第1章:早乙女学園
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「わぁっ…!本当ですか!?」
第23話
夏の合宿が終わり、トキヤくんは言っていたようにクラスのみんなの前でその歌声を披露した。本当にハートが無いと言われたことがあるのかと不思議に思うぐらい、その歌はハートに溢れていて聴く人の心を幸せにするものだった。そしてその歌が評価され、Sクラスに戻ることになりそうだと本人に知らされた。
「よかった…!よかったです!トキヤくん!」
「ありがとうございます」
「本当に、本当に素敵でしたもんね!トキヤくんの気持ちがいっぱいいっぱい詰まってました!」
「…伝わったのですか?私の想いが」
「はいっ!歌が大好きなんだってひしひしと感じました!」
「…あれは一応ラブソングなんですが…まぁいいでしょう」
どの道禁止ですから、とぼそりと呟いたトキヤくんの言葉は私には小さくて聞き取れなかったけど、とにかく今は彼の道がまた拓けたことが嬉しい。せっかく同じクラスになったのだから、また離れてしまうのは正直なところ寂しくはあるけど。ここは夢を叶えるための場所。そんな我儘は邪魔になるだけだ。
私も負けません!、と笑うと彼も微笑み返してくれた。
「あら?綾奈ちゃんもしかしてまだ候補もいないのかしらぁ?」
「えっ!?い、いやぁ…その…」
「もうっ!せっかくの合宿だったのに!声もたくさん掛けられたんでしょう?」
「あ…はい。でも全部お断りしました…」
全部!?、と驚く月宮先生に私は肩を縮こませた。
卒業オーディションでのペア。その申請の用紙を提出しなければいけないのは私にだって分かってる。けれど私は中々それを出せずにいた。合宿で声をかけてくれた人はトータルで両手を優に超える数だった。だけど、どれもどうしても高原綾奈でないといけない理由がなかったのだ。だから保留にすることなく、その場で断った。そうしていると合宿が終わった今も、合宿前と変わらない状況のままということになってしまったのだ。
「なるほどねぇ…。今年は波乱の卒業オーディションになりそうだわ…」
「…七海ちゃんですか?」
「えぇ。あの子も5人から希望がある状態だもの。かなり悩んでるみたいだし…綾奈ちゃん何か聞いてないの?」
「どうしたらいいのかな、とは言われましたけど…そればっかりは私はアドバイス出来なくて」
う~んそうよね~、と頬に手を当ててため息をつく月宮先生にめちゃくちゃ申し訳なくなった。問題児ですみません。
「慎重なのは良いことだけど、臆病になり過ぎちゃダメよ?あなたの場合、もっと自分から求めることが大事だわ」
「う…はい、そうですよね…」
「この合宿で生徒数も減っちゃったしねぇ。あんまりグズグズしてると卒業オーディション、失格になるわよ」
「…はい」
そう。あの合宿で生徒数が減った。この学園は恋愛禁止。にも関わらず、夏は人を大胆にさせてしまうようで、そういう現場を発見された生徒が根こそぎ退学になったのだ。
私も一人部屋になってしまった。合宿のコテージでも帰りが遅いなとは思っていたけど、まさか一番の御法度を犯すなんて。話し相手がいなくなってしまって普通に寂しい…。
「…あぁ、そういえばまだでしたね」
「えっ!?綾奈ちゃん一ノ瀬さんがペアで、わ、わたしを選ぶことを知ってたの…!?」
「え?いや知らないけど…そうするだろうなと思ってただけです」
「えええ…!」
本当にどうしたらいいの…、とへにょへにょに落ち込む七海ちゃん。夜、寮の部屋の扉がノックされたので誰かと思えば泣きそうな表情を浮かべた彼女がいた。そしてトキヤくんも彼女をペア希望で出したことを知らされた。一十木くんに聖川くんになっちゃん、そして翔くん神宮寺くん。錚々たるメンバーだ。でもやっぱり、という気持ちの方が強い。七海ちゃんの曲には、歌い手が心から歌いたいと思わせる、そういう力があるのだから。
広くなった部屋に招き入れてホットチョコレートを作って渡してあげると、甘い匂いと温かさにホッとしたように彼女は一口のどを鳴らした。そしてポツリポツリと悩みを口にし始めた。みんなからの希望はとても嬉しいけど正直どうしたらいいかわからない、トキヤくんに歌ってもらえれば夢が叶うこと、でもそれで本当にいいのかということ。
自分に精一杯の彼女は、何故トキヤくんに歌ってもらえたら夢が叶うか、ということに質問しない私に気付かないでいた。…うん、そうだよね。七海ちゃんを音楽の世界に導いた人だもんね。
特になにを言えるわけでもない私は、ただゆっくりと彼女の背中を撫でた。
