第1章:早乙女学園
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あぁ、これは新たな波乱の予感だ。
第25話
麗華さんとパートナーを組むことが決まり、それを月宮先生に用紙と共に報告すれば、ここが組むのねぇ!、と大層楽しそうにされた。私は麗華さんの作る曲がどんなものか知らないという失礼極まりない状況ではあるが、月宮先生の表情を見て彼女の曲が一層楽しみになった。
期待してるわ!、と眩しい笑顔とエールをもらい、私は職員室を後にした。今日の問題はまだ残っている。
「えっ!高原も七海に呼ばれたの?」
「はい、昨日…。…みんなもお揃いで」
「…このメンバーってつまり七海をペアに選んだ奴らだろ」
放課後、待ち合わせしていた第3音楽室にやってくれば七海ちゃんからであろう手紙を手にしたみんなの姿。当の七海ちゃんはまだここにいない。どういうことだよ、と頭をガシガシとかく翔くん。きっとここにいるみんな同じ気持ちだろう。この場の空気は重い。
ただ、私は違う。違うけど呼ばれたのは同じだ。
七海ちゃんは一体何を思って私をこの場に呼んだのだろう。考えても仕方ないこととはいえ、重い雰囲気の中では思わず考え込んでしまう。そうしているとふと視線を感じてそちらに目をやれば静かな瞳でこちらを見ている神宮寺くんと目があった。何か言いたげな表情だったのでどうかしたかと問えば彼は少し投げやりに言葉を吐いた。
「いや…レディは子羊ちゃんへの申し込みはしないのかと思っていたから驚いただけだよ」
「…あ、そういえば七海ちゃんにそのこと話してたみたいですね」
「やたらと元気が無かったからね。…けどまぁ、ここにレディがいるということはそういうことなんだろう?」
意外と計算高いんだね、なんて言う彼の瞳に浮かんでいるのは失望だ。…あぁ、つまり私が彼女を心配すると見せかけて実はそうでなかったということにがっかり…というか呆れているのか。実際はそうではないとはいえ、多分今の心境じゃ何も伝わらないだろうと思い、私は口を閉ざした。それに対して神宮寺くんもスッと視線を外した。…なんか、やだなぁ。
「すみません!みなさん…!ギリギリまでかかってしまって…!」
「七海!」
「七海ちゃん…」
息を切らせながら教室に入ってきた七海ちゃんに時が動き出す。遅れたことを謝罪しながら、ギリギリまで作業していたという彼女は私を除いたメンバーそれぞれに1枚の楽譜を差し出した。私の手元にそれがないことを横目でチラリと見た聖川くんは、少しこちらに楽譜を傾けてくれた。こんな時にまで気遣いが出来るのは流石としか言えない。小さくお礼を返して楽譜に目を通す。そして、驚いた。
「すごい…」
「…あぁ」
思わず口から出た感想に、隣の聖川くんも溢れたように賛同した。これを、七海ちゃんが作った?
みんなからのペアの誘いにたくさん悩み、でもそれでも決められなかったと話す彼女の瞳には迷いがなくて、どうしようもなく彼等が羨ましくなった。
「…この曲を6人が歌ったらどうなっちゃうでしょうね」
「綾奈ちゃん?」
「私、こんなにドキドキする曲、初めてです。まだ歌ものっていないのに絶対に素晴らしい曲になるって分かる…」
「6人…?どういうこと?」
正直、私も七海ちゃんに自分一人を選んで欲しかったというみんなの気持ちは痛いくらいわかる。彼女ならきっと誰と組んでも最高の曲を作ってくれる。けど、こんな曲を見せられてしまったら。この曲を歌う彼等を見たくなってしまった。
言葉が出ない私を置いて、七海ちゃんは6人の曲を作った過程を話し出す。それに対していい反応ばかりではないのは仕方ない。でも、選べないからグループの曲を作った訳じゃない、とふと視線を私にやって彼女は話し出す。
「…綾奈ちゃんがそのきっかけをくれました。皆さんの素敵な歌声が合わさったらどうなるんだろうねって…何気なく言ったその言葉をわたしは想像してしまって…そして、それは今までにない奇跡のようなハーモニーが生まれるって確信したんです…!」
「高原が…?」
「…ならなんで6人なんだよ。綾奈もいるんだから7人だろ」
「…私はその中にはいないんですよ、翔くん」
この場にいる全員の曲ではないのか、そう言う翔くんの疑問も分かる。じゃないと私がここにいる理由が分からないもの。けど、私はこの曲の中に自分がいないことが分かる。
私は七海ちゃんと卒業オーディションのパートナーを組むつもりはないんです。
そう言葉にすれば一同は目を見開いた。
「…私の発言がみんなを悩ませる事に発展してしまったのは…すみません。この学園にはグループでの卒業オーディションの前例はないのかもしれないけど、前例がなければしてはいけないんでしょうか」
「…そんなもの、聞いたことありません。学園長が許さないでしょう」
