第2章:うたプリアワード
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「綾奈はサツキが怖くないのですか?」
第23話
「翔くん、わざわざお粥ありがとうございます。とても美味しいです。元気になってきました」
「いいよ、こんくらい。つーかお前言えよな!オフだって聞いてたし、いつもちゃんと返信するやつが既読もつけねーから心配しただろ」
「あはは…私も予想外でした。こんなに寝ちゃうとは」
「ったく。…結構大変だったんだぜ。那月も砂月になっちまうしさ」
30分ぐらい寝ていたようで、目が覚めた時にはさっちゃんはいなくなっていて代わりに翔くんがお粥を持ってきてくれた。心配した、と息を吐いた翔くんに謝罪すれば「早く元気になれよ」と笑ってくれた。優しい。
美味しい卵粥を食べながら話を聞いてみれば、お昼に連絡をくれたのはさっちゃんのことでだったらしい。なっちゃんに来たと思ったグラビア広告のお仕事が、実は学生時代にHAYATOのライブに乱入した時のさっちゃんを見てのオファーだったのだとか。かっこよくて男らしいイメージのものらしく、なっちゃんに出来るのかと皆は心配らしく。実際撮影もちょっと滞ってしまっているらしい。気付かなかった。なっちゃんも悩んでいただろうに、あえて私には言わなかったんだろうな。気を遣わせてしまった。
そしてひょんなことで眼鏡が外れちゃって、さっちゃんが「自分がCMにでる」と言って今…なのだとか。そっか、男らしいなっちゃん、か…。
「そんなに心配することじゃないと思いますよ」
「え?いやでも那月だぞ?かっこいいっつーより…ほわほわしてて可愛いみたいなイメージのが強いだろ」
「そうですね…。うーん、なんていうかなっちゃんが頑張るって言ったなら、きっと大丈夫です。大事なことは譲らないって、もうなっちゃんは知ってるはずだから」
「…お前、なんか会う度に包容力すごくなってないか?」
「フフッ目の前に素敵なお手本さんがいるからですね」
「なっ…!?お、おまえな…」
顔を赤くして頭をかく翔くんが微笑ましくてまた笑ってしまう。「わーらーうーなー!」と口を尖らせる翔くんに謝りながらも笑みは消えなかった。そんな私を赤い顔のままジト目で見てくる翔くんは「体調崩してること、あいつらにも言ったからな」と口を開いた。ええっ!なんで言っちゃうんですか!!
慌てる私に彼は「じゃねぇとお前ずっと同じこと繰り返しそうだからな」とニヤリと笑った。
「そろそろ見舞いにくるだろうし、ちゃんと心配されろ」
「うつっちゃったらどうするんですか…」
「そんなにヤワじゃねぇよ。綾奈は気付いたら頑張りすぎてるし、俺達にどんだけ愛されてるか分かってもらわねぇと」
「充分すぎるぐらい感じてますよぉ…」
いーやまだまだだな!
そう言われてしまっては反論も出来ない。それなら私ももっともっと彼等に同じぐらいの、それ以上の愛を伝えなきゃだな、なんて思った。
「高原ー!風邪引いたって!?大丈夫!?」
「こら音也!綾奈は病人なのですから静かに」
「果物を持ってきたが食べられるか?今は難しければ剥いて冷蔵庫にいれておいてやるぞ」
「わ、み、みんな本当に来てくださったんですね、すみません。さっきお粥を食べたのでまたあとで頂きますね」
「顔色も良さそうだね、よかった。お見舞いの花、飾っておくね」
「あれ?ナツキは来ていないのですか?」
「少し前にさっちゃんが来てくれました。お花もすごく綺麗。ありがとうございます、みんな」
翔くんが言っていた通り、しばらくすると仕事を終えたみんながお見舞いにきてくれた。少しまだ熱っぽいけど、起き上がれるぐらいには元気になっていた。うつしちゃったら看病しますからね、と言えば一様に大丈夫だからと笑った。
そして話はここにいないなっちゃんの話になり。みんなやっぱり彼のことを案じているらしい。心配してもらうって嬉しいことだね、なっちゃん。翔くんに言ったように、大丈夫ですよ、と笑うとセシルくんは不思議そうに口を開いた。「綾奈はサツキが怖くないのですか?」と。
「ワタシ、びっくりしました。サツキ、力も強くてとても悲しい目をしていました」
