第1章:早乙女学園
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あ、あのっ…少しわたしに時間をくれませんか…!?」
第24話
翌日。一十木くんに励ましてもらってから、目を冷やして眠りについたが少し腫れは残ってしまった。情けない顔だなんて思いながら登校すれば、硬い表情を浮かべた七海ちゃん。私も、このまま逃げている訳にはいかない。コクリと頷いて放課後に話をすることが決まった。
逃げているままではいけないと思いつつ、でもまだ七海ちゃんと話すのが怖くて時間がもっとゆっくり進めばいいのに、なんて考えてしまう。そういう時に限って、想像以上に早くその時は来るものなのに。
あっという間に放課後になり、今日の授業内容もぼんやりとしか思い出せない。身が入らなかった…。幸い手は動いていたようでノートはきっちり取れていたので帰ったらきちんと復習しよう。
「…綾奈ちゃん、第3音楽室を借りたんです。そこでお話しませんか」
「…はい、行きましょうか」
今まで七海ちゃんとこんなに重い雰囲気で会話したことなどあっただろうか。多分、七海ちゃんも緊張している。先を歩く小さな背中に、泣きそうになった。
教室を出るとき、心配そうに私の名前を呼んだ一十木くんに小さく手を振り返して私も七海ちゃんの後に続いた。
第3音楽室は自主練なんかに多く使われている場所だ。部屋には大きなグランドピアノと簡易椅子が数個。ダンス練習もできるようにか広くスペースが取られている。
部屋に入った私達はどちらから話すことも出来ず、少し沈黙が続いた。しかし、それを七海ちゃんが破った。
「っごめんなさい!」
「えっ…」
「わたしの軽率な発言でっ…綾奈ちゃんを傷つけて…!本当にっごめんなさいっ…!」
「…七海ちゃん、頭をあげて下さい。私は怒ってなんかいないんです。…ただ、自分に失望しただけで」
ガバッと頭を下げた七海ちゃんは涙声になりながらあの日の発言の謝罪をした。頭をあげて欲しいという私の発言にも中々頭をあげない彼女に困り、近付いて頭をあげさせた。涙がたくさん溜まった瞳。でも零すまいと堪える姿はひどく健気だ。
「綾奈ちゃんの歌は本当に素敵ですっ…!わたしもっ…わたしが作った曲を綾奈ちゃんはどう歌ってくれるんだろうって…ずっと思ってました…!」
「っ…!」
「あんなに素敵な歌を歌える人に、パートナーのお誘いをする自信なんて無くて…あの日は冗談半分、でも半分本気で言いました…」
「七海ちゃん…」
「だからっ!綾奈ちゃんは失望することなんかなにもないんですっ!」
やだなぁもう。あんなにも求めていた言葉をこんな形でもらうなんて。
私達はお互いに自信がなさ過ぎたんだ。その自信の無さのせいで大切なものを失うところだった。なんて愚かで悲しい。
だからと言って、今更パートナーのお誘いをするつもりもない。結局彼女を困らせることには変わりないのだから。ありがとう、と笑顔を浮かべてその華奢な体を抱きしめた。この学園で"私"を求めてくれた人がいたという事実だけで十分だ。肩が濡れるのを感じながら彼女の背中を撫でてやる。震える彼女はそれでも辿々しく言葉を紡いだ。
「じ、神宮寺さんに聞きました。綾奈ちゃんは、わたしの為にパートナー希望を出さなかったと…」
「神宮寺くんから?」
「昨日たまたまお会いして…その時に励ましてくださったんです。そして綾奈ちゃんがそう言ってたと…」
「…合宿の時のか…」
意外な名前が出てきたことに驚いたが納得がいった。たしかに合宿の時にそれらしいことを言った。あの時は意味が分からないといった様子だったけど、七海ちゃんの話を聞いて得心がいったというところだろうか。
「綾奈ちゃんは優しい…本当にいつも優しくてあたたかく包み込んでくれて…わたしの知らないところですらも気にかけてくれて…っ」
「もういいですよ七海ちゃん。…ありがとう。君の曲が好き。だから歌いたいと思いました。…でもそれは今回じゃなかったんです」
「え…?」
「卒業してから、その機会を作りましょう。いつか私に君の曲を歌わせてください」
「…!うんっ…!」
綾奈ちゃん大好きですっ…!、と抱きつく腕に力を込めた七海ちゃんを、私も強く抱きしめ返した。
「それで、パートナーは決められそうですか?」
「…ううん。辞退しようかとも思ったの。でも…逃げちゃダメだって月宮先生に言われて…」
「…そっか。わかるなぁ気持ち。私も逃げ出したいです」
