第2章:うたプリアワード
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「わぁ…!翔くんが日向先生と共演するんですかっ!」
第13話
「うん!ケンカの王子様だって!高原知ってる?」
「はいっ!私も大好きです!そっかぁ…!素敵ですね!翔くんもとても喜んでいたでしょう?」
「そりゃもう!やってやるぜー!って燃えてた!楽しみだよねー!」
今日は一十木くんと雑誌のモデルのお仕事だ。嬉しいことに私にもいろんなお仕事がくるようになったのだ。今は合間の小休憩。相手が気のおける存在だからお互い変な力も入らず撮影も順調だ。
そんな中で聞いた翔くんのケンカの王子様への出演。今回は男役らしい。…あの可愛い美少女姿も見たかった。でもなんにせよ、早速のお仕事が憧れの存在との共演だ。嬉しくもあり、きっと緊張もしているだろう。翔くんなら大丈夫だろうけど今度トレーニングルームで会ったらちょっと様子を窺ってみよう、とお茶を口に含む。すると一十木くんは、そうだ高原は知ってる?、と口を開いた。
「うたプリアワード…確か幻のタイトルでしたっけ」
「そうそう!社長にそれを取って見せろって言われたんだよね俺たち。ST☆RISHの知名度を上げるにはもってこいだからーって」
「おぉ確かに…。なにかアピールするって訳じゃなくて、すべてのお仕事を委員会がチェックしてるんですよね?気が抜けませんね…」
「そうだよねぇ。…でも!気を抜いて仕事するつもりなんてないし!俺たちなら大丈夫だよね!」
「ふふっ!はい!私も応援してますねっ」
ありがと!、と笑う一十木くんの笑顔は今日も絶好調に眩しいです。
うたプリアワード。そのフレーズを知っているのはカミュさんに与えられた課題の中にその言葉があったからだ。そんなタイトルを目指せるのは羨ましいなぁと思ったからよく覚えている。うたプリ、つまりうたのプリンスさまだ。残念だけど女である私が目指せるものではない。
女性版もあったらいいのになぁ、なんて調子の良いことを考えているとスタッフさんに呼ばれた。撮影再開だ。
「お疲れ様ー!いやー二人の息ピッタリすぎてあっという間だったよ!早乙女学園時代から仲良かったの?」
「お疲れ様です!はい!高原とは同じクラスだったし…ね!」
「はいっ!それに私にとって学園でのお友達第一号は一十木くんだったんです。オロオロしてた私に声をかけてくれて」
「へー!やるじゃないか一十木くん!いいねいいね!今回のが好評だったら次は二人の対談なんかもしたいねぇ!」
「わぁ!やりたいです!」
「是非お願いします!」
「ハハハ!OK OK!そのうち話持っていくから楽しみにしてて!」
それじゃお疲れ様ー!、とプロデューサーはスタジオを後にした。二人でお疲れ様でした!、と頭を下げて挨拶をし、プロデューサーからの嬉しいお言葉に思わず一十木くんと顔を見合わせる。次の仕事の話もしてもらえるなんて!高原と仕事するの楽しいから叶ってほしいなぁ!、と笑う彼に私も大きく頷いて同意する。これは私一人だったら言われなかった言葉かもしれない。やっぱり今日の相手が一十木くんでよかった。俺たちも翔に負けてらんないね!、と一十木くんと拳を突き合わせた。
「あれ?みんなでどうしたんですか?」
「あ…綾奈ちゃん…」
「…?なにかあったんですか、なっちゃん」
数日少し忙しくてトレーニングルームに行けていなかったので、久しぶりに今日は行こうと思ってやってくると、そこにはトレーニングルームへ視線をやるみんなと美風さんの姿。気になって声をかければ浮かない表現をしたなっちゃん。他のみんなも同様で、その視線の先を私も見やる。そこには懸命にトレーニングに勤しむ翔くんの姿。私にとっては珍しくない光景だけど…、いや、少し違和感はあるか。あんな切羽詰まった顔をしてトレーニングをする翔くんは見たことない。
話を聞けば日向先生とのドラマで崖から崖へ飛ぶシーンがあるそうなのだが、それが上手くいかないのだとか。…それだけが理由って訳でもないらしいけど、みんなも詳しくは知らないらしい。
何かしてあげたいという気持ちはあるけど、何も出来ることはない。
彼等はそれが酷くもどかしいのだろう。
「レディはこれからトレーニングかい?」
「はい、そのつもりだったんですけど…改めた方がいいですかね…」
「…来栖もそんな気の遣われ方はされたくないだろう。お前はいつも通りで良いのではないか」
「そう、ですかね。…とりあえずオーバーワークにならない程度に様子も見ておきますね」
「…あの、綾奈ちゃん。翔ちゃん、もしかしたら綾奈ちゃんになら弱音を吐いてくれるかもしれません。…だから、」
「…大丈夫ですよ、なっちゃん。翔くんはいつだって私達の誰よりも前を向いてる人じゃないですか。私はそんな翔くんを尊敬してるし、憧れてます」
「綾奈ちゃん…。…うん、そうですね」
