第1章:早乙女学園
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叶え、みんなの夢。
第33話
風が呼んでる 樹が騒いだ 桜色踊る季節
思い出がまたひらひら ああ舞い降りて
出会いの日を思い出すの
最初から熱く強く 始まりの胸騒ぎ
感じ続けていたよね
約束しましょう
いつかは離ればなれになっても
再びここで見つめ合えば
美しい花咲き誇る
One day in the rain,One day in the shine
流れる想いよ消えないで
私達は同じ場所であしたを見てた
One day in the rain,One day in the shine
あふれる想いを抱きしめ
私達の道は続く 続いて広がれ…夢
音が鳴り止み、ポタリと落ちた自身の汗でハッと我に返った。ステージから見る客席は静まり返っていた、瞬間。ワッと割れんばかりの拍手が鳴り響いた。呆気にとられてしまっていると、麗華さんにガバッと抱きしめられた。強く強く抱きしめられる身体に、そこでようやく今の状況を認識できた。
この拍手は、私達に向けられたものだ。
そうか、終わった。終わったんだ。
私の肩を濡らす麗華さんを抱き締め返し、達成感に満たされて私の卒業オーディションは幕を閉じた。
「高原ー!お疲れ様!もうほんっとーに最高だったよ!」
「大トリに相応しい歌だった。おめでとう」
「一十木くん、聖川くん…それにみんなも…」
「オレはレディのあの歌のような強さに惹かれた。ハートを射抜かれたよ」
「…えぇ。心に真っ直ぐに入ってくる…力強く、でもとても綾奈らしい歌でした」
「だな!あんなに熱い曲を歌うとは思わなかったぜ。俺も負けてらんねーな」
「希望に溢れたとっても素敵な歌でした。綾奈ちゃんっぎゅーってしていいですかっ?」
「わっ!なっちゃんっ…!」
控え室に戻ってくると待ち構えていたみんなと、ぎゅーっ!と抱き締めるなっちゃんに驚いたけど、その温かさに安心して私も同じようにぎゅーっ!と抱き締め返す。
左手のリボンをまだ解きたくなくて、無理矢理マイクだけを引っこ抜いた。少したわんでしまっているけど、落とさずに歌いきれたのは本当にこのリボンとしっかり結んでくれた聖川くんのおかげだ。
なっちゃんの腕の中から聖川くんに左手をヒラヒラと振って笑う。彼は少し切なそうに、けど優しく微笑み返してくれた。
「これで俺たちみんなデビューかぁ!不思議な感じ!」
「講評を聞くに、レディはダントツの1位って感じだったしね。というか誰もがそうだと思っただろう」
「月宮先生めちゃくちゃ泣いてたもんなー!まさかの男泣きにはビビったけど…」
「…私もまだ、夢を見ている気分です。私と麗華さんが最優秀賞だなんて」
最優秀賞。私と麗華さんは見事にそれを受賞した。発表された今も実感は湧かない。オーディションは終わったと分かっているのに、まだふわふわと夢心地な気分だ。麗華さんはすぐに雅くんのところに向かった。私も、と思ったが、今は二人にしてあげるのがいいだろうと身を引いた。
そして私はこれからシャイニング事務所所属のアイドルとなる。ST☆RISHのみんなは少しだけ先輩ということになる。
「これからも改めてよろしくお願いしますね、先輩」
「えっ!?せ、先輩っ!?」
「はいっ。だってみんなとは半年近く差があるので…そういうことになりますよね?」
「いやいや!俺なんかまだ何にも教えてあげられることなんてないし!」
「ふふ。それでも、ですよ!一十木先輩っ」
「…ちょ、ちょっとキュンとくるなぁ、それ」
先輩呼びに照れる一十木くんは、これからもよろしくね、と笑ってくれた。その様子をみんなに小突かれる姿は見ていてとても微笑ましい。
「高原」
「聖川くん…」
「…聞かせてもらうぞ」
ほんわか気分で少し落ち着いて一人離れたところに腰を下ろすと、静かに側にやってきた聖川くん。左手のことを聞きにきたであろうその表情は硬い。出来れば言いたくはないが約束だし、みんなが側にいない今を選んでくれたのは彼の優しさだ。フゥと一度息を吐いて私は口を開いた。
半年程前に階段から落ちた時に負った怪我が原因であること、握力がない為ピアノの鍵盤が思ったように弾けないこと。でもそれをこれからも公にするつもりはないということ。
全てを言い終えると彼は整った眉を寄せグッと目を閉じた後、静かに、そうか、とだけ言った。
「…ピアノが弾けなくなったのは思ったよりショックですけど、ハープに出会えたのは私にとって僥倖です」
