第2章:うたプリアワード
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「で、きた」
第10話
デビューライブまであと1週間。そんなギリギリな時期にやっと私のデビュー曲が完成した。ゴネにゴネて私の意見をたくさん取り入れてもらった…今の私に出来る最高の歌が。
この曲でデビュー。
そう思うと感慨深いものがあるが、それに浸っている余裕はない。これから本格的なダンスレッスンやリハなどを重ねていく日々になる。1週間前だ。当然休みなどあるはずがない。けれど、それは私を支えてくれるスタッフさん達も同じだ。そうやって頑張ってくれる人がいて私が成り立つのだ。気合いいれないと、とパシンと頬を叩いて打ち合わせへ向かった。
「高原。久しぶりだな。デビューライブへの進捗はどうだ」
「聖川くん!こんにちは!そうですね、ボチボチって感じです。たくさん我儘言っちゃってます」
「我儘だと?」
「はい。…マイクの件とか。本当はヘッドセットでも良いとは言われてるんですけど…あえて手持ちでお願いしてるんです」
「、!…平気なのか?」
「衣装さんにお願いして、卒業オーディションの時みたいに手に固定する飾りを頼んでるんです。…なんとなく、あのスタイルで挑みたくって」
「…そういう強さはお前の凄いところだな」
「強くなんかないですよ。…ただ、そんな私を支えてくれる人たちがいるから」
打ち合わせ終わりに声をかけてくれた聖川くんにマイクのことを伝えれば一瞬悲しそうに眉を寄せた。確かに、この手はハンデだ。障害、と呼ぶものなのだとも思う。けれどそれをただ嘆くだけではいたくない。卒業オーディションのあの日、力の入らない手にギュッと固定されたマイクの存在感は私の心を守ってくれた。歌がそばにあることを実感させてくれた。今後もそうやってライブをしていくことにすればあの日の気持ちを忘れずにいられる、そう思ったからこそあえて左手でマイクを持つことに決めた。
「聖川くんのことをステージに上がってる間も思い出せます。君の存在が私を救ってくれるんです」
「なっ…!?…い、いや、お前の力になるなら構わんが…」
「はいっ!ライブ、是非来てくださいね」
「む、無論だ。…楽しみにしている」
そんな卒業オーディション当日の時のようなやり取りをして聖川くんと別れた。そう、彼はいつも直前の私を鼓舞してきてくれた。言葉数は少なくても、彼の目はいつだって私を心配して応援していてくれる。だから、私も私に出来る全てを捧げよう。そんな思いを胸に、自主トレをするべくトレーニングルームへ向かった。
「お!綾奈!なんだ、お前も自主トレか?」
「翔くん!お久しぶりです!はいっ!ダンスレッスンもあるので控えめにですが、いつもやってたことをやらないのも落ち着かなくって」
「そっか。もうあと1週間だもんな〜あんま無茶すんなよ?」
トレーニングルームにやってくると先客がいて、彼の休憩も兼ねて少しだけお喋り。翔くんとここで会うのは珍しくない。これだけ設備が充実している上に広いから寮にいる人とは高確率で会える。でも翔くんが一番会うかな。その次は黒崎さん…そして一十木くんあたり。
黒崎さんとは相変わらずで、お疲れ様です、と形式的なことしか話せていない。まぁ、あぁ、と一応返事はしてくれるからいいかなぁと。先輩だからと言って仲良くならないといけない訳ではないし、先輩も馴れ合いたくないのかもしれないし。ちょっと寂しいけどね。黒崎さんのベースは独学だそうだから話を聞いてみたくはあるけど、そんなに焦らなくてもいいかな。
一十木くんはもうちょっと筋肉増やしたいって言ってたしなぁ。スポーツも好きでよく翔くんとも遊んでるみたいだし、そのうちムキムキになっちゃいそうだ。ムキムキの一十木くん…お顔とのギャップがいいなぁ…なんて。
