第1章:早乙女学園
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「なに、これ」
第28話
朝、いつものようにテレビをつけてニュース番組にチャンネルを合わせる。シャコシャコと歯を磨きながら眠気まなこでぼんやりと画面を見つめていると、映し出される知っている人のゴシップに目を見張った。
トキヤくんがHAYATO本人であると、マスコミが世間に報道したのだ。
「おい、高原。お前、この前一ノ瀬のこと庇ってたけど、本当はHAYATOだって知ってたからなんじゃねーの?」
「庇って好感度上げて、コネ作ろうってか?やだねー女ってのは」
「…君たちはまだそんなことを言ってるんですか」
登校すれば生徒の話題はそれで持ちきりだった。サインもらおうだとか、まだそんなのは可愛い。けれど、明らかに悪意を持った人が多い。こうして声をかけてきた彼らのように。
またもやトキヤくんのことをなにも知らない癖に暴言を吐く彼等に、階段を降りようとしていた足を止める。
「つーか、やっぱ馬鹿にしてるよな。デビューしてる癖にこの学園に通うなんてよ」
「…それじゃあ君はこの学園で課題をこなしながらHAYATOの仕事もこなせるんですか。彼と…トキヤくんと同じことが出来るんですか」
「はぁ?そんなの知らねぇよ」
「トキヤくんはそれだけ歌いたかったんです。この学園に、賭けていたんです。…それを考えようともしない人間が大きなこと言わないでください」
「っ…!おっまえ…あの時もそうだけどちょっと生意気すぎるんじゃねぇ?」
あまりにも好き勝手に言う彼等に、私も視線を鋭くさせる。冷やかしだけでは無く、怒りも宿し始めた瞳。けれど、私も引かない。私だって友達を虐げられて相当頭にきているのだ。
一人がキレたのをあとの二人も感じ取ったらしく、流石にやめとけ、と焦って彼を止めようとするが聞く耳を持つつもりはないらしくその腕を振り払った。しかし、私の顔をしばらくジッと睨んでいた彼はふとニヤリと嫌な笑みを浮かべた。そして言った。
お前アイドルコースだったよな、と。
その言葉にゾクリと背中を冷や汗がつたった。ジリジリと近づいてくる彼に私も少しづつ足を下げる。
アイドルコースだ。歌だけじゃ無く、ビジュアルも求められる。自身が商品なのだ。そしてそれに傷がつけば価値は、落ちる。
私の腕を逃げないようにガシッと何のも配慮もなく掴んだ彼は嫌な笑みを浮かべ、拳を振り上げた。
「おいっ!さすがにやべぇよ!」
「っ」
「あぁ!?邪魔すんなよ!ちょっと傷つけるだけだっつの!」
「どこで学園長が見てるかっ…あっ!!」
「、」
ふわりと、身体が浮いた。
一度は周りにいた彼の友人が止めたことで助かったが、そこで安心したのがいけなかった。振り上げた腕を掴まれた彼は、その友人の手を振り切るように加減もせずに腕を振り、そしてそれは、階段前にいた私の身体をそこに投げ出させるには十分な力を持っていた。
あぁ、なんかもう、本当かっこ悪い。
焦った表情の彼等の姿を最後に、私は体と頭への強い衝撃で意識を手放した。
「…これは、夢…?」
ぼんやりと、どことなく自由のない感覚に夢だと確信する。いや、もしかしたら走馬灯なのかもしれない。頭への衝撃は随分あった。そのことに不安にはなるが、今は少し考えることに疲れた。白い空間をぼんやりと何をするでもなく見つめていると、いつかの海が現れた。あぁ、これはいよいよ走馬灯だ。それはμ'sを終わりにするとみんなで決めた時の記憶。馬鹿みたいにみんなで泣いた日の記憶だ。
3年生が卒業する。それに伴ってμ'sをどうするかとなった時、私はたくさん悩んで、でも続けたいと主張した。どんな形であろうと歌いたかったからだ。
今ならそれがμ'sを続けてまで願う事では無かったと分かるが、当時はかなり駄々を捏ねた。普段は我儘を通さない私の主張に、メンバーも少し驚いていたのを覚えている。けどそれは、私が歌いたいという理由だけだった。そのことに気付いたから私もμ'sの解散を受け入れた。
「μ'sじゃなくても歌は歌える…。けど3年生が抜けて、そして新メンバーをいれたμ'sは…μ'sじゃない。あの9人だからμ'sだった…」
そう、名付け親であるあの子も涙ながらに言っていた。
μ'sは大事だ。けど、私は歌いたい。元気をあげたい。だから転校までしてこの学園にきた。そう考えると私はトキヤくんと似た考えを持っているのかもしれない。
走馬灯を見ている場合なんかじゃない。戻らないと。あの場所へ。私はまだ、何も成し遂げていないのだから。
世界に笑顔を、愛を届けたい。
「ん…」
「…綾奈ちゃん!?よかった!目が覚めたのね…!」
「月宮、先生…」
「階段から落ちたのよ、覚えてる?…あぁ、まだ動かないで。頭を強く打ってるから」
「外、暗い…」
「…随分眠っていたのよ。事故にあってから1日意識がなかったの」
目が醒めるとそこにいたのは月宮先生だった。何度か様子を見に来てくれていたらしく、偶々先生がいるときに目が醒めたようだ。本当に心配したわ、と私の頬を優しく撫でる先生にとても泣きたくなった。
先生曰く、私のことはみんなにも伝わっているそうで数時間前まではみんなこの医務室から離れようとしなかったらしい。けど流石に時間も深くなってきたので無理矢理帰したのだとか。あぁ、こんな大事な時期に、私はまたみんなに余計な心配をさせてしまった。 情けなくて自然とつたった涙に月宮先生は表情を硬くした。