「なら許してもらえばいい話です。そうして叶えていく夢があったことを私は知っています」
「レディの話とはまた別のことだろう?」
「それは勿論そうです。…それに、それはどうしてもグループでやりたいと思った時にやるべき行動です。今、みんなが悩んでるのはそのことじゃない」
グループでやるか、それとも。
大事な問題だ。きっとすぐには返事は出来ないだろう。締め切りまで時間がない。部外者である私はさっさとここを去った方が良さそうだ。結局七海ちゃんが私をここに呼んだ理由は私には分からなかったけど、あの曲を見られたことは本当に良かった。出来ることならあの曲が完成されるところが見たい。
教室を出ようとした私に七海ちゃんが名前を呼ぶ。不安そうなその表情に、思わず近くに戻ってぎゅっと手を握ってやる。私に出来るのは、今の想いを伝えることだけだ。
「…七海ちゃん、よく頑張りましたね。本当に素敵な曲です。君はやるだけのことをやったと思うし、あの曲は君なりの誠意だと私は思います」
「綾奈ちゃん…っ」
「…だから、あの曲をみんなに歌ってほしいと思ったことを後悔しないで。七海ちゃんがそこで折れてしまうことが一番みんなに失礼なことだと思うから」
「わたっ…わたしいつか絶対…!綾奈ちゃんの曲をっ…か、かきます…!」
「…ふふっ。うん、私も君の曲を歌うことを諦めませんよ七海ちゃん」
ありがとう。
そう言って私は今度こそ第3音楽室を後にした。
大好きな彼等と彼女の未来だ。どうかそれが輝いたものでありますように、なんて願った。
「あっ月宮先生!」
「あら、綾奈ちゃん。どうかしたの?」
「あの…七海ちゃん達、パートナーの件はどうなりましたか?」
もうすぐ陽が暮れる時間。パートナー希望の締め切りも間近だ。寮で勉強をしていたが、彼等のことが気になって身が入らず私は学園に戻ってきていた。
戻ってきたはいいもののどうしたらいいかと悩んでいると前方に月宮先生の姿。先生なら何か知っているだろうと声をかければ、私はその事情に言葉を失った。
「グループ…ダメ、なんですか」
「まぁ前例のないことだからねぇ。シャイニーの言う事は絶対だし」
「そんなっ…あの曲が…!」
「綾奈ちゃん?」
月宮先生の口から知らされたのは、七海ちゃん達がグループでの卒業オーディションの参加を学園長直々に却下されたこと。そして、今日中にパートナーをペアで希望を出さないと全員失格にするということ。
気付くと私は月宮先生に学園長の居場所を聞き出し、走り出していた。学園長はフェスティバルの打ち合わせがあるとかで、その現場にヘリで向かうべくそろそろヘリポートに向かっているだろうと教えてもらった。もっと…もっと早く動いて私の足…!じゃないと絶対後悔することになる…!あの曲が世に出ないなんて、嫌だっ…!
「学園長っ…!!」
「ン~?Ms.高原、どうしましたカァ~?」
「少しっ…お時間を…!」
ヘリポートに息も絶え絶えにたどり着けば、時期にヘリに乗り込もうとしていたであろう学園長の背中が。よかった、なんとか間に合ったとホッとし呼吸を整える。私の言葉で何かが変わるとは思えない。思えないけど、何もしないまま終わりにするのなんて嫌だから。
「っ不躾なお願いであることは承知しています!けれど!七海ちゃんと彼等の曲を!聴いていただけませんでしょうか!?」
「ン~?何故Youが彼等のことを気にかけるのですカー?」
「…友達であるのは勿論です。…けど!私は彼等の歌には夢を夢で終わらせない力があると思うんです!」
「ノンノンノンよ~!決まりは守ってナンボですからネー!」
「…っ学園長はみすみす奇跡を棒に振ってしまわれるんですか!?」
私のその失礼極まりない発言に学園長はピクリと反応した。硬い雰囲気になったことを感じて更に緊張していくのが分かる。けど、ここで引くわけにはいかない。ぎゅっと拳を握りしめ、声を上げる。
こんな出会いは二度とないかもしれない
七海ちゃんもそう言っていた。私も、心からそう思うのだ。
彼等の可能性を叫ぶ私を静かに眺めていた学園長は、私の言葉が途切れた瞬間に静かに口を開いた。
「では、お前が失格になるか」
「っ!」
「どうした。奴等を認めてほしいのだろう」
「それ、は、」
重過ぎる選択だった。彼等を学園長に認めて欲しい。その想いは変わらない。けれど、私は?私をパートナーに選んでくれた麗華さんは…?ぐるぐると回る思考に血の気が引いていくのが分かる。思わず俯いてしまった視線。けれど、その視線の先にあった物が私を正気に戻してくれた。
ピヨちゃんのヘアゴムだ。
体育祭の日、なっちゃんとお揃いでつけていたもの。普段使わない時は左腕にそれはあった。いつもと変わらない愛くるしい姿に気持ちが落ち着いていく。
…うん。そうだったね。あの日、私は彼に約束したんだ。
「構いません」
彼を、彼等を大事にすると。
20190814
