第2章:うたプリアワード
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「Youはどんなゴシップにも負けない…そう言いましたねぇ~?」
第7話
突然の社長の登場に目を瞬かせる私と七海ちゃんを他所に、社長は私を見つめ試しているかのように問うた。
卒業オーディションで最優秀をもらって、もう諦めることを辞めると決めていたのに。弱い私はすぐにその決意を蔑ろにしてしまう。それじゃいけないことは分かっているはずなのに。
今回のことだって、真相はやましい事なんて一つもないのだ。やましくないなら堂々としていなければならないのに。なのにまず保身に走ってしまうあたりが私の弱いところだ。
グッと握った手。その手を七海ちゃんはそっと握ってくれた。大丈夫だよ、一人じゃないよと、そう言われている気がした。
「…負けません。私は私の周りにいてくれる人たちが大好きです。だからこそ、その人たちの夢も全部を守りたい。…もう、負けてやりません」
写真がどこから流れたのかは分からないけど、明らかに私への悪意のある行為だ。このままデビュー出来たとしても、きっとその悪意は付きまとう。けれど、そんなものに負けていたくない。弱気な自分を捨てる覚悟を、持たなければ。
「私は、デビューしてみせます。どんな逆境からのスタートでも、私の歌を届けるために。私は、歌います!」
「いーい覚悟です!Ms.高原~っ!」
そんなYouに社長頑張っちゃいましたよー!、と笑う社長に訳もわからず頭に疑問符がつく。思わず七海ちゃんと顔を見合わせたが彼女もよく分かっていない様子。一体どういうことだ。
「あー!高原!えっうそほんとにいたよ!?」
「…録画ではない、ということですか」
「み、みんな…!?どうされたんですか…!」
「レディ。オレ達がここに迷わずたどり着いたのは、レディの様子が今まで配信されていたからだ」
「…ドキュメンタリーなんておかしいと思ったのだ。それ程までに苦しむ高原の姿など俺達は知らなかったからな」
「綾奈っテレビ!お前テレビに映ってんぞ!?」
「は、」
「ザッツラーーーイ!朝のニュース番組をジャックしてMs.高原の先程からの様子を生配信しちゃってマーーース!」
「えええっ!?」
こ、こんなボサボサな姿を…!?、と最初に思ってしまい、髪をササっと撫でてしまったのは私のなけなしの乙女心だ。
影からカメラを抱えて出てきた日向先生、そして月宮先生。ごめんね、と謝りながら私の髪を櫛でといてくれる月宮先生を思わず凝視してしまう。すると先生は事のあらましを話してくれた。それは今テレビを観ている方への説明にもなる。
「今回のゴシップ誌はどこからか流出した写真よ。けれど、綾奈ちゃんがデビュー前に恋愛禁止の掟を破るような子じゃないことは担任をしていたアタシには分かるわ。…だってあなたはいつだって真っ直ぐで真面目で…優しい子だもの」
「月宮、せんせ」
「…これはこの写真を盗撮した者へのシャイニング事務所からの戦線布告だ。有る事無い事でっちあげてウチに喧嘩売るつもりなら受けてたつ」
「シャイニーの情報網をナメないことね。…今そこで観てるアナタの仕業だってこと…シャイニーはもう掴んでる。…かもね」
お茶目にカメラに向かってウィンクを飛ばす月宮先生だけど、その目は笑っていない。本気だ。カメラに映っていない日向先生の目も本気そのもので、その迫力に思わず息を飲む。そして社長は高らかに笑うと大きな声で宣言した。
「というわけでん!今年の早乙女学園主席卒業生である高原綾奈のデビューライブを来月開催しまっすーーーー!!!!」
「え、」
「「えええーーー!?!?」」
デビュー。私が。
ざわめく周りとは裏腹に私の頭はその情報が処理出来なくてハクハクと震える口を動かすことしかできない。すると、綾奈ちゃん!、と呼ばれたと同時に慣れ親しんだ温かさに包まれた。あぁ、ホッとする。
「デビューですよぉ!おめでとうございます!僕、とっても嬉しいです!」
「なっちゃ…!わ、私も、私も嬉しい…!私、歌っていいんだね…っ」
「はい。たくさん、愛を歌いましょう。歌でみなさんをハッピーにしましょう」
「はいっ…。ありがとう、ありがとうなっちゃん…!」