そして私はいつもランニングマシーンから始めるので機械に向かう。今日はゆっくりお風呂にも浸かりたいから…トレーニングは1時間ぐらいにしておこうかな、と走り始めた私に、翔くんもトレーニングを再開するのを感じた。翔くんはダンベルかな。小柄な彼だけどかなりのトレーニングを熟す彼は体力も筋力もある。あ、彼こそギャップの塊かもしれないな。
「お疲れさん。今日はあがりか?これ差し入れ」
「わぁっありがとうございます!ですね!明日も朝から打ち合わせやらが詰まってるんで…ゆっくりお風呂入って寝ます」
「それがいいな。お前、すぐ頑張り過ぎちまうし…気持ちは分かるけどさ。俺もやっと日向先生と同じ世界に入れたから余計に気合入るし」
「そっか、憧れの方だって言ってましたよね、日向先生」
おう!、と眩しい笑顔を向ける翔くんに私も笑顔を零す。私は知らなかったけど、学園在籍中に先生との共演を夢見てオーディションを受けたこともあるのだとか。…まぁそれは主役である先生の妹役…だったそうだけど…。その話を聞いたときについ、写真はないんですか、となっちゃんに真顔で問いかけてしまったのは見逃してほしい。そしてめちゃくちゃ可愛かったです。永久保存版になりましたね、えぇ。
結構筋肉ついてきましたよね、と彼の腕を見つめると見事な力こぶを披露してくれて思わず拍手を送った。
そっか、憧れの存在かぁ。
「確かに憧れの存在がいるだけで頑張れたりしますもんね」
「だな!まだまだ到底及ばねぇけど、俺もいつか日向先生みたいなアイドルになってやる。…俺は先生に希望をもらったからな」
「希望…ですか。だったら私にとって翔くんはもう立派なアイドルですよ!私は雅くんの件で本当に大きな勇気をもらいましたから。尊敬できる大好きな人です!」
「おまっ…!ほんっと恥ずかしい奴だな!?」
「伝えたいことは伝えないと!ですから!翔くんなら大丈夫だと思いますけど、もし辛くなったときはそんな言葉を思い出してくれたら嬉しいです!」
「ははっ!ありがとな!」
私も七海ちゃんと初めて話した時に褒められた事はとても嬉しかったものだ。気分が落ち込むときはそういうことを思い出すようにしてる。こんな私でも好きだと言ってくれる人がいることが凄く心強いものだから。
それじゃあまた、と手を振ってトレーニングルームを出る。翔くんはまだしばらくいるらしい。差し入れてくれたスポーツドリンクは少しぬるくなっていた。
「わ…渋谷ちゃんにいただいた入浴剤めちゃくちゃいい匂い…」
引越し祝いだと言って渋谷ちゃんがプレゼントしてくれた入浴剤をいれてお湯に浸かれば今日の疲れが癒されていく気がした。めちゃくちゃ女子の匂いする…さすが渋谷ちゃんだ…。渋谷ちゃんは同性の先輩アイドルさんのマンションで生活しているからあまり会う頻度は高くないけど、それでもこういう時にはしっかり会いに来てプレゼントまでしてくれるのだから彼女は出来る子だ。先輩とは女性特有の大変さはあるそうだけど、持ち前の明るさでやっていってるそうだ。逞しい。私が先輩との干渉があまりないことを少し羨ましそうにしていた。
たしかに、そう言われれば私は先輩達との干渉はあまりない。カミュさんと美風さんは課題を出してくれてるし、そのレポートを提出する際に少しお話はしたりするけど。黒崎さんはともかく、寿さんともあまり接点がないのは少し意外かもしれない。彼は出会った時からとても気さくな方だったから。実際気さくだし面倒見もいいんだろうけど…。
「…ああいう人って、なんだか脆く感じちゃうのはなんでかなぁ…」
なんて、後輩の私なんかが大先輩の心配をするなんて烏滸がましいな。両手でお湯をすくって水の音を楽しむ。浴室の無音の空間が私は結構好きだったりする。
「明日からも…頑張らなきゃ…」
閉じそうになる目蓋を必死で抑える。疲れてはいるけど、ライブを控えた今の時間はとても楽しい。それは旅行に行く前の計画を立てている時のようで。ワクワクする。どうやって来てくれる方を楽しませようかと、はやる心に私は一人笑みをこぼした。
20190908