「皆さんとっても素敵だから…一人を選ぶなんて…」
「そうですよね…あの6人、みんな違った良さがあって…。どうして1人しか選べないんでしょうね。複数の前例とかってないんでしょうか」
音楽室に夕陽が差し込み始めた頃、私達はようやく落ち着いて、ピアノの前の椅子に二人で腰を下ろしていた。時折鍵盤を叩きながら話すのはやっぱりパートナーの話。
七海ちゃんが悩むのは仕方ない。あれ程の逸材に求められているのだ。悩まない訳がない。全員を選べたらいいのに、という我儘極まりない考えをしてしまうのも仕方ないだろう。しかし、私のその発言に七海ちゃんは、複数…?、と反応した。
「ん?はい。ほらアイドルってグループで活動してるイメージの方が強いじゃないですか。学園長はもしかしたら卒業してからその生徒同士でグループを組ませると考えてる可能性もありますけど…それなら卒業オーディションをグループで出てもいいよなぁって…まぁ私の勝手な考えですけど」
「…皆さんが、グループ…」
「…七海ちゃん?大丈夫?」
あの歌声が合わさったら…、とボヤく七海ちゃんに心配になって声をかければ彼女はガバッと顔を上げてお礼を言った。わたしやらなきゃ!、と立ち上がった七海ちゃんに思考の追いつかない私は呆然としていたが、彼女の目に輝きが戻ったからもうそれだけでいいのかもしれない。ヒラヒラと応援の意味を込めて手を振ってやれば可愛い笑顔を向けてくれた。うん、なんか道が拓けたみたいだ。
「頑張ってくださいね、七海ちゃん」
「はいっ!…あ、あの!綾奈ちゃん明日も放課後ここに来てくれる…!?」
「え?あ、うん。わかりました」
ありがとうっ、と残して彼女は足早に第3音楽室を出て行った。急に動き出した時間に思わずパチパチと瞬きしてしまう。明日もここに来て欲しいという真意は分からないけど、まぁ悪いようにはならないだろう。
軽くなった心に、私もパートナー探しに本腰を入れなければ、と夕陽の差し込む音楽室を後にした。
「ちょっと」
「あ、麗華さん。どうしたんですか?」
「…さっき七海春歌がアンタの来た方向から来たのだけど」
「えぇ、一緒にいたので…」
「…完全に出遅れてしまったわ」
「え?」
音楽室の鍵も返して、寮に帰ろうと向かっていると声をかけてきたのは麗華さんだった。…どことなく落ち込んだ雰囲気に見えるのは気のせいだろうか。彼女の出遅れという言葉も分からないが、でもいいわ、と力強い瞳で見つめられた。
「パートナー希望、アタシはアンタの名前を書いたわ」
「え…ええっ!?」
「…七海春歌と決まったみたいだし、白紙に戻るけど…とにかくそれを伝えたかったの。それじゃ」
「ま、まってください!な、なんで…!?」
私を嫌っていたんじゃないのかこの人は。一応和解したとはいえ、気に入らないことに変わりはないだろうにどうして。疑問渦巻く脳内に頭がパンクしそうだ。
私の質問に、ハァ?、とでも言いたげな表情を浮かべた彼女は背を向けかけていた体を再び私へと向き直した。
「アンタの歌とアタシの曲、それを掛け合わせたくなったからよ」
「…μ'sである私の歌を?」
「ハァ?それって今は活動していないのでしょう?アタシはこの学園でのアンタの歌が欲しいの」
「…っわ、私でいいんですか?」
初めて、この学園でμ'sではなく、ただの高原綾奈の歌を求められた。いた。いてくれた。こんなどうしようもない私の歌を欲しいと思ってくれる人が。
「…というよりもいくら考えてもアンタしか出てこなかったのよ。…ちょ!なに言わせてるのよ!大体七海春歌とパートナーに決まっ、」
「私こそ、よろしくお願いします。麗華さん」
「ハッ?」
「七海ちゃんとはパートナーになっていません。振られましたし、振りました」
「なによそれ…」
麗華さんは、私と七海ちゃんがパートナーになったと思い込んでいたようだ。たしかに二人ともペアが決まってないことは学園では噂になっていたし、その二人が同じ方向から来たらそうかもしれないと誤解するかもしれない。
でも私は現にいないし、麗華さんの言葉に心を射止められた。ずっと、ずっとそう言ってくれる人を探してた。
これから頑張りましょうね!、と笑うと呆気にとられていた彼女は理解したのか顔を真っ赤にさせて、仕方なくなのだからね!、とツンデレっぷりを発揮した。
涙は乾いて、そしていつか虹が生まれ笑顔になる。
本当にそうだね一十木くん、と心の中でピースサインを送った。
20190813