「…綾奈ちゃん、何があったか話してくれるわよね」
「…足を滑らせてしまったんです。考え事してたから、つい」
「あくまで事故だというのね」
「事故です…。私がもっと、もっとしっかりしていれば…」
情けない…、そう止まることのない涙を流しながら私は目を閉じた。月宮先生は何も言わない。けれど少しの沈黙があって、先生は再び口を開いた。この学園には至る所に監視カメラがある、と。その言葉に私も全てを悟った。先生はあの時なにがあったかを知っているし、そしてその男子生徒が何かしらの処罰を受けているだろうということを。
ハァとため息を零した先生は、考えてみれば綾奈ちゃんはいつも人のことばかりだったわね、と漏らした。そんなことはないと否定しても、それこそ否定されてしまった。
「綾奈ちゃん、アタシ結構怒ってるのよ。人の為に動けるあなたは素敵よ。けど、行き過ぎればそれはあなたを大事に思う人への冒涜になるわ。逆の立場なら綾奈ちゃんはきっと心を痛めるでしょう?」
「…っ」
「…今回のことは綾奈ちゃんは何も悪くないわ。けど、それを報告しようとしないのはダメ。同じ事を繰り返さない為にもね。それと、きちんと心配させてあげなさい」
「っ…だって、わた、わたしっ…」
優しく言い聞かせるように、でも嗜める月宮先生の言葉は尤もだ。みんなのうち誰かが階段から落ちたなんて、想像するだけで心配でおかしくなりそうだ。わかってる。わかってるんだ。
でも、ただ、ただ私は、
「みんなにっ…歌ってほしい…っ」
「、」
「七海ちゃんの曲を…彼らに…歌ってほしいんですっ…!絶対に彼等の音楽は…人の心に響くからっ…」
「綾奈ちゃん…」
「歌ってほしいんですっ…!」
いよいよ涙は止まらなくなってきた。彼等のことを思うとこんなにも心が痛くなる。支えたいと思うのだ。こんな私の力が少しでも役に立つなら。それが人を笑顔にできる力なら。
嗚咽を漏らす私の頭を優しく撫でた先生はその手と同じように優しく言葉を紡いだ。
その夢、叶うわよ、と。
「えっ…」
「綾奈っ!」
「あぁっ!目を覚ましてる!高原大丈夫!?」
「こーらあなた達。綾奈ちゃんはいま目が醒めたところなんだから騒がないの」
「みんな…」
どういう意味だ、と尋ねようとするとバタバタとたくさんの足音と共に入ってきた渦中の彼等。一番に入ってきたトキヤくんの動揺っぷりに本当に心配をかけてしまったんだと反省した。
聞けばトキヤくんは昨日から連絡が取れておらず、先ほどようやく学園に戻ってきたらしい。だから私のことも聞いたばかりだと。そして、みんなとも無事和解したと話してくれた。HAYATOのあのゴシップも、なんと学園長がそれを上回るニュースでかき消したのだとか。流石すぎる。トキヤくんがHAYATOであるということに驚かない私にみんなは驚いていたが、それには私は苦笑を返すだけだった。
それより学園長は一体どんなニュースを?、と聞けばみんなは複雑そうな表情を浮かべて話してくれた。その内容に私は目を見開いた。
「デビュー…?本当に…?」
「…うん。けど条件があって、七海の曲じゃないものでのデビュー…だって」
「作曲の神と言われてる方だそうです…」
「…それを言われて、受け入れたんですか?」
「受け入れるかよ!…けど、七海が…」
「七海ちゃんがここにいないのはそういうことですか…」
デビューが決まった。待ち望んでいた夢に身体中が震えた。けどその条件は彼等にも、私にとっても酷なものだった。この場に七海ちゃんがいないことも少し気になっていたけど、きっとそういうことなんだろう。
七海ちゃんの曲でないとデビューしないと主張した彼等に、七海ちゃんがこんなチャンスは逃してはいけないと。そういったらしい。自分は学園長に認めてもらうためにもっともっと頑張るから、と。私が七海ちゃんであってもそう言っただろう。けど、今この立場だからこそ確信を持てる。
グッと腕に力を込めて体を起こす。左半身も強く打ち付けたようで力が入らない。それを見た月宮先生が慌てて私の背を支えてくれてお礼を言って彼等に向き合う。
「君たちが七海ちゃんの曲を歌いたいように、君たちの曲は七海ちゃんにしか書けません」
「レディ…」
「でも多分七海ちゃんは…、分かっていないんです。だからそれを教えてあげてください」
「…何故お前はそう言えるのだ」
「…私と七海ちゃんは、似た者同士…だからです」
自分に自信がない。だから自然と譲ってしまうのだ。自分に力が足りないから仕方ないと。勝手に諦めてしまう。
そこまで考えて私は自分でも妙に納得してしまった。麗華さんが言っていたのも、きっとこういうことだ。他の誰かの歌じゃなく、私の歌でみんなを笑顔にしてみせると。そう言えるようになれと。それが…プロになるということ。
「私も早く怪我を治します。…だから、デビューのお祝い…みーんなでやりましょう」
「…うん。ありがとう高原」
「先生。綾奈の怪我の具合は?」
「左半身を強く打ち付けながら落ちたみたい。痣と…今は少し痺れもあるわね?…けど一番酷いのは頭よ。出血もしていたから。記憶はハッキリしているようだから様子見ね」
「あぁ、それで包帯…」
本当に無茶しないでくれ、と詰め寄るみんなに苦笑を零してお礼を言う。早く、早くこんな怪我なんて治して、私も彼等に追いつかないと。大好きな彼等に、いつまでも肩を並べられないのは寂しいから。
そして、早く彼等に心からのおめでとうを伝える為に。
20190816