の撮影!今日あるのに秘密にしてたらしくて今砂月が向かってるんだって!!」
私達が撮影スタジオに到着した時、事態はほぼ収束していた。さっちゃんはサングラスをかけたことでなっちゃんに戻っていて、それで撮影に臨んでいた。トキヤくん達になにがあったのか聞けば、七海ちゃんが彼の心に何か変化をもたらしたようだと言っていた。そっか、なっちゃん乗り越えるんだね。
大好きな友達の大きな一歩を見守られて嬉しいはずなのに、新曲であるシリウスへの誓いを歌いながら撮影に臨むなっちゃんの姿に私は涙が止まらなくなった。なっちゃんはいつも誰かが自分を守ってくれていることに気付いていたんだ。その相手に自分はもう大丈夫だからと、この愛を聞いてくれと、そう歌ってる。…さっちゃん、さっちゃん。君が大好きで大切ななっちゃんはちゃんと君の存在を知ってたよ。
「高原、大丈夫…?」
「は、はい。すみません大号泣なんて。病み上がりで涙腺がバカになってるのかもしれません」
「…体調は?悪くない?」
「はい、大丈夫です!ありがとうございます、一十木くん」
無理いって連れてきてくれてありがとうございます、と笑うと彼は少し安心したように微笑んで私の涙を拭ってくれた。は、恥ずかしいな。
撮影も終わり、着替えているなっちゃんを待つ為にスタジオの屋上のテラスでみんなで待つ。なっちゃんの新たな一面が見れた、と和やかに彼を褒める言葉を聞きながら私はベンチに座ってぼんやりと空を見上げる。
さっちゃんと過ごした時間はなっちゃんほど多くはない。けれど、確かに私の意識を変えさせてくれた人で、大切な人だ。でもそうか、もうきっと会えない。聞いたところによるとさっちゃんは自分でサングラスをかけてなっちゃんに戻ったと言っていた。最後まで彼は、優しい人だった。
「みなさん、お待たせしました!撮影見に来てくれてありがとうございます」
「おう、那月おつかれ………って、ハァ!?!?」
「し、四ノ宮さんが…二人…!?」
テラスに続く扉が開き、明るい声色のなっちゃんの声が聞こえたかと思うとそこは一気に驚きの声が。かくいう私も目も口も開きっぱなしだ。今目の前に広がる光景が信じられない。だって、
「僕たちもよく分かってないんですけど…」
「…意味がわからねぇ」
「なっちゃんに、さっちゃん…?」
「人格であるはずの砂月が何故四ノ宮の隣にいるのだ…」
なっちゃんも、さっちゃんもいるのだ。
信じられない光景に頬をつねる。痛い。痛いよ。当の本人達も理解していないようで、でも気付いたらそうだった、と。こんな、こんな魔法みたいなことあっていいんだろうか。これ戸籍とかどうなるの。四ノ宮家が荒れてしまうんじゃ。
みんなが2人の元へ集まって話しているのを私は未だにベンチに座ったまま見つめる。そんな私のところへやってきたのはセシルくんだった。穏やかに笑みを浮かべて私の隣に腰を下ろした彼は「魔法のようですね」と口を開く。
「こ、戸籍とかどうなるんでしょうかね、これ」
「きっとなんとかなります。人がネコになることもあるのですから!」
「え?ねこ?」
「ああっ!えっと、違います!間違えました!と、とにかく綾奈、嬉しくないのですか?」
セシルくんの発言は気になるところもあったけど、難しいことを抜きにして嬉しいかどうかを聞かれれば、そんなのはもちろん、嬉しい。涙が溢れる。また泣き出してしまった私に、みんなも気付いたようで視線を感じる。そして側にやってきて目の前で膝をついた彼は、とても穏やかな目をしていた。ぎゅっと握られた両手は温かい。
「…綾奈ちゃん」
「あっ、な、なっちゃん…」
「綾奈ちゃんも、さっちゃんこと知ってたんですね」
「…うん。…っごめん、ごめんねなっちゃん…!」
「どうして謝るの?」
「私っ…なっちゃんが変わろうとしていることを応援してるはずなのに、さっちゃんが消えちゃうかもって思ったら…っ、怖くて、嫌だって思った…!心から応援出来なくなってた…!」
「…そっか」
「ごめんっごめんねっ…私っ…なっちゃんがいて、さっちゃんもいる今が死ぬほど嬉しいのっ…!」
「謝らないで。…僕たちを愛してくれてありがとう」
ぎゅっと抱きしめられた力強くて安心する腕の中で、私はなっちゃんにしがみついてワンワン泣いた。その様子を呆れたように見つめるさっちゃん。どうか夢なら覚めないでと、夢にしがみつくように馬鹿みたいに泣いた。
20200824