第2章:うたプリアワード
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「綾奈ちゃん無理しなくていいんだよ?手元を映さないようにしてフリだけにすることもできるから…」
第18話
すみません、と頭を下げて休憩に入った。ドラマの撮影は思うように進まなくなってきていた。料理のシーンは勿論、体育会系の人格の体を動かすシーンなどでも違和感は出始め、いよいよ監督にも妥協案はあるからと提案されてしまった。監督方は私を癖の強い人間だと思っているのだと思う。そりゃそうだ。まさかデビューしたての新人が最初からハンデを背負っているなんて誰も思わない。…思われて欲しくない。
けれど仕事だ。これ以上迷惑をかける訳にはいかない。潮時だ。もう十分に時間はもらったのだ。だけど最後にと、休憩明けにもう一度だけチャンスをもらえた。そこで出来なければ…もう諦めよう。私のこのちっぽけなプライドも捨てなければならない時がきたのだ。
「…高原さん」
「、皇さん…すみません、私のせいでいつも…」
「大丈夫だ…。次のテイクだが…俺に…任せて欲しい」
「え?で、でも多分次のテイクが上手くいかなかったら…」
声をかけてきた皇さんは何か考えがあるようで、次の…私にとって最後のチャンスを自分にまかせてほしいと言った。散々私の事情で迷惑をかけてきた。普通ならここは彼に頼んでしまうのが1番いいのだろう。断るなんて生意気すぎる。…けど、最後のチャンスだ。出来ればやり切らせて欲しいという気持ちもある。
なにも言えず黙ってしまった私に、皇さんはさらに言葉を繋げる。自分を信じて欲しい、と。
「そ、そんな。勿論皇さんのことは信用してます。ほとんどNGだしてないじゃないですか」
「…だからといって…今回のことは…お前だけの責任ではない」
「え、」
「俺と…お前…二人がいてこその…ドラマだ」
「、!」
「…俺も仲間に言われて理解した…助け合うべきだと…」
「ふた、りの、」
こんなにも真摯に向き合ってくれる彼に、私は我儘を通すことなんて出来なかった。分かりました、と頷いた私に彼もこくりと頷いた。どうなるかは分からない。でも、そうだ。これは私だけのドラマじゃない。彼を信じよう。これまでよりも、もっと。
「…カ、カーット!!!綺羅くんがアドリブをいれるとは驚いた…!とても良かったよ!これでいこう!」
「、っ」
「ありがとう…ございます」
ハッと現実に戻された時には監督やスタッフさん達の拍手に溢れていた。成功、したんだ。バッと皇さんに視線をやると彼もこちらを見て小さく口元に笑みを浮かべてくれた。それに酷く涙腺を刺激され、グッと堪える。
問題だった料理のシーン。本来なら料理好きの人格が鮮やかな手腕を披露する場面だったが、そこを丸ごと彼はアドリブに変えたのだ。一人で行うところを、二人でやることによって、より夫婦仲の良さを増幅させた。材料を切るのも彼がすることによって私の違和感も勿論出るはずもなく。完璧なアドリブだった。
何度もお礼を言う私に皇さんは頭を上げてくれと言う。本当に、相手役が彼で良かった。
その後の今日のノルマ分も無事撮影し終え、撤収となった。久しぶりに肩の力が抜けたのか、私はしばらく楽屋で動けず、随分経ってからスタジオを後にした。
「あ、高原ー!今帰ってきたの?」
「一十木くん。はい、ただいまです。…なんだか大荷物ですね」
「おかえり!…あ、そうそう!今度の休みにバザーやるんだ!高原も来てよ!」
「バザー?…なにかの企画とかですか?」
「え、あー…いや、プライベートなんだけど、」
