第1章:早乙女学園
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「綾奈ちゃん、ちょっといいかしら?」
第5話
ホームルームにてレコーディングテストのパートナーも発表されたことで浮き足立つ周りと比べて私は落ち着いていた。というのもパートナーがBクラスの方で名前を聞いても覚えのない人だったからかもしれない。きっと緊張は顔合わせの時にしっかりするんだろうけど。
一十木くんや聖川くん、四ノ宮くんはみんなAクラスの人がパートナーみたいでそれぞれよろしく、なんて声をかけていた。一十木くんのパートナーさんは…そのちょっと色々あったけど。どうやら彼女は楽譜が読めないらしい。それを正論だとはいえ、周りがとやかく言うのはどうかと思う。大丈夫かな…、少し気にかかる。
私も明日にでも挨拶にいかないと。今日いきなりっていうのは相手の都合もあるし…。
こんな時べつのクラスっていうのは損だなぁ、と荷物をまとめながら考えていると目の前の扉から先ほど出て行ったばかりの月宮先生がひょっこり顔を出した。驚いて裏返った声で返事をすると、彼女、じゃなくて彼はふふっと笑って手招きをした。ああもう!ほんと可愛い!!!
「ごめんなさいね、何か予定あったかしら?」
「いえ!大丈夫です。何かありましたか…?」
「ありがとっ!あったというかあるというか…あなたのパートナーの雅ちゃんなんだけどね」
申し訳無さそうに眉尻を下げる月宮先生に、なにか仕出かしたかと不安になった。でもどうやら杞憂らしく、私ではなく今回のパートナーである雅綾人くんの事らしい。彼についての情報が全くといってない私は首を傾げて先生の言葉を待った。幸い下校する生徒は多くても私達に注目してる人はいないから聞かれている可能性も低そうだ。
「…実は彼、ちょっと病弱でね。実力はあるんだけど、毎日登校するのが難しいってのもあってBクラスにいるのよ」
「えっ…!」
「実力だけで言えばSクラスの逸材よ。今は寮で療養してるけどもしあなたが迷惑だと思うなら辞退も、」
「だ、大丈夫なんですかっ?あの私!何かできることありませんか!?な、何か必要なものとか!」
「綾奈ちゃん?どうしたのよっ」
「だ、だってせっかく入学して…っなのにそんなのって…!」
あんまりです…っ、と泣きそうになりながら訴えれば驚いていた月宮先生は優しいわね、と私の頭を撫でた。優しくなんかない。ただ彼を、学校を思うばかりに自分のしたいことを言えなかったあの子と重ねてしまっただけだ。
尚も浮かない表情の私を見兼ねてか先生は、アタシから雅ちゃんに伝えておくわ、と笑った。私も会いに行きたい、と思ったけど彼は男子で、前回のスタイリスト実技の時ように寮には行けないから。ぐっと押し黙って悔しさに耐える。
「あの、それじゃあ伝えてください。私はこの学園に入った君の曲が聞きたいって。待ってますって」
「…わかったわ。そのお返事についてはまた連絡するわね。見ず知らずの人のことにまで心を痛めるのは優しいことだけど、悩みすぎちゃ駄目よ?」
それじゃまた明日ね、ともう一度頭を撫でて月宮先生は背を向けた。
「雅くん、か…」
一度会ってみたいな、という言葉を飲み込んで私も踵を返した。
*
「高原~!」
「一十木くん?どうしたんですか?」
「今日はパートナーと顔合わせとかあって帰りにバイバイ出来なかったじゃん!だからつい声かけちゃった!」
「あははっ嬉しいですっ!」
なんとなく真っ直ぐ寮に帰るのは気が進まなくて、ぶらぶらと敷地内を歩いていると、声をかけてきたのは一十木くんだった。ベンチに座っていた彼の隣には可愛い女の子がいて、その子が彼のパートナーだ。
ついテンション上がっちゃった、なんて頭をかく彼は本当に優しい。そんな些細なことでも気にしてくれるなんて。ありがとうございます、と笑うとお礼を言われる理由がわからないようで首を傾げた彼にまた微笑んだ。
「あ!そうだ!紹介するね!今回のパートナーの七海!そんで友達の高原だよ!」
「初めまして…ではないですね。同じクラスの高原綾奈です。七海さん」
「は、はい!七海春歌です!わ、わたし高原さんとお話したいなぁってずっと思ってて…!」
「え!わ、私とですか?」
「そーそー!さっきも俺より先に七海が高原のこと見つけたんだよ!」
七海さんはすごくかわいくて、一十木くんとパートナーってことは作曲家コースなんだろうけど、全然アイドルコースと言われても納得がいく。こんなに可愛い子の作る曲がどんなものかもすごく気になる。自己紹介の時のこともあって気になっていたけど一十木くんが励ましてくれたのか、思っていたより元気そうだった。そんな彼女に話してみたかったと言われて喜ばない人間などいるのだろうか。否いない(反語)
両手を胸の辺りで組んで私を見つめる目はとてもキラキラしていて。いやいやそんな目で見られてもそんな大層な人間じゃないです…!、と隠れたくなってしまう。
「自己紹介の時の高原さんの歌が背中を押してくれるような…そんな力強い歌声で…!でも歌い終えた時の笑顔はとても柔らかくって…!とっても魅力的だなって…!」
「うんうん!確かに高原の歌声って普段のイメージとギャップあるよね!」
「はい!だからこうしてお話できてとても嬉しいですっ!」
こんなに真摯に想いを告げられて照れないはずがなかった。嬉しい。まだまだ未熟な歌だけど何かを感じてもらえたなんて。むずむずとする。
もっと頑張ればもっとたくさんの人に届くのだろうか。頑張れば人を動かす力になれるのだろうか。
なんだか、すごく泣きそうになった。
思わず七海さんの手を取ってぎゅっと両手で握りしめる。七海さんがかなり動揺しているのがわかる。でも、伝えたい。彼女が私に伝えてくれたように。
「…ありがとう。すごく、すごく嬉しいです。私、もっともっと頑張ります。それと、その…これからも仲良くしてもらえませんか?七海、ちゃん」
声は、震えていなかっただろうか。手は震えていないだろうか。まだ拙い私だけど、七海ちゃんの言葉でこんなにも心が震えるほどに嬉しい。
ちら、と七海ちゃんを見上げると彼女は顔を真っ赤にしてコクコクと頷いてくれた。
「え~!なんか俺すっごい蚊帳の外!でもよかったね、七海!」
「はい!!わたしこそよろしくお願いしますっ。えっと、…綾奈ちゃんっ」
レコーディングテストや雅くんのこと、普段の勉強についても問題は山ほどある。それでもこうして私の歌を好いてくれる人がいる限り私は頑張れるのだと思う。
まだまだ学園生活は始まったばかり。素敵な友人が出来たことを喜んでも損なんてしないだろう。
20150531