第2章:うたプリアワード
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「あ!高原にセシル!ちょうどいいところに!」
「何をしているのですか」
「みんなお揃いで…えっ!ト、トキヤくん…!?」
第16話
レッスンルームに2人して顔を出すと気付いてくれた一十木くんに、入って入って!、と招かれた。そこにはST☆RISHのみんなが揃っていて、そして…そこには女性用の着物を着たトキヤくんの姿が。
思わず、そういう趣味があったんですね…!似合ってます!、と口にしたがトキヤくんは顔を引きつらせて否定した。私の隣で吹き出した神宮寺くんを睨みながら、聖川くんのオーディションの為の練習で彼の相手役は演技経験豊富なトキヤくんが適任だと言われたから引き受けたのだと。なるほど。
けれどそういう理由があるとはいえ、彼がみんなの力になる為に動いている姿に胸を打たれた。だって、学園時代の彼だったら演技指導…ましてや女性役だなんて絶対引き受けていないだろうから。それだけ彼の中でST☆RISHの存在が大きく、そして大切なのだということが分かる。私はそれが嬉しい。
そして始まった演技練習。どうやら聖川くんは女性と抱き合うシーンに苦手意識というか、真面目な性格故に思い切られないようだ。迫真の演技のトキヤくんに、同性同士であるはずなのにその腕は抱き締めることを躊躇う。まさか聖川くんがこんな壁に出会うとは…。
あともう少し!、とまでいったがやはり叶わず、2人して落ち込んでしまった。そんな2人を見たセシルくんが不思議そうに口を開いた。何故女性役をトキヤくんがしているのかと。他のみんなよりも経験があるからだ、と主張したトキヤくんにセシルくんは更に言葉を重ねる。
綾奈がいるじゃないですか、と。
「えっ私ですか?」
「Yes.綾奈もアイドルで、今度ドラマにも出るのなら相手役にはピッタリじゃないですか」
「た、確かに…!なんで思い付かなかったんだろう!高原!お願い!」
「あのでも私は、」
「いや、大丈夫だ。お前の力を借りずとも俺はこの役を演じ切って見せる」
「マサ…」
すまん感謝する、と少し疲れたように笑う聖川くんにみんなも何も言えなくなってしまった。真面目な彼だからこそ、とても心配になる。聖川くんのその様子に神宮寺くんはやれやれ、と溜息を溢した。
「せっかくレディがいるっていうのに…頑固な奴だ」
「…でも私じゃ本当にお役に立てないんです。聖川くんは私を普通に受け止めてくださったし、」
「、!お、おい高原!」
「…おい綾奈。その言い方だとお前今までに聖川に抱き締められたことがあるって風に聞こえるぞ…」
「え?まぁあの、はい。と言っても私が抱き着いたんですけど…」
「「な、なにぃ〜!!??」」
「真斗くんズルイですよぉ!僕も綾奈ちゃんにギューってされたいです!」
ワァワァと騒がしくなってしまったことに余計なことを言ってしまったと焦った。私をギュ〜っと抱きしめるなっちゃんの腕の中から、申し訳なくて聖川くんを見つめると、彼は気にするなとでも言うようにフッと笑った。…そんな優しい彼だからどうにか力になりたいのだけど…。
そのまま解散することになって私も自室に戻り、夕食を作りながら悶々と考えていた。ハグ…は、私も聖川くんほどではないけど照れ臭さと言うか気軽に出来るものではないと思っている。今でこそなっちゃんが抱き締めてくれるから少し耐性は出来てきたけど。でもそれはなっちゃんが私にとって大事な人であり、彼も私を大事にしてくれてるのが分かるから成り立っているのだ。演技とはいえ他人とするのは…そりゃハードル高いよね。
考えても考えても、人の感性をねじ曲げるのを他人がするのは難しいことは分かっているからこそ余計になにも思いつかなかった。
「…オーディション、明日って言ってたっけ…」
聖川くんは本人も昔から芸事に関心があったというぐらいで、演技力はとても高い人だ。抱擁のシーンまでのトキヤくんとのやり取りには目を見張るものがあった。だからこそ、その抱擁の壁を乗り越えてほしいと思うのに。彼の演技を、世間に見てほしいと思うのに。
