第2章:うたプリアワード
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「なっちゃん、いつも心配かけてばかりでごめんね」
「…いいえ。僕は綾奈ちゃんが笑顔でいてくれるならそれだけでいいんですよ」
第6話
またお茶しましょうね、と。なっちゃんと言葉を交わしたのが数日前。私の気持ちも少し落ち着いていた時に、それは起こった。
「Ms.高原…これはどういうことデスカァ~?」
「なに、これ」
社長に呼び出されて社長室に向かえば、いつもの明るい雰囲気はなりを潜め、厳格な空気を纏った社長がいた。ゴクリと唾を飲み込んで要件を聞けば、明日発売されるという1冊の雑誌を渡された。開かれた状態のそこにある写真に私は目を疑った。
「うちの事務所は恋愛禁止デーース…。しかし、この数のゴシップ…間違いだったというには厳しいだろう」
「…っ誤解です!私は、そんな相手はおりません!」
「それではこの写真はどう説明するんですかー?」
「せ、説明って…」
ゴシップ誌の写真。そこには私が自分よりも大きな体をした相手と抱き合っているものだった。相手の顔は見えないし、白黒写真だから髪の色もわからない。けど、分かる。
この相手はなっちゃんだ。
社長はそれに気付いているのだろうか。気付いていないとしたら、ここでなっちゃんの名前を出せばなっちゃんの立場まで危なくなる。
言えない。
「…申し訳ありません。そうと取れる行動をしてしまったことは私の不注意です。ですが、恋愛関係にあたる人物は誓って、おりません」
「…この相手が誰なのかも言うつもりはないのか」
「…相手の方もそんな感情はありません。ですからお名前を出すことはその方へも更に迷惑をかけてしまいます。口を閉ざすことをお許しください。その代わり、私が罰を受けます。…お願いします」
深く深く頭を下げる。なっちゃんはこれからなんだ。それになっちゃんに迷惑をかけることはつまり、ST☆RISHのみんなにも、だ。そんなことはあってはならない。私なんかのせいで、彼等の未来を潰してはいけない。
黙ったままの社長にもう一度震える声でお願いしますと懇願した。
「ほんとに、馬鹿だ…」
結局、私は自室での謹慎を言い渡された。デビュー日以前にデビューも危ぶまれた。デビュー前にゴシップ誌に乗れば評判はガタ落ちだ。
歌えなくなるかもしれない。
その事実は私の体の震えを起こさせ、なっちゃんへ飛び火がいかないことをただひたすらにベッドの上で小さくなって祈るしかなかった。謝りにいくにも、情けなくて合わす顔もない。
気付くと空は明るくなっていた。朝だ。世間にあの記事が晒される。どうしようどうしようと冷や汗がドッと溢れてくる。するとぎゅっと膝を抱えたところで控えめにドアがノックされた。ビクッと反応した体はガクガクと震え、そのノックの主に応える気力なんてない。反応を示さない私にその人はノック同様控えめに声を発した。七海です、と。
「な、なみちゃ…」
「、!綾奈ちゃん…!朝早くにすみません。少しお話し出来ますか?」
「…会えません。会わす顔が、ありません…」
「…雑誌のこと、聞きました。でも責めたくてきたわけじゃないの。信じてくださいっ…」
「ごめ、なさい。わ、わたしほんとにST☆RISHのみんなの未来を奪うつもりなんて、そんなの、ないのに。あんな写真を、」
「っ綾奈ちゃん!お願いします!開けてくださいっ!」
涙まじりの七海ちゃんの声。やめて。七海ちゃんまで私のせいで泣かないで。お願い。お願いだから。
そんな気持ちで溢れる心は自然と部屋の鍵を開けていた。瞬間に抱きついてきた七海ちゃんの体は震えていて、でもとても温かくて。その体温に酷く安心してしまったのか、怯えるばかりで流れることのなかった涙が頬を伝った。
