第1章:早乙女学園
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「順風満帆、とはいきませんか…」
第27話
あれから私は麗華さんと連日打ち合わせをしたりで忙しく、七海ちゃんも達も勿論同じ状況であるから一緒に過ごす時間は格段に減っていた。それでも、移動教室の際に調子を聞けば笑顔が返ってきていたので安心していた。
のだが。
「トキヤの奴がバイトだとかで遅刻が多くてよー。イマイチ調子が上がらねぇっていうか」
「…トキヤくん、忙しそうですもんね」
「なに?お前なんかトキヤから聞いてんのか?」
「…いえ、なにも。ただ、見かける度に疲れた顔をしているなとは思ってました」
放課後。麗華さんが野暮用があるとかで今日は打ち合わせの時間を少し遅めに決めていたので、ぶらりと学園内を散歩しているとベンチで横になる翔くんの姿を見つけた。寝ている訳ではなさそうだったので声を掛ければ今は休憩中なのだとか。私も時間はあるし、少し話そうと言ってくれた翔くんの隣に腰を下ろした。
「今の状況分かってんのかなアイツ。卒業オーディションより大事なバイトってなんなんだよ」
「…トキヤくんのような方がオーディションを蔑ろにしているとは思えません。よっぽどの事情があるんじゃないですかね」
「よっぽどの事情ねぇ…」
トキヤくんの事情を知らない翔くんの反応はもっともだ。せっかくグループでオーディション合格を目指すと決めたのに、メンバーが集まらないのでは士気に関わる。…でもここ最近、更にHAYATOの姿をテレビで見かける。生放送は勿論、ドラマへのゲスト出演も決まったというニュースも見た。本当にそれこそ、彼をテレビで見ない日はないのだ。
今日はトキヤくんは来ているのかと聞けば、1時間ほど遅刻して先ほど来たのだとか。今は七海ちゃんと彼がいない間に進んだ内容を共有しているらしい。誰が悪い訳でもないこの状況。すれ違いが起こるかもしれないかと思うと気が気でない。
「翔くん。私はあの曲にはトキヤくんが必要だと思います。勿論、翔くんも」
「…わぁーってるよ。俺だってそう思ってる。けどトキヤは違ぇのかもしんねーだろ」
「トキヤくんは、もう自分の気持ちに嘘をついてまで歌を歌おうとはしませんよ」
「…それも本人が言ってた」
「じゃあ私達が出来るのは信じることだけです。トキヤくんはきっといま、応えようと諦めずに頑張っているんですよ」
諦めないことを教えてくれたのは翔くんでしょう?、と笑うと不貞腐れていた翔くんはフッと息を吐いた。しょうがねぇな、と笑った彼はトキヤくんを信じると言ってくれた。彼のその懐の大きさはいつもとてもかっこいい。
そろそろ戻るわ、と立ち上がった彼に頑張ってくださいね、と声をかければ髪をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「サンキューな!他人のことばっか気にして思いやれんのはお前のいいとこだけど、お前も無理すんなよ?」
「あははっ大丈夫ですよ。もしそうなったらまた勇気と元気を翔くんがくれますし」
「なっ!?え、いや、やるけどさ…お前もうちょっと恥じらいっつーもんを…」
「?いつだってもらってますよ?」
「あー!わかったわかった!じゃあな綾奈!」
どうやら褒め言葉に照れてしまった翔くんは、顔を赤らめながら校内へ走って行った。ふふ、と笑いながら見送って、私はまだ時間もあるしもう少し散歩しようかなと立ち上がった。
「そういえばアンタ、ダンスは踊れるの?アイドルコースなんだし授業はあるのだろうけど。それによっては曲のイメージも変わるわ」
「あー…ダンスは、まぁ。スクールアイドルやってた頃に結構しっかりやってたので」
「へぇ、そう。動画とかないの?」
「ありますよ。動画投稿サイトにもあがってます」
「お手並み拝見といこうじゃないの」
麗華さんと合流して、曲のイメージなんかの話をしていると彼女はふと思いついたように口火を切った。確かに卒業オーディションで歌って踊ることも出来たなら評価はかなり変わってくるだろうし、その視点はいいと思う。μ'sの動画はサイトに結構たくさん投稿されてあるから、私も時々見返しては思い出に浸っていたり。μ'sってものを知らない人に見せるのは少し気恥ずかしいが、それがいい曲を作る為になるならそんな恥は掻き捨てだ。
何曲か連続で流していけば、最初は何かしらの反応を零していた麗華さんだが、次第に黙り込んでいった。
「えっと…こんな感じなんですけど、参考になりますか?」
「嘘でしょう…まさかここまで…」
「え?」
「とっくにアマチュアの域を超えているじゃない…!どれだけの時間をかけてきたのよ…!」
黙りこくる麗華さんに思わず声をかけると彼女は愕然としていて、そして意外にも私達のパフォーマンスを賞賛した。ダンスはロシアの本場でバレエを培ってきた友人の指導のもと行なっていたと説明すると、彼女は冷や汗を垂らした。