部屋にいてもぐるぐると考え込んでしまう思考にため息を吐き、少し散歩しようと部屋を出た。
「っ…高原。どうした、こんな時間に」
「、え…あっ聖川くん…っ」
少し自分自身の気持ちを落ち着けようと思って外に出たのに、向かい側から聖川くんがやってきて出くわしてしまった。その手にあるのは明日のオーディションの台本。なにもかける言葉が浮かんでいない状態であることに悔しさを覚えつつ、そろりと彼の目を見遣る。が、そこで私は自分が如何に聖川くんを甘く見ていたのかを思い知った。目の前にいる彼は凛としていて、もう迷いなど感じられなかった。この短時間でなにがあったのかは分からないけれど、彼の中で気付きがあったのだと分かる。
「…なんだかスッキリした顔をしてます。明日、大丈夫そうですね」
「…あぁ。愛島と話していて気付くものがあった。…お前にも迷惑をかけた。すまない」
「迷惑なんて。…実際私はなにも出来ませんでした。聖川くんはいつも私を助けてくれるのに」
「そんなことはない。お前や彼奴らにはいつも助けられている。…忘れていたものをいつも思い出させてくれる」
静かに目を閉じてそう語る聖川くんの姿は凛としていた。…よかった。自分の不甲斐なさはともかく、彼の迷いが消えたならそれでいい。
そうですか、と笑った私に聖川くんは、一つ聞いても良いか、と尋ねた。なんだろうと先を促せば、私はどう言った時に抱擁をするのかと、そう尋ねてきた。聖川くんの言うことだ。勿論ふざけてなんかいない。彼は真剣にそれを聞いているのだ。ならば私もきちんと答えなければ。
一瞬、間を置いて私は静かに口を開いた。
「大切な人に自分の愛情を伝えたい時…でしょうか」
「愛情…」
「愛情と言ってもたくさん種類があります。それは恋情だったり友情だったり。なんにせよ、大切な人。抱きしめるということは言葉がなくても伝わるものがあると思ってます」
「…そうか」
「はい。なっちゃんはいつもギューって、大好きだよーって抱き締めてくれます。私はそれが私を大切に思ってくれていることを実感出来て、とても好きなんです」
「一つの表現の仕方、か」
「だから卒業オーディションの時も聖川くんに抱きついてしまったんです。…感謝が溢れたんです」
「…あぁ。分かっている」
優しく微笑む聖川くんに何故だか泣きそうになった。私は今の聖川くんが求める答えを伝えられたのだろうか。セシルくんのように彼を導いてあげられたのだろうか。…わからない。分からないけど、でも、もう彼は心配ない。それに明日は七海ちゃんが彼に贈った曲をオーディションで披露すると聞いている。なによりも心強い味方がいるじゃないか。私に出来ることはやっぱりなにもない。音楽という絆で繋がった彼等に私なんかが勝てるはずもないのだ。
けれど何もないからこそ、私はただ彼を信じて祈ろう。そうだ、それが今の私に出来る唯一のこと。
グッと胸の前で両手を握り、私は真っ直ぐに彼を見つめた。
「信じてます、聖川くん。君にはその夢を叶える力があります」
「、!…感謝する。信じてくれている者がいるのは…こうも力になるのだな」
「っ!?ひ、聖川く、」
「ありがとう、高原」
緩く優しく私を抱き寄せた彼は穏やかだった。抱擁が出来ないと言っていたなんて嘘かのようなスムーズさ。つまり、これは本当に乗り越えたということだ。
「聖川くんすごいです…!本当に克服してる…!」
「む、………なぁっ!?す、すまない!」
「いえ!とても安心しました!もう遅い時間ですし、明日に備えてゆっくり休まれてください」
「あっあぁ、そうさせてもらう。で、ではな」
「おやすみなさい、聖川くん!」
慌てた様子で私を離した聖川くんに早く休むように伝え、その場で解散することに。彼の背中を見送りながら私は精一杯のエールを送った。
私だって、なっちゃん以外の人からの抱擁は未だ慣れているとはとても言えないけれど、さっきの抱擁は全く気にならなかった。
だって、あの抱擁からは聖川くんの溢れ出した感謝の想いがたくさん伝わってきたから。
「頑張れ、聖川くん」
翌日、彼が無事オーディションに合格したことを月宮先生から伝えられたのだった。
20191212