いつかのように後ろから声をかけて来てくれた一十木くんの手には大きなダンボールが抱えられていた。そして手渡されたチラシにはおばけやしきバザーと書かれている。どうやら児童養護施設で行うようで、彼との関連性が分からなくて尋ねたが歯切れの悪い返答。あまり詮索するのは良くないかもしれない。確か今度の休みは午後にはオフだったはず。
是非行きますね、と笑うと彼もホッとしたようにいつもの笑みを浮かべてくれた。けれどそこで彼はハッとしたように私の顔をジッと見つめてきた。え…な、なんか恥ずかしいな…。
「高原…なんか元気になった?」
「えっ。あ、あぁ…あの時はごめんなさい。もう大丈夫です!」
「…そっか!それならいいんだ」
「ありがとうございます。ちょっとドラマのことで悩みがあったんですけど、共演者の方に助けて頂いたんです」
「、!…へーそうなんだ」
スッと真顔になった一十木くんに少し驚く。自分のことで精一杯だったけど、彼とは先日いやな別れ方をしたっきりだった。思わずどうかしたのかと尋ねれば、彼は少し黙ってからその場に持っていたダンボールを置いた。ついそのダンボールを目で追っているとふわっと大きな手で頬を包み込まれた。必然的に一十木くんと向き合う形になる。えっ!?、と突然のことに驚く私を他所に、彼の目はとても真剣だった。そして彼は小さく、悔しいな、と呟いた。
「悔しい…?」
「…俺が勝手に思ってただけなんだけど、高原を笑顔にするのは俺…達だって…。今回もバザーに来てくれたら元気出るかなって思ってたんだけど、先越されちゃったなぁ…」
「一十木くん…」
「あっ!ご、ごめん!ほ、ほんとに高原が元気ならそれでいいんだけど!つい!」
「…ほんと、なに言ってるんですか一十木くん」
「えっ、」
こんなにもいつも笑顔の魔法をかけてもらっているのに。君たちの存在がいつだって私を救ってくれてるのに。いつだって包んであげる、そう言ってくれたのは一十木くんだ。
「一十木くん。いつか私が七海ちゃんと一悶着あった時に言ってくれたじゃないですか。涙はいつか乾いて、また心に雨が降ったとしても太陽は無くならない。そしたらあとは虹になるだけだって。…私、ちゃんと今笑えていますよ。一十木くんのおかげです」
「高原…」
「感謝してます。…私の弱い心を、いつも守ってくれてありがとう」
「っ…お、俺だっていつも救われてるんだ…。高原のおかえりを聞くのが大好きで、聞くとすっごく安心する」
「…今日はまだ言ってませんでしたね。おかえりなさい、一十木くん」
「…うん。ただいま」
そして彼は、自分の母親が亡くなっていることと、父親の行方も分からないこと、それがあって養護施設で育ったことを話してくれた。ST☆RISHのみんなにも、最近伝えたばかりだそう。こんな話は気に病ませてしまうからと。
本当に彼は、そんな状況に身を置いておきながらどうしてこんなに真っ直ぐ育ってこられたんだろう。どうしてそんなに強くいられるのだろう。出会った時から眩しい存在だとは思っていたけど、尚も上を見続ける彼が私には別の世界の人間のように感じた。そして、酷く愛おしいとも。
これからもよろしくお願いします、なんてお互い言い合って二人して思わず笑ってしまった。頬を包まれた状態でこんな真面目な話をしてるのは客観的に見て面白い光景だろう。そしてむにむにと触る一十木くんの遠慮の無さが気やすさを感じて嬉しい。…あの、でもそろそろ離してほしいな、一十木くん。なんかハマってませんか、それ。
「高原のほっぺめちゃくちゃ柔らかーい!」
「い、いっときく、そろそろはにゃひて、むぅっ!?」
「あはは!変な顔〜!可愛い〜!」
「な、ならはなひてくだはい〜!」
変な顔だと言うなら離してくれればいいのに、あともうちょっと〜!、と太陽のような笑みで言われてしまえば私は甘んじて受け入れるしかなかった。ぐぅ。
20191214