「それじゃあこの曲は?プロが作ったの?」
「いいえ。スクールアイドルはあくまでアマチュアですから。歌が上手でピアノの出来る友人が担当してました。ちなみに歌詞も別の友人作です。みんなμ'sのメンバーですよ」
「こんな高いレベルで…信じられないわ…」
これだけ真っ直ぐにメンバーを褒められて私も鼻が高い。そうでしょう、μ'sは最高なんです、なんて笑えば麗華さんにキッと睨まれる。ごめんなさい調子に乗りました。
「…言うのは釈だけど、アンタは言わないと分からないだろうからあえて言うわ」
「え?は、はい」
「全員全てにおいてレベルが高いわ。けど、歌唱力にダンスに表現力…、トータルすればアンタが一番ずば抜けているわ」
「いやいやいやそれはないです」
「…その自信のなさもメンバー1だったのでしょうね」
なんだろう。今日の麗華さんめちゃくちゃデレてくる。いつものツンツンした様子はなりを潜め、ここのステップは眼を見張るものがあるだとか、ここの歌詞での表情が絶妙だとか。事細かに褒める彼女に私は段々と肩身が狭くなっていく。もちろん褒められるのは嬉しいけど、メンバー内で一番とか、そういうのは賛同しかねる。そんなはずはないのだから。
どれだけ褒めてもいい反応をせず困り顔の私に麗華さんは溜息をつきながら、アンタの課題はそこね、と頭を抱えた。そしてビシッと私に指をさしながら言い放った言葉に今度は私が冷や汗を垂らした。
「自分に自信を持つこと。誰にも負けないと言えるようになることよ」
そんな自分は想像できません。
「自分に自信、かぁ…参ったな…」
あれから少しだけ打ち合わせをして解散した。別れ際にもう一度自信を持つこと、と釘を刺されて。
自分に自信を持つ。それが出来たら人見知りなんかじゃないんだよなぁ…、なんてため息をつきながらブラブラと学園の敷地内を散歩する。考え事をするには外に出るのが一番だ。今夜は月も明るい。
しばらくぼんやりと歩いていると少し先に見覚えのある後ろ姿が。…心なしかフラフラしている気もする。内心焦りながら駆け寄って名前を呼べば彼はゆっくりとこちらに視線を寄越した。その表情は疲れが顕著に現れていて、思わず眉間に皺が寄った。
「綾奈でしたか…。こんな夜遅くに何をしていたんです」
「…少し散歩を。トキヤくんこそ、出掛けていたんですか?」
「えぇ、少し…」
「…最近、休めていますか?」
その言葉に彼は何も答えない。学校にバイトと卒業オーディションに向けての打ち合わせ。体が持つはずがないのだ。何故まだ16歳の彼がこんなに身体を酷使しなければいけないのか。その状況にした環境にどうしようもない怒りが湧く。けれど、それを言ってもきっと彼は自分が決めたことだからと譲らないだろう。そういう人なのだ。だったら、私がするべきは怒ることではない。
トキヤくんに少しだけここで待っていてほしい、とベンチを指差し座らせ、私は自分の部屋へと走り出した。
「すみませんっ!お待たせしました…!」
「いえ。…なんですか、これは」
ダッシュでここから寮へと往復したので呼吸が乱れるが、なんとか抑えて取りに行ったものを彼に差し出す。手渡した紙袋を怪訝な様子で見るトキヤくんに、一つずつ取り出しながら説明をしていく。
「まず、蒸しタオルです。アロマを垂らしてあるのでお部屋でもう一度温めてから使ってください。リラックス出来るお気に入りのアロマを使いました」
「…確かにいい香りですね」
「でしょう?目は酷使していると頭痛なんかも引き起こしちゃいますからね。そしてこのボトルにはなっちゃん直伝の淹れ方で淹れた紅茶が入ってます。2種類あるんですけどこっちがリラックス、もう一つはシャキッとしたい寝起きなんかに飲んでください」
「…綾奈、あなたは一体どこまで理解しているんですか」
あとこれはお気に入りのクローバー蜂蜜で…、と出したところでのトキヤくんの言葉。暗に彼は何を思って私が疲れを癒すものを渡しているのかが気になっているのだろう。…確証があった訳ではない。けど、そうだという確信があった。でもこれを言って今の彼は受け止められるだろうか?ただでさえ、悩むことの多い彼にこれ以上のものを?そんなことはしたくない。私の勝手な想像でしかないのだから、それを彼に背負わせるなんて馬鹿げてる。
「大事な友達が頑張ってて、そして疲れてる。それを少しでも和らげられたらって思うだけですよ」
「…気付いていたんですね」
「なんのことですか?とにかく、休める時に質のいい休息を取る。使えるものはなんでも使ってください」
「あなたという人は…。止めることはせず、支えてくれるのですね…」
「止める権利なんて私には。…頑張るトキヤくんはとても素敵ですよ」
「…ありがとうございます」
紙袋の中身はあとは見れば分かる物ですから、と笑って少し重さのあるそれを手渡す。大事そうに受け取ってくれた彼はもう一度お礼を言うと、ゆっくりとした足取りで寮へと向かった。その背中を、私は見えなくなるまで見送った。
20190815