第2章:うたプリアワード
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私の先輩は、とても素晴らしい方だ。
第21話
寿さんのものだという可愛らしい車の助手席にお邪魔し、寮まで乗せて行ってもらうことになり。後輩である私が運転するべき場面なのに…!とは思うけど免許を持っていないので仕方ない。そのうち取りに行かないとと考えていると、今日あの辺りで仕事だったの?、と寿さん。…住宅街であるあの場所の近辺に私たちが行くような場所はない。きっと寿さんはそれを分かっていて敢えて聞いてきているのだ。…空気が硬い。
「…いえ。ドラマの共演者の方と一緒にいました。お互いそういう意味合いがないとはいえ、軽率だったとは思ってます。…すみませんでした」
「…」
私の言葉にチラッと私を見た寿さんは少しの時間を置いて短く、そう、とだけ言った。怒っている、というよりは呆れているという感じだろうか。いつもは優しく明るい先輩だからこそ、事の重みを思い知らされる。ドッドッと早鐘を打ち出す心臓に冷や汗までも滲む。普段からぶっきらぼうな黒崎さんよりもずっと、怖い。
「…自分でも分かってるみたいだから僕は何も言わないけど」
「…っ、はい」
「新人だからといって見逃してもらえる世界じゃないからね」
「…肝に、命じます」
息の吸い方すら忘れてしまったようで酸素が薄い。はやく、はやく着いて。
寿さんもそれっきり何も言わず、重い沈黙を保ったまま寿さんは車を走らせた。20分程経って寮が見えて来た時、思わずホッとして泣きそうになってしまった。悟られないようにお礼を言ってドアを開け、車から半分体を出せば「綾奈ちゃん」と呼ばれた自身の名前に思わずビクリと反応してしまった。
「…はい、笑顔!反省はたっぷり出来たでしょ?」
「え、あ、あの、」
「…怯えさせたことについては謝らないよ。…僕たちはアイドル。ファンを泣かせるようなことだけはしちゃいけない。それだけは覚えていて」
「…っ!はいっ…!ありがとうございますっ!」
「よーし!じゃあ明日も頑張ルンバ〜!」
ニコッと最高のアイドルスマイルを浮かべて、ヒラヒラと手を振って車を走らせ去っていく寿さんに出来る限りの大きな声で「ありがとうございましたっ!!」と頭を下げた。その拍子に地面にしずくが落ちた。
本当に、とても素晴らしい先輩だ。
「…あれっ神宮寺くん!奇遇ですね」
「やぁ子犬ちゃん。子犬ちゃんもランニングかい?」
「はい!今日は走りたい気分だったんです」
寿さんとの会話から数日。気持ちを引き締めて仕事に臨み、前より一層トレーニングにも励むようになった。ただでさえ、ハグの記事や左手のハンデがある私がこれ以上幸せボケしている訳にはいかない。アイドルになれたことで仕事をもらえて、ドラマの撮影も上手くいき始めて、どこか油断していたのだと思う。気付くとすぐに幸せボケしてしまう私は本当にダメだ。ぼんやりしている場合じゃない。こうして目の前にいる彼なんかはトップモデルだって羨むようなショーに看板として出演することが決まったのだから。浮かれてばかりもいられない。私の上には山ほど上がいる。
さっきセッシーにも会ったよ、と笑う彼は笑っているけどどことなく元気がないように見える。…なんとなくだけど理由は思い当たる。きっと彼が出るショーのメインスポンサーについてだ。
「…悩み事ですか?」
「うん?…いや、悩みというか…自分の中の折り合いが上手く行かないだけさ」
「折り合い、ですか」
「あぁ。…子犬ちゃんはどうしてこの世界に入ったんだっけ?そういう話、あまりしてこなかったよね」
この世界に入ったキッカケ。確かにそういう話をみんなにしたことはなかったかもしれない。自分から話すようなことでもないし。
大したことじゃないんですけど、と前振りを入れてから私は口を開いた。
「友達にスクールアイドルやろうって誘われて、断ったんですけど、それを姉に話したんです。そしたら"やりたそうな顔してる"って言われて」
「好奇心が勝ったって感じかな?」
「好奇心…というより、図星だったんです。歌はずっと…好きだったから」
「、!…そう」
「背中を押されて、ようやく自分がやりたかったことに気付けたんです。そこからはもう、走ることしか考えませんでした。…あっという間の1年でした。そしてそこからまた1年が経ったなんて。なんだか信じられません」
「ただ真っ直ぐに走ってきた君はとても素敵だね」
「前に走っていく人がいるから、立ち止まらないでいられるんです。…神宮寺くんの背中は、まだまだ遠いです」
「、」
「みんなどんどん前に進んでいっちゃうから振り返った先には誰もいないけれど、でも進む先にはみんながいるから、私はこの世界に入ってよかったです」
神宮寺くんは?
