第2章:うたプリアワード
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「危ない…!バレるところだった…!」
第22話
「お疲れ様でしたー!」
「いやー!二人ともよかったよ!こんなにスムーズに行く撮影も珍しい!またよろしくね!」
「はい…」
「ありがとうございます!こちらこそまたよろしくお願いします!」
今日、ドラマの撮影がクランクアップとなった。初めは自分の左手のこともあり、不安を抱えながらの撮影だったけど、皇さんがたくさん気遣ってくれたおかげでそのハンデも分からない程のドラマになった。迷惑をかけている身であることは重々承知していた為、どういう経緯でそうなったかもきちんと伝えた。それが私なりの誠意だった。さらには左手がどういうことが難しいだとかをきちんと伝えることで、補うこともできた。ドラマのスタッフさん方にも「出来れば言わないでほしい」と頼んでみると、皆さん快く頷いてくれた。初ドラマは周りにとても恵まれたものだった。
打ち上げもとても楽しいもので、未成年である私や皇さんは先に帰らなければならないのがとても寂しかった。二人でお店の入り口で呼んでもらっているタクシーを待ちながら他愛のない話をする。そっか、こういう時間ももう無くなっちゃうのか。
「本当に皇さんにはご迷惑ばかりおかけしちゃってすみませんでした。でも、本当に相手役が皇さんでよかったです」
「俺の方こそ、お前でよかった…」
「…手の事とか、思っていた以上に自分のハンデであることを痛感しました。気をつけないといけませんね」
「…」
口数が少ない彼との会話にも慣れて来た頃だったから、またこうしたお仕事がない限り会うこともないだろうっていう事実に眉が下がる。
私の言葉に少し黙り込んだ皇さんは、お前は、と口を開いた。打ち上げで盛り上がった分、この時間のゆったりさに落ち着いてしまったのか、ぼんやりする頭で彼の瞳を見つめ返す。いつだって真っ直ぐに見つめてくる金色の瞳は吸い込まれてしまいそうになる。
「そのハンデを、周りに伝えずにやっていくのか…?」
「…はい、そう決めました。とはいえ知ってる人もいるんですけど」
「俺達の事務所なら…窮屈な思いはさせない…」
「…?あ、ナギくんとかみんな知り合いですしね」
「…」
「え?あ、あれ?検討違いなことを言いましたか?」
少しとはいえ、共に過ごしてきたから以前よりかは皇さんがどう思ってるか分かるようになったつもりだったけど。今こうして黙ってさっきよりも熱く見つめてくる皇さんの真意は分からない。まだまだである。
結局「いや、いい」と視線を逸らした皇さんを疑問に思いながらも、気分を悪くした様子ではなさそうなので私も気にしないことにした。疲れでか、あんまり頭が回らなくなってきたのも理由だ。
2台呼んでもらったタクシーが到着し、先に皇さんが乗り込むのを見送る。ペコリと頭を下げた皇さんに、お疲れ様でした、と私は笑えていただろうか。
「、?どうしたんですか?」
「…手を」
「はい…?……あ、これ」
「また、会おう」
そして綺麗なお顔に微笑みを浮かべて、今度こそ皇さんのタクシーは走り出した。彼の微笑みに見惚れた私の手にはいつかの時のようにリンゴ味の飴玉。封を開けて口に放り込み、コロリと転がして私もタクシーに乗り込んだ。
また、一緒に仕事が出来るといいな。皇綺羅さん。
「……あれ…もしかして体調崩してるかもしれない……」
そう気づいたのはタクシーに揺られてる途中。ぼんやりとしてたから疲れて眠いのかと思ってけど、どうやら違ったらしい。これは…うん、風邪だ。幸いドラマはクランクアップしたし、早めのクランクアップだったこともあってこの先の撮影だった予定も無しになったから休みの時間は多い。とりあえず明日はオフだったし。緊張の糸が切れちゃったのかな。1日あればなんとかなるか…と今は寮までの道のりは目を閉じていようと息を吐いた。