なっちゃんからのハグを受け、その温かさに涙が溢れる。あの記事があったから、もうこんな時は訪れないと思っていた。なっちゃんだって、白黒写真だとしても自分の後ろ姿なら分かるはずだ。だけどそんなものは関係ないって、なんの躊躇いもなくいつものように抱き締めてくれた。優しい。本当に優しい人。
私達の今の様子もまだ配信されているのは分かっているけど離れる気にはなれなかった。が、そこは社長。この空気をぶった切って私にビシリと指を指してこう言ったのだ。
歌え、と。
「う、た」
「来月のライブの宣伝も兼ねて卒業オーディションの時のあの曲を歌ってくださーい!それでこの配信は締めくくりヨンッ!」
歌のチャンスまで与えてくれた。涙で滲む視界に、温かい心。伝えたい。私はこんなにも支えられている。感謝を、歌に。
スゥッと一つ深呼吸をして、日向先生の構えるカメラを真っ直ぐに見つめる。七海ちゃんやST☆RISHのみんなが笑顔で見守ってくれているのを感じる。この以上の幸せがあるのだろうか。
一礼し、私は口を開く。
「高原綾奈です。この度はお騒がせして申し訳ありませんでした。…これ以上の弁解はしません。想いは全て、歌で伝えます。来月のデビューライブ、私自身知らされたところで困惑していますが…全身全霊の愛を歌います。これから歌う曲に少しでも何か感じていたただけたら…ライブにも足を運んでくださると嬉しいです。最高のライブにすると約束します。
…聴いてください。『Someday of my life』」
揺れて遠くに燃える緑
夏の鼓動 虹を描いて
響いた声にどきどき ああときめいて
ずっと一緒がいいねなんて
囁いて照れくさいの
終わらない楽しさを 信じ続けていたいと
お願いしましょう
夜空の星が見えない未来を
必ずここで確かめあう
変わらぬ絆の強さ
Someday of my life,Someday of my love
悲しくしないで笑おうよ
私達のままでいれば 明日も笑顔
Someday of my life,Someday of my love
たくさんの気持ちがこみ上げ
私達へ希望くれる くれるよ…広がれ…夢
歌い終わり一礼し、自然と笑みが溢れて数秒。日向先生がグッと親指を立てた。どうやら配信は終わったらしい。ドキドキと胸が脈打つ。どう、感じられただろう。きっとたくさんの人が聴いてくれた。想いは込めた。それこそ伝えきれないものをたくさん。
よかばってん!、と高笑いを浮かべながらどこかへ飛んでいってしまった社長にはまた改めてお礼をしにいかないと。
思わずへたり込んでいた私にそっと膝をついて手を差し出してくれる褐色の肌。にこりと笑いかけると彼は少し気まずそうに視線を揺らした。
「…綾奈、ごめんなさい。ワタシ、ST☆RISHとハルカに綾奈のことを少し話してしまいました」
「…いいんですよ。私が勝手にお願いしたことなんですから。セシルくんが謝る必要なんてありません」
「…けれど、手のことは言ってません。それは言ってはいけない気がして」
「そうですか。…気遣ってくれてありがとうございます。大丈夫ですよ」
もう一度にこりと笑いかけると彼もようやく少し微笑みを浮かべてくれた。そして泣いて赤くなっているだろう私の目元を親指で撫で、もう一度小さく謝罪の言葉を口にして、そのままそこへ口付けた。
「セッ!シルさん!?!?」
「なにをやっている貴様!」
「な、なにをするんですかマサト!」
「お前が何やってんだよ!?どさくさに紛れて!」
「…綾奈、あなたはレンに続き本当に学習しませんね」
「うーん、オレがするのは大歓迎だけど、他のヤツにされてるのを見るのはいい気分じゃないな」
「わー!ほら高原拭いて拭いて!」
「あ!音也くん僕のピヨちゃんハンカチ使ってください!」
「綾奈ちゃん…!みなさん…!、フフッ…!」
これぞまさにデジャヴ、である。ST☆RISHが生まれたあの瞬間の。そしてそこに今日はセシルくんも加わって。なんだろう、このピースが揃ったような感覚は。分からないけど、今この瞬間が幸せだというのは分かる。笑い声をあげる私に目元にハンカチを優しくあてる一十木くんが、もー高原動かないでよー!、とむくれた。
あぁ、本当に私は、なんて幸せ者なんだろう。
20190905