「なっちゃんはなっちゃんらしく、いつものように変わらず翔くんに笑いかけてたらいいんです。なっちゃんの笑顔が私は大好きです!きっと翔くんも同じです!」
ありがとう、とようやく小さく笑ってくれたなっちゃんにホッとする。なっちゃんは自分では思っていないだろうけど、なっちゃんが微笑むだけでどれだけたくさんの人が癒しをもらえているか。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、彼が微笑んでいるだけで世界が優しいものに感じられるのだ。だから安心してください、と私も笑うとみんなも眉間のシワをほぐした。するとジッとこちらを見つめる美風さんに気付き、なにか変なところはあったかと首を傾げる。すると彼はいつも通りの涼しい表情で口を開いた。
「今のショウの状態で上手くいく確率は極めて低い。なのにどうして綾奈はそう言えるの?なにか確固たるものがあるの?」
「確固たるもの、ですか…」
こうだからこう、と提示できるものはない。けれど、私は翔くんに救ってもらったあの日からこの気持ちだけは変わらないのだ。
「信じているから。…翔くんは飛べます。誰かを思うことで強くなれること、諦めないことを私は彼に教えてもらったんです。だから、大丈夫です」
「…ボクには理解出来ないな」
「それでもいいんです。ただ、信じてくれる人がいるっていうのは思った以上に力になるものですから」
それっきり黙ってしまった美風さんに頭を下げ、みんなにも、またね、と手を振って私はトレーニングルームへと入った。
声をかけるのも憚られるぐらいに集中した翔くんに、とりあえずは声をかけずに私も自分のトレーニングを始める。少ししたら休憩を兼ねて声をかけてみよう。
…そう思っていたのに、私が休憩に入る頃になっても彼は未だに休憩を取っていなかった。必死なのは分かるけど、このままでは体を壊してしまう。邪魔をしたくはないけど仕方ない、と私は翔くんに近付いた。
「翔くん、少し休憩してください。ぶっ続けは効率悪いですよ」
「…綾奈か。…いや、いい。まだやれる」
「それは精神論の話です。…体、段々汗の量減ってるんじゃないですか?脱水症状起こしかけてます。休んでください」
「…わかったよ」
汗のことを指摘されて思い当たったのか、しぶしぶではあるけど彼はトレーニングの手を止めた。ドリンクを体に流し入れる彼を隣で見つめて考える。…やっぱり私にも出来ることは無いもない。出来るのはこうしてオーバーワークを止めてあげることぐらいだ。ST☆RISHのみんなにも出来ないことを私が出来るはずがないのだ。…って、私まで落ち込んではどうしようもない。いつもの調子で、今日は気合入ってますね、と口を開いた。
「そりゃ…俺はもうプロ、だからな」
「…プロならもっと自己管理してくださいっ!大事な体なんですから無茶は禁物ですよ」
「うっ…そうだな、悪りぃ」
「…ふふっ。はい」
ドリンクを口にしたことで少し落ち着きを取り戻したのか、翔くんの様子が変わった。膝に肘をついて地面を見つめる表情は浮かないけれど、その表現はなにかを吐露したいように見えた。急かすのは良くないし、何を言うでもなく、私も隣でドリンクを口にした。
「…俺ならあれくらい飛べるはずなんだ。けど、飛べねぇ…」
「…なにか気にかかることがあるんですか」
「……俺はもうプロだから、憧れるのは辞めなきゃいけねぇんだ」
「え?」
ポツリポツリと言葉を落とす翔くん。こんなに息詰まる彼を見るのは初めてだ。それほど彼にとって日向先生との共演というものは大きなものなのだろう。けれど憧れるのを辞めると、彼はそういう。
そうなのだろうか。
本当に、憧れるということはプロにとって邪魔なものなのだろうか。
「…私は、それでも翔くんへの憧れを辞めません」
「っ…!」
「憧れの存在がいるから頑張れるって、前にそうお話ししたじゃないですか。翔くんが日向先生にもらった希望ってそういうものなんじゃないんですか?」
「…っうるせぇ!お前には関係ねぇだろ!!」
怒鳴った瞬間にハッとして、やってしまった、と口元に手をやった翔くん。関係ない。…確かに、確かにそうなんだ。これは翔くんの問題であって私がとやかく言うことではない。ごめんなさい、と謝罪をすると彼は気まずそうにそっぽを向いた。
「…悪りぃ。これ以上話してたら俺、お前にもっと嫌なこと言っちまうかもしんねぇから…今は話しかけないでくれねぇか」
「…はい。私、部屋に戻りますね」
翔くんはもう一度小さく、悪りぃ、と呟いて背を向けた。いつもはその小さな背中が大きく感じるのに、今日に限ってはとても小さく感じる。本当に私はなにも出来ない役立たずだ。手をギュッと握りしめて扉へ向かう。そして出る直前に、もう一度彼の背中を見やった。
「…翔くんは飛べます。私には翔くんの背中に羽が見えます。……おやすみなさい」
彼からの返事は聞こえなかった。
20190911