「あ。綾奈、おかえり。ちょうどいいところに帰ってきた。コレ、次の課題ね」
「…あ、美風さん。ただいま帰りました…。すみません、わざわざ」
「別にいいよ。…なんだかいつもと違うような気がするんだけど」
「えっ?あ、いやドラマの撮影がクランクアップしたのでちょっとホッとしているのもあるかもしれません」
「…フーン?ま、お疲れ様。ボクもあのドラマは観てるよ。いい観察対象になるし」
「そうだったんですか…!ありがとうございます!」
無事寮に到着し、さっきよりもダルくなった体に鞭を打ちながら自室までの道を歩いていると、向かいからやってきたのは美風さん。どうやら私の部屋に用があったようでタイミングがよかった。
今日は課題には手をつけずに休みなよ、と声を掛けていただいて美風さんと別れた。危ない…!体調崩してることバレるかと思った…!明日が休みとはいえ、ちゃんと自己管理していないことがバレるのは流石にまずい。気をつけていたつもりだったけど、崩してしまったのだからそういうことなんだろう。
時刻は22時。気力でサッとお風呂に入り、最低限のスキンケアを施してようやくベッドに横になった。そこからは泥のように眠った。次に目が覚めたのは大きな破壊音がした時だった。…後から考えればそれは自室の扉が蹴破られた音だったのだけども。
「オイ!生きてんのかお前!!」
「ん…」
「……風邪か…。おいチビ!冷却シートと粥もってこい!」
「粥!?なんだよ砂月…ってもしかして綾奈、風邪引いてんのか!?」
「いいから持ってこい」
「わ、わかったよ!」
「…さっちゃん…?」
「、!起きたか…」
意識がぼんやりする中で聞こえた声に意識が浮上した。目の前には何故かさっちゃんの姿。なんだか久しぶりに会った気がする。卒業してからもちょこちょこなっちゃんの眼鏡は外れちゃうことはあったけど、ここ最近はなかったから。久しぶりですねぇ、と笑うと軽く頭をピシッと叩かれた。丸1日も寝こけてんじゃねぇ、と。え、丸1日?
「チビが昼間に連絡しても返事なかったっつってたぞ」
「…うわぁ…ほんとに丸1日経ってる…」
「いいからまずは水飲め」
思わず携帯で日付を確認しているとまさに翌日の20時。自分自身にちょっと引いていると、私の部屋の冷蔵庫からさっちゃんはお水を取り出して渡してくれた。冷たい水が火照る体に気持ちいい。
ぶっきらぼうに体調はどうだと聞いてくるさっちゃんに頬が緩みながらも「大丈夫だよ」と笑う。熱は…うーん、ちょっとあがってるかもしれないけど、薬とかも飲んで無いから仕方ないか。気持ち悪さとかはないから大丈夫だろう。
「さっちゃん、心配してくれてありがとう。でもうつしちゃ悪いから部屋に戻ってください。私は大丈夫です」
「俺は風邪なんざ引かねぇよ」
「フフッこれまでのなっちゃんの体調不良とかを背負ってきたんじゃないんですか?」
「それは那月が崩したもんで俺じゃない」
「でもしんどい思いは知ってるじゃないですか」
頑なに部屋に戻ろうとしないさっちゃんに苦笑が溢れる。いくら言っても聞いてくれなさそうなので私もそのままにすることにした。もしこれでさっちゃんが体調崩しちゃったら私が全力で看病するからね。
チビに粥用意させてるからそれまで寝ろ、と私のおでこに手を当てて側にいてくれるさっちゃん。さっちゃんが出てきてるってことはなっちゃんに何かあったのかもしれないけど、私を労ってくれるさっちゃんはどことなく沈んでるような気がしたのであえて何も聞かないことにした。さっちゃんはなっちゃんであり、でもなっちゃんではないのだ。
「さっちゃん、気付いてくれてありがとう」
「…お前に何かあれば那月が悲しむ」
「さっちゃんは?」
「…阿保。寝ろ」
「えへへ…」
素っ気ない言葉と裏腹に顔にかかった髪を掻き分けてくれる手は優しい。出会った時からずっと、さっちゃんは優しい。私はなっちゃんも、さっちゃんも、どちらも大好きなのだ。
さっちゃんの温かさを感じながら私はまた少しだけ眠りについた。
20200822