「ふふ、はい。怖くないですよ。さっちゃんもなっちゃんも、とても優しくて大好きです」
「確かに、昔は綾奈とも衝突してましたが今は綾奈の前では彼は落ち着いていますね」
「…オリオンでSHOUT OUT 。あの曲を作ったのはさっちゃんです。あの曲を聴いた時から怖いなんて気持ちは無くなっちゃいました」
私もあの曲は特に好きですね、と微笑むトキヤくんに私も笑みを浮かべた。あの時、自身に向けて歌われた曲は強くトキヤくんの心を揺さぶったのだろう。それにさっちゃんと言う存在はなっちゃんの繊細な心を守るが故に生まれたのだと聞いた。今こうして出てきてるのもなっちゃんを守りたいからだ。
「それじゃあ砂月は那月が強くなったらいなくなるってこと?」
「え、」
「確かに、一十木の言うようにそういうことになるのかもしれんな。あの人格が心の弱さを守る為に生まれたのだとしたらだが」
「さっちゃんが、いなくなる…」
聖川くんがいうようにさっちゃんが消えるのはなっちゃんが強くなった時。そして、そのなっちゃんは今、
強くなろうとしてる。
「そんじゃ、そろそろ俺等は部屋に戻ろうぜー。綾奈、明日も念の為にちゃんと大人しくしてろよー?」
「え…もう随分元気ですっ」
「ダメですよ。レッスンも禁止ですからね」
「じゃあオレは明日オフだから会いにくるよ。添い寝してあげる」
「ちょ!ダメだよレン!高原!俺も!俺も明日オフだから来るからね!」
「高原、冷蔵庫に林檎と桃を剥いていれておいたからな。ゆっくり休むのだぞ」
「お大事に、です。綾奈」
「はい!みんなありがとうございます。おやすみなさい」
話もそこそこに病人であるしそろそろ、とみんなは部屋を後にした。そしてその時になってようやく私は破壊された扉の存在に気付いた。……今思ったら微睡んだ意識の中で聞いた破壊音はあの扉だったのね…。確かに鍵かけてたけど…さっちゃん…。元気になったら日向先生に謝って修理してもらわないとだ。
修理費いくらぐらいかな、と扉を眺めながら考えているとそこから先ほど出て行ったはずのセシルくんがひょっこりと顔を出した。「綾奈、一つ聞いてもいいですか?」と尋ねてくるセシルくんにどうしたんだろう、と頷いてもう一度部屋に入ってもらった。みんながいる前では聞きづらいことでもあったのかな。ベッドの側にまで来てくれたセシルくんは言いづらそうに、でも真っ直ぐな眼で私を見つめて口を開いた。
「綾奈はサツキに消えてほしくないのですか?」
「…どうしてですか?」
「サツキが消えるのはナツキが強くなること。けれど綾奈はどちらも好きだと言いました。好きな人がいなくなるのはとても辛いこと…」
「セシルくん…」
「綾奈、とても悲しそう」。そう言うセシルくんこそ悲しそうで、彼は私が心配でこうして戻ってきてくれたのか。そうであるなら、私がここで取り繕うのは違う。真摯に向き合ってくれる彼には私も同じように答えないといけない。私は横になっていた体を起こし、そして真っ直ぐにセシルくんを見つめ返した。
「…なっちゃんが強くなろうとしていることを止めたいだとかそういうことは考えてませんし、むしろ応援してます。……でも私はなっちゃんもさっちゃんも大好きだから、複雑ではあります」
「…もし。もしも、ナツキとサツキ。二人ともが存在できるとしたら綾奈は嬉しいですか?」
「…そうですね。そんな魔法があればもちろん嬉しいですけど」
「…」
「気にしてくれてありがとうございます。私ドラマで多重人格の役をしてたから少し感情移入もしちゃったのかもしれませんね」
あはは、と笑う私をセシルくんはじっと見つめ、そして少し目を閉じたかと思うと次に見た時の瞳の強さにドキリとした。強く、芯が通った瞳。なにかを決意したかのような。
その瞳の理由は分からないまま、最初に部屋を後にした時と同じようにニコリと笑い、「お大事に」と部屋を出て去って行った。私の言葉は何かセシルくんに決心をさせるものがあったのだろうか。
あぁ、ちょっと病み上がりで頭を使いすぎたかな。
また少しふわふわし出した意識に、悪化させる訳にはいかないからと私は微睡みに身を委ねた。
20200823