それを言葉にすることはなかったけど、少し気持ちの整理に役立てたなら嬉しい。さっきとは少し表情が違うから。
「神宮寺くんはいつもかっこいいです」
「…子犬ちゃんにそう言われると、腐っていられないね」
「ふふ。そしたらまた背中を叩いてくれる人がたくさんいるじゃないですか」
「…そうだね」
ありがとう。そう言って彼は私の髪を1束掬い上げ、キスを落とした。ボンッと頭が爆発した。顔を真っ赤にさせ、魚のように口をパクパクさせるしかない私を見て笑った彼はとても無邪気で、改めて魅力しかない人だなと思った。
*
「あ!綾奈ー!こっちこっち!」
「よ、よかった間に合った…!すみません、仕事が押しちゃって…!」
「お疲れーい!だいじょぶだいじょぶ!まだ始まってないし!」
「綾奈ちゃん汗だく…!は、走ってきたの?」
「うん…押した上に渋滞にハマっちゃって…2駅は走ったと思う…」
「綾奈、ワタシお水持っています!どうぞ飲んでください」
ニコニコとお水のペットボトルを差し出してくれるセシルくんにお礼を言っていただく。めちゃくちゃ助かる…。
神宮寺くんが出演するボーイズコレクション。七海ちゃんと渋谷ちゃんに誘われて、スケジュール上では仕事との兼ね合いも上手く行きそうだったので約束してたのだが、色々狂ってしまった。遅れる連絡も遅くなってしまっていたし、心配かけただろうに気にしないでと笑ってくれる彼女達は正に女神。そしてセシルくんはオアシス。買ったばかりだったのか、火照った体に冷たい水が気持ちいい。
少し落ち着いてきたところで、特に久しぶりに会う渋谷ちゃんと近況報告で盛り上がる。相変わらず渋谷ちゃんの先輩は厳しいそうだ。でもくじけてやんないんだから!、と笑う彼女はとても逞しい。
「綾奈は?ドラマの撮影も順調?」
「あ、はい!上手くいけば次の撮影でクランクアップになりそうなんです!」
「えー!?すごいじゃん!めっちゃ早いんじゃないのソレ!」
「相手役の方が本当にNGを出さない方なのでトントン拍子で撮影が進むんです!私も負けてられないーってやってたらスタッフさん方も奮闘してくれて」
「なるほどねー!いいじゃんいいじゃん!偉いぞー綾奈!」
「えへへ。渋谷ちゃんに褒められると天狗になっちゃいます」
なるが良いぞー!、と頬をグリグリといじられて二人して笑う。久しぶりでも変わらないやり取りが嬉しい、なんて話していると開演のアナウンス。会場内も暗くなり、神宮寺くんのステージが始まった。
たくさんのモデルさんが出てくる中、一際歓声があがったのは彼の出番の時。これは歓声もあげたくなる。かっこいい。
神宮寺レンという存在は、デビューしてまだ間もない今でも、既にかなり周知されているということだ。うたプリアワードにノミネートされる為に、彼がしてきたことの結果だ。そしてまだまだ躍進していく。自分との中々埋まらない差に悔しくもあり、同時に誇らしくもある。どうだ、私の友達は。かっこいいだろう、と。もっともっと世界に知って欲しくなるのだ。
「わ!?えっなになに停電!?」
「暗くなってしまいました」
「な、なにかあったんでしょうか…」
突然、会場の照明や音楽が消え、隣で慌てる渋谷ちゃんやセシルくん、七海ちゃんの声を聞きながら、さて彼はどうやってこの危機を乗り越えるのだろうと、視線を逸らさずにただ真っ直ぐにステージに立つ神宮寺くんを見つめた。
20200819