第2章:うたプリアワード
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「わ…なんだか楽しそうなことしてる」
第5話
今日一日で出来るだけ荷物を解いて仕舞おうとせかせかと動いていると、賑やかな声が聞こえて集中が切れた。しばらくぶっ続けでやっていたし、と休憩も兼ねてその声の聞こえる窓辺から外を見てみるとそこにはST☆RISHのみんなとセシルくんが走り回る姿が。あ、先輩方もいらっしゃる。
なにかのレッスンだろうかと目を凝らして見ると青い芝生の上には見覚えのある丸い紙。先日、月宮先生と一緒に作った丸い大きな紙に、社長が見事な達筆でひらがなを書かれていた。どうやらそれを取り合っているようだ。
「おお…!セシルくんは運動神経もいいんだ…!はやーい…」
しばらく眺めていると、連続で獲得していくセシルくんの動きはずば抜けているようだった。レッスンだろうに、みんなの真剣な表情はなんだか微笑ましくて自然と笑みが溢れた。私も早く先輩方の手解きを受けたい。その為にはまずは目の前のことからだな。
頑張れみんな、と一度伸びをして私も作業に戻った。どんな内容だったのかまたみんなに聞きたいな。
「え…ええっ!?セ、セシルくんどうしたんですか!?そんなに濡れて…!」
「綾奈…」
「通り雨にでもあったんですかっ?…ああっじゃなくてタオル!私の部屋すぐそこなので持ってきますね!」
座って待っててください~!、と慌てて部屋に戻る。驚いた。すっかり陽も傾き、部屋もある程度片付いたことだしお茶でも淹れようとサロンにやってくると、向かいからゲッソリした様子のセシルくんが歩いてきた。…のだが、その姿はびしょ濡れ。私が作業に集中している間に通り雨でもあったのかもしれない。外でレッスンしてたし、これは大変だったろうなぁ。
他の方達もあまり濡れてないといいけど、と心配になりながらタオルを手にしてセシルくんの元へ。改めて大丈夫かと声をかければ、心配してくれるのは綾奈だけです、なんて。いやいやそんなびしょ濡れの人がいたら誰でも心配しますよ。
二人だけの静かな空間に、セシルくんがワシャワシャと髪を拭く音だけが響く。あ、この間にお茶を淹れにいこう、と声を掛けて準備する。春とはいえ濡れたならきっと体も冷える。
「セシルくん、お茶どうぞ。おかわりもあるのでしっかり温まってくださいね」
「ありがとうございます、綾奈。アナタは本当に優しい人です」
「…そういえば私がST☆RISHのみんなにしたことを知ってるって言ってましたけど…本当に…?」
「ハイ。ハルカの勉強を手伝ったこと、早乙女を引き止めて時間稼ぎしたことも、トキヤを蔑んだ者を許さず…そして階段から落ちたこと。そのせいで左手の握力がほとんどないことも、全て」
「…うわ…ほんとに全部だ…」
「目を見ればすぐに分かるのです」
目…、と思わず彼の目を凝視した。さっき初めて会った時にも思ったが、グリーンのその目はとても引き込まれる。確かに全てを見透かされているような気分になる。咄嗟とはいえ、口止めしておいて本当に良かった。
綾奈はどうしてST☆RISHを守るのか、と尋ねてきたセシルくんに私は少し考えた。守る…というと聞こえはいいが、結局はST☆RISHの歌が聴きたいという私のエゴでしかないのだ。彼等が大好きだから歌ってほしいし、その歌をたくさんの人に聴いてほしい。
「彼等の歌はアイドルにとって一番大事なものがあるから、でしょうか」
「一番大事なもの?」
「人を笑顔にさせる力です。私も友達からの受け売りですが、アイドルというのは笑顔を見せるのではなく笑顔にさせるものなんです」
「笑顔に…させる…」
「はい。それって、思うよりもずっと難しいことなんですよね。でも彼等の歌にはそれがある。だから応援したくなっちゃうんです」
「…ワタシはアイドルなんて興味ありません」
