第1章:早乙女学園
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「さて、行きましょうか」
第32話
ついに卒業オーディション当日。私の出番はなんとトリ。最後の課題での上位10名が、くじ引きで後ろからの順番を担うことになっていたのだが、なんと私が引いたのはラスト。ど緊張ものだが、麗華さんは挑戦的な目をして、上等だわ、と燃えていたので私の緊張も少し和らいだ。なんて心強いパートナーだろう。
濃紺のホルターネックのワンピースを身に纏い、ヒールを鳴らしながら最後の調整に向かう。この日に合わせてたくさんの打ちあわせに練習を重ねてきた。緊張こそすれど不安はない。
この角を曲がれば目的の音楽室だ、と曲がろうとすると後ろから名前を呼ばれて振り返る。
「聖川くんっ!お久しぶりです!」
「あぁ。今日はお前の歌を聴きに来た。楽しみにしている」
「はい!みんなへの愛と感謝を歌います。最高の曲を披露します」
「…!お前がそこまで自分自身のことで自信を持った発言をするのは初めてだな。一層楽しみだ」
声を掛けてきた聖川くんは手に花束を抱えていて、それを私の為に用意してくれたと話してくれた。まだオーディションも受けてないのに気が早いな、と笑うと日頃の感謝も込めてだ、なんて微笑むから私は頬を赤らめて黙った。聖川くんは本当に無自覚でこういう花束を送るなんてことをするから彼のファンは大変だろうなぁと苦笑した。
穏やかに話をしているとバタバタと慌ただしい足音が聞こえて二人してそちらに視線をやる。そこには普段廊下を走ったりしない麗華さんが切羽詰まった表情でこちらにやってきた。廊下を走るな、と先生のように注意をする聖川くんを他所に、私はとてつもなく嫌な予感を感じて思わず身震いした。
そしてそれは現実になる。
「綾奈っ…!マイクがっ…」
「…落ち着いてください麗華さん。マイクがどうしたんですか」
「…スタンドマイクが、使えなくなったわ」
「えっ…」
スタンドマイク。私は今回左手のこともあったからスタンドマイクでのパフォーマンスを決めていた。そして、それでダンスレッスンもしていた。けれど、それが使えなくなった。麗華さんが言うには準備していた場所に先ほど最終確認で向かえば、あるはずの場所に無かったらしい。予備を掛け合ったが何故かそれも見つからないとかで手配が出来ないと。
「…本来のパフォーマンスとは異なるが、それならば手に持てばいいだろう。スタンドマイクを予定していたということは激しいダンスではないのだろう?」
「アンタは黙っていなさい!それが出来ないからスタンドにしていたんでしょ!!」
「、麗華さんっ!!」
「出来ない…?おい高原、どういうことだ」
思わず口走ってしまった麗華さんを咎めるように名前を呼ぶがもう遅い。聖川くんに何かがあるとバレてしまった。気まずそうに顔を背ける麗華さんの肩にそっと置いて気にしないでと見つめる。分かってる、いつかはバレることだ。
「…少し前から左手の握力がないんです。マイクを、ましてや踊って動く中で支えられる握力なんて…ありません。右手で持つのも出来なくはないですが、ダンスの振り付けのクオリティが格段に下がる構成になってます」
「な、んだと…」
「…すみません、今はオーディションをどうするか考えないと。…麗華さん、掛け合ってくれたかもしれませんがヘッドセットも使えませんよね?」
「…えぇ。直前の生徒が使うから、そこから設定をして装着してとなるとかなり時間がかかるからって…」
そうですか…、と私は視線を下げる。こうなると右手で持つ他なくなる。けれど、クオリティが下がる。下げたくない。今日の為に最高のものを二人で準備してきたんだ。ならば左で…、と自身の左手を見つめる。
いけるだろうか。無理して左でやって途中で手から離れるなんてことがあればそれこそ今までの全てが水の泡だ。グッと左手を握るが、これはきっと何の力もないのだろう。こんなにも、悔しい思いを握っているのに。
すると呆然としていた聖川くんが一度息を吐き、口を開いた。
「…詳しくは終わったら聞かせてもらうぞ。俺も協力しよう。…スタンドを除けば左手で持つことがパフォーマンスの為には一番良いのか?」
「…そうですね。大博打になりますけど」
「…左手にマイクを固定するぞ」
「え、」
行くぞ、と私の左手を取り歩き出す聖川くんに訳もわからず連れられる。麗華さんのどういうことだという質問にも聖川くんは、持てないなら固定すればいいのだ、と簡潔に答えるだけだった。力の入らない左手だけど、相手の力は分かる。聖川くんは私の左手を強く握ってくれていた。それこそ、私の悔しさを握るように。
聖川くんはいつも私を助けてくれる。勉強で困っていた時も、雅くんのことで悩んでいた時も、いつも気にかけて声をかけてくれるのだ。それがどれほど私の助けになっていたか、きっと彼は知らないのだろう。今こうして折れそうな心を救ってくれる彼があまりにも眩しい。
「…まさか花束のリボンを使うなんて驚いたわ」
「悪いが今はこれしかない。…きつすぎはしないか」
「はい、大丈夫です。…聖川くんは凄いですね。初めからそういう演出だったかのように見えます」
「お前の腕が細すぎるのだ。おかげで様にはなったようでよかったが」
「はい…。私これなら歌えます。…いえ、歌います」
ステージ裏に行って、本番で使う予定のマイクを手に取った聖川くんは左腕に抱えていた私宛の花束に使われていた紺色のリボンを解いた。そしてそれを器用に私の左手へと巻いて固定していく。思ったより長かったリボンは肘までぐるぐるとレースアップされ、手の甲で美しいリボンを象った。こんなリボンの結び方知らない…。けれど、しっかり固定されている。これなら握力のないこの状態でも、歌える。
歌えるんだ。
そう思うだけで視界が滲んでいく。あぁ、本当に私は周りに助けられて生きていると実感する。
「人事を尽くして天命を待つ。俺はお前がそれを待つに相応しい存在だと思っている」
「…っありがとうございます…!」
「なっ…!お、おい高原っ…」
「全てを出します!見ていてくださいっ…!」
「っあぁ…」
勢いあまって抱き着いてしまった私を、動揺しながらもしっかりと抱き留めてくれた聖川くんに改めてお礼を言って離れる。麗華さんの呆れた表情が気になったが、聖川くんが客席に向かうとのことだったのでそちらに意識が移り、その優しい背中を見送った。
その姿を見守っていた麗華さんは一度息を吐くとその目に強い炎を灯した。こんなことで負けてやらないと、彼女もそう思っているのだ。つくづく私は良いパートナーに巡り会えたなと思う。最初は今よりもっと人見知りが激しくて、友達であるみんなと話すのですら緊張していたのに、いつからかそれは無くなり、雅くんにも出会った。そしてその雅くんとの繋がりを絶たずに済んだのもみんなのおかげだ。そして、今目の前にいる彼女とのつながりも全部。
こんな土壇場で邪魔をしてくるのが誰であるかも勿論気になる。けれど、そんな事に負けないぐらいに感謝の気持ちをこの学園に持っている。それを全部、出し切ろう。
行きましょうか、と笑った私に麗華さんもしっかりとした声色で返事をした。
20190820