「…お前と共に連弾出来たらと密かに思っていただけに残念だ」
「ほ、本当ですか…?」
「え、あ、あぁ」
胸に秘めているだけというのもいけないな、と彼は悔やむように拳を握った。嬉しい。そんな風に思っていてくれたなんて。私も、聖川くんのピアノが大好きだ。毎朝登校すれば教室から聴こえるピアノの音色は涼やかで、それは毎日の楽しみでもあったから。
「…聖川くん。約束を、してくれませんか?」
「約束…?」
「はい。いつか必ず一緒に連弾をすると。約束があれば、それだけで私は頑張れます」
ダメですか?、と首を傾げると彼はグッと悩んでから首を横に振った。優しい彼なだけに、拒否されるのが意外で驚いた。自然と出た、どうして、という言葉に彼は私の目をじっと見つめて口を開く。
「…お前はきっと、そうやってたくさんの数の約束をしているのではないか?無論、前向きな内容ではあるのだろうが…だが、それが時に己の首を絞めることもある。俺とお前は既に1つの約束をしている。2つも抱えることはない」
「…合宿の時に海でした約束のことですよね」
「あぁ。一度交わした約束だ。それは俺も必ず果たす。あの目標は遠く、そして険しいものだ。だからせめて俺との約束はあの一つだけにしておけ」
お前はきっと無理をするだろうからな、と切なげに私の左手に視線をやった聖川くんに胸が苦しくなる。
本当に、彼はどれだけ優しいのだろう。色んなところでたくさんの約束を交わす私を理解し、そして心配してくれる。
確かに、約束はどれも前向きなことではある。けれど、それは同時に目標とも言えるものだ。生半可な努力では成し得ない。約束があれば頑張れるというのは本音だけど、でも…うん。確かに私は約束を重ねすぎているかもしれない。
「連弾は約束することはない。だが、叶えないつもりもない。お前がこれから先、進んでいく中で寄れる道であればいいと思っている」
「…ほんとに、聖川くんはいつも私の心を守ってくれますね」
「お前には少しぐらい過保護な騎士がいないとな」
「フフッ。ありがとうございます」
花束もありがとうございます、と力の抜けた笑みを浮かべると聖川くんは自然な流れで私の頬に手をやった。どうしたのか、とじっと見つめ返すとハッとして彼は慌ててその手を下ろした。何かついてたかな。
心苦しくはあるが左手のことはみんなにも黙っておくと約束をしてくれて、彼は少し頬を赤らめたままそそくさとその場を離れていった。
ふと、そういえばと辺りを見回すとお目当の姿が。みんなに遠慮して声をかけるタイミングを見計らっていたのだろうか。パチッとあった視線に反応して、こちらに駆け寄ってきてくれた。お祝いの言葉をくれる彼女に私も微笑み返す。
「ありがとうございます、七海ちゃん。正直ホッとしました」
「この学園で綾奈ちゃんが得たものを等身大に表現されてるなって思ったよ。…たくさん助けてくれてありがとう」
「お礼なんて。…私も七海ちゃんには本当にたくさん救われたんだよ」
私は私なりにたくさんの悩みを抱え、七海ちゃんもたくさんのことを抱えていた。勉強のことは勿論、HAYATOのことや作曲家としての自分。たった一年なのにこの学園で得たことはお互いに掛け替えのないものばかりだろう。
「…やっと、スタートラインですね」
「…うん。あの、綾奈ちゃん。一つだけ聞いてもいい…?」
「うん?なんですか?」
しみじみとこれまでのことを思い返していると、少し悩むように尋ねてくる七海ちゃんに勿論だと頷く。彼女は一度座り直して真っ直ぐに私を見据えた。
「…これからはもう、諦めないでいられそうですか?」
「、!な、んで」
「…入学してすぐの時、わたしに勉強を教えてくれる綾奈ちゃんが独り言で言ってるのを聞いてしまったんです。今度は諦めないよって…。わたし何故かそれがずっと忘れられなくて」
「…そうでしたか」
今度は諦めない、か。当時の私が何に対して言ってるのかはわからない。それだけ私はたくさん諦めてきたからだ。けど、そうだね。アイドルになると言う夢はとりあえず諦めないで済んだ。ならばもう、あとは諦めることなんて考えずに走るだけだ。諦めないことを、みんなが教えてくれたじゃないか。
「はい。もう、なにも諦めません。全部掴み取ってみせます」
そう笑った私に、七海ちゃんも飛び切りの笑顔を見せてくれた。
まだスタートラインを少し出ただけ。だけど、それは大きな一歩。
けして楽な道ではないだろう。辛いこともたくさん起こるだろう。けれどきっと乗り越えていける。いってみせる。
みんなの物語を叶えてきた私なら、これから先もきっと。
20190821