おや?、と思った時には彼はソファに横になって目を閉じてしまった。…そんな子供が不貞寝するみたいな。王子様でもそういうところがあるんだな、と可愛く思えて思わずクスリと笑ってしまった。
どうやら彼もマスターコースに在籍するようだし、社長はアイドルにと思ってるんだろうけど…果たしてどうなるのやら。
濡れていた髪も随分乾き、特に濡らしていた上着は脱いでいる。さらにお茶で身体も温めたことだし、このまま寝かせてあげても大丈夫かな、とそっと自分用に使っていたブランケットを掛けてやる。私もゆっくりお茶を飲み、一息ついてから静かにその場を後にした。
私もまだアイドルがなんたるかと教えられる立場にはいない。けど、その為のマスターコースだ。セシルくんも私達と一緒にこれからたくさん知っていけたらいいなと思った。
「はい、コレ。ボクがとったデータを元に綾奈への課題を作ったんだ」
「え…わ、わぁ…!すごい…!ボイトレから体力面に健康面の課題まで…!」
「真面目にそれをこなせばそれなりにはなるんじゃない。ま、それだけが全てではないけど」
「美風さんまでこんな素敵な課題を…!お忙しいのにありがとうございます!頑張ります!」
「その言い方…他にも課題出されてるの?シャイニング?」
「あ、いえ!カミュさんです!アイドルの心得などをご指導してくださってて、レポートをいつも書いてるんです」
なるほどセシルと同じ課題か、と美風さんは得心がいったようだった。
1ヶ月ほどたって寮生活にも慣れてきたが、未だに仕事がない私はひたすらに自主トレーニングをしていた。デビュー日がいつなのか明確に決まっていないだけにどんどん気持ちだけは焦っていたのは確かだ。ST☆RISHのみんなはちょこちょこCMだとかTV番組の仕事がきていることを聞いていたから余計にだ。きっとカミュさんも美風さんも、それを感じてこうして課題を出してくださったのだろう。さすが先輩だ。
パラパラと美風さんの組んでくれたトレーニングメニューを見ていると居ても立っても居られなくなってきた。早速メニューこなしてきます!、とその場を去ろうとすると意外にも美風さんは、ちょっと待って、と私を引き止めた。
「ナツキが言ってたけど、キミ。数日で少し痩せすぎじゃない?ボクのデータと今の目測に狂いがあるんだけど」
「え?いえ、そんな。やれることをやってるだけですけど…」
「食事は?ちゃんと摂ってるの?」
「と、摂ってます…。あ、最近なっちゃんが会うたびにまず抱き締めてくるのはそういうことか…」
「ナツキの確かめ方は別として。ボクも違和感はあるよ。…まぁ程々にしておきなよ。デビュー前に倒れたら元も子もないし」
「そう、ですよね…」
それじゃ、とサラリと背を向けて去っていく美風さんを見えなくなるまでぼんやりと見送り、考える。
この1ヶ月、同じ寮に住んでることもあって七海ちゃんやST☆RISHのみんなによく遭遇していた。会うたびにぎゅ~っと力強く抱き締めてくるなっちゃんに困惑はしていたが、嬉しいのも確かなので気にしていなかった。そっか、なっちゃんはいつも気にかけてくれてたんだな。気付かないほどに私は切迫していたのだろうか。…あまり実感はない。
生活もそんなに切り詰めているわけではないし。あ、でもこの寮には立派なトレーニングルームがあるから籠りがちではあったかもしれない。それにカミュさんからの課題もあるし、疲れてご飯を抜いて寝ちゃうことも…まぁ、少なくはなかった。あれ、思っていたよりそういう節があるぞ。
なんだか私は学園を卒業してからそんなことばかりな気がする。つい気持ちが焦ってしまって周りが見えなくなっている。私にはST☆RISHのように仲間がいるわけではないのだから頼れるのは自分だけなのに。
「…とりあえず次になっちゃんに会ったら心配かけてることを謝らないとなぁ…」
美風さんの助言もあったことだし、頂いたトレーニングメニューは明日からにさせてもらうことにして、今日はしっかりご飯を食べて、ゆっくりお風呂に入って早く寝よう。
私が明日の自分を頑張れるように。
20190902