たったの一晩でやつれた私の酷い顔を見た七海ちゃんは悲しそうに瞳を閉じた後、外へ行きましょう、と誘ってきた。私は謹慎中だと伝えても彼女は譲らず、彼女には珍しく強引に私の手を握って部屋の外に連れ出した。引っ張るように歩く彼女の背中は、こんなにも大きかっただろうか。彼女達は着実に成長しているのに、なんで私はまだこんなところにいるんだろう。流れる涙を拭うこともせずに、ただ私は彼女の後ろをついていった。
「…ピアノ…」
「綾奈ちゃん。…わたしの拙い歌ですが少し聴いてくれる?」
「え?あ、うん…もちろん」
連れてこられたのはテラスで、そこにはグランドピアノも置かれていた。太陽の光が眩しい。ピアノの前に腰をおろした七海ちゃんは静かに鍵盤に指を乗せ、…そして歌った。
「この、曲」
「…綾奈ちゃんが雅さんと初めて作った曲です。わたし、この曲大好きです」
「、」
「綾奈ちゃん、この曲を歌い終わった時に言ってました。自分は一人じゃないし、そしてみんなも…わたしもひとりじゃないんだよって」
「…」
「それはわたし達も同じ気持ちです。みなさんはST☆RISHというグループで、わたしも専属の作曲家だけど、それでも綾奈ちゃんのお友達で仲間であることには変わりないんです。綾奈ちゃんはひとりじゃないんです」
「ななみ、ちゃ」
「…社長とセシルさんから聞きました。いつもわたし達を支えてくれて、守ってくれてたんだよね。…本当にありがとう」
「あっ、」
私と雅くんの作った曲、『もうひとりじゃないよ』を歌った七海ちゃん。そして、心のどこかでずっと気にしていたこと。私は一人になったと思っていた私の心を掬い上げた。
社長とセシルくんから聞いたということは、きっともう弁解しても何の意味もないのだろう。
今回も四ノ宮さんを守ろうとして一人で全て背負おうとしているんでしょう、と私の気持ちは全てバレてしまっているようだ。守るなんてそんな大層なことではないけど、コクリと頷くと七海ちゃんは微笑みを浮かべてもう一度同じ曲を弾き始めた。
そして、私に歌ってほしい、と。
歌って、いいのだろうか。私は本当にひとりじゃ、ないのだろうか。
私がいることでまた誰かに迷惑を、と思う気持ちも確かにあるのに、七海ちゃんの導くような伴奏に私はスゥッと口を開いた。
うん、わかるよ…。
想いが大きすぎたら 苦しくなるでしょ?
言ってみようか
うん、わかるよ?
想いに羽があったら 君へ届けたい
君がだいすき
だから私をおもいだしてよね
ため息で夜空の星が落ちた
泣きたい時もあるよ 一緒にいればいいよ
言葉が見つからない 一緒ならばいいじゃない
最後は涙まじりに歌う曲はとても聴けたものではないかもしれない。けど、今の私にとってこの曲は本当に宝物だった。まさか自分の曲に救われる日が来るなんて思わなかった。酷く痛感させられた。
私は、七海ちゃんや渋谷ちゃん、ST☆RISHのみんながだいすきだ。
そしてそれと同じぐらい、歌が好き。
ボロボロと涙を流す私に、七海ちゃんは問い掛ける。綾奈ちゃんはどうしたいですか、と。
「歌いたいっ…!大好きなみんなだけじゃなくて、たくさんの人を私…、私の歌でっ笑顔にさせたい…!」
「綾奈ちゃんなら、きっとできます」
「うん…っ。私を、信じてくれる人がいるから、私は…ゴシップにも負けません。歌うことを、諦めませんっ…!掴んでみせます…っ!」
「きーかせてもらいましたよMs.高原~~っ!」
「しゃ、社長!?」
「い、一体どこから…!!」
諦めない、そう誓った瞬間に聞こえた声と文字通り上から降ってきた社長。どうやら私達の会話を聞いていたらしく、サングラスの奥の目がニンマリと笑った気がした。
20190903