「…綾奈ちゃんはペアの方は見つかりましたか?この前はまだって言ってたけど…」
「あー…はは…。芳しくないですねぇ」
「そっか…。難しいよね…」
二人してズーンと落ち込む私達に今すぐ渋谷ちゃんを派遣してほしい、なんて内心思っていると、ポツリと隣で発した七海ちゃんの言葉に私は自分の感情が一気に冷めていくのを感じた。
「…綾奈ちゃんとペアを組もうかなぁ、なんて」
「…それはどうして?」
「え…?あ、綾奈ちゃんもペアが決まってないなら悩んでる人同士が組んだ方がいいかと思、」
「それは」
「綾奈ちゃん…?」
「私を、そして七海ちゃんを選んだ彼等を愚弄することになります。君の口からそんな言葉は、…聞きたくありません」
「えっ…あ…」
自分の失言に気付いたのか、顔を青ざめさせる七海ちゃんにいつもなら気遣う言葉を投げ掛けるが今の私にはそれが出来ない。悪いけど今日は帰ってほしい、と呟いた私に彼女は何度も謝りながら部屋を飛び出して行った。
七海ちゃんだけにはその言葉を言って欲しくなかった。それなら選ばれない方がずっと幸せだった。
ボフッと枕に顔を埋めるとそれは少し湿り気を帯びた。
「ねぇ高原。…七海となにかあったの?」
「え…あ、ごめんなさい。気を遣わせてしまって」
「本当に何かあったんだ…。昨日から高原は一人で行動してたから変だなって思ってたんだ。…それに高原全然笑わないし」
ペア申し込み締め切りまでもう日がない。そんな焦りもあって私は七海ちゃんを避ける日が続いていた。視線は感じるし、時折勇気を出して話しかけようとしてくれるのも感じているけど、どうしても切り替えられなくて態と席を立ったりしていた。普段ずっと渋谷ちゃんと3人で行動していたから誰が見ても何かあったのは明白だ。それを分かっていて聞いてくるところが一十木くんの良いところでもある。人が出来ないことをする、自分で道を切り開く彼らしい。
「一十木くんもたくさん悩む時期なのにごめんなさい。心配してくれてありがとうございます」
「そんなのいいから!…高原の笑顔を見られなくなることの方が、不安になる」
「一十木くん…」
「…ね!これから時間ある?」
「え?」
ちょっと外でよ!、と私の腕を掴んで教室を出る一十木くん。放課後だし予定も特に無かったから大丈夫とはいえ、急な展開にあわあわと足をもつれさせながら彼の後に続く。そして、ここでいっか!、と足を止めた彼に習って足を止め呼吸を整える。連れて来られたのは少し小高い場所にある丘の一本の木の下だった。日差しはあるけど、木陰になっているからここは案外涼しい。
ここはお気に入りで良くギター片手に歌ったりもしている場所らしい。そういえば今日もギターを持っている。思わずジッとギターを眺めていると彼は優しい声色を発した。歌おう、と。
「元気がない時は歌だよ。そして、元気をあげる。俺はそうやって誰かに力をあげられるアイドルになりたいから」
「…一十木くんにはいつも元気をもらってます。太陽みたいな、眩しくてキラキラした」
「もっともーっと!、だよ。…その涙だっていつか乾いて、また心に雨が降ったとしても…太陽は無くならない。そしたらあとは虹になるだけだ。その時、高原はきっとまた笑える」
辛い時はいつでも包んであげる。そう優しく微笑む一十木くんに涙はポロポロと溢れて。トキヤくんが私に泣き虫だというのも頷ける。このところ私の涙腺は壊れてしまっている。
嗚咽混じりに話す私を一十木くんは何も言わずに片手で頭を引き寄せた。
自分よがりでいいなら私は七海ちゃんをペア希望で出しただろう。だって私は七海ちゃんの曲を、七海ちゃんがつくる私だけの歌が欲しいと思ったのだから。
けれどそれは出来なかった。彼等が七海ちゃんを選ぶことは分かっていたからだ。真っ直ぐな彼等はきっと誰も引かない。でもそうしたら七海ちゃんは?今だって充分悩んでるのにそこに私が入ってしまったら?…困らせるに決まってる。重荷になってしまう。それだけは嫌だった。私は、私が幸せになりたいのではなく、私が大好きな人が幸せな姿を見たい。
だからこそ、逃げ道として私をペアに選ぼうかなと考えられてしまったことが酷く悔しかったのだ。七海ちゃんは何も悪くない。彼女に曲を作りたいと思わせる力が無かっただけなのだから。
「…そっか、それで距離を置いてるんだ」
「私が勝手に逃げてるだけです…歳上のくせに、情けない…」
「情けなくなんかないよ。…高原は本当に優しいね。それだけ傷付いてるのに七海のことを絶対悪くは言わないんだもん」
「違います…ただ、弱いだけです。嫌われるのが怖いだけなんです」
「俺たちが高原のこと大好きな気持ち、伝わってないってこと…?」
「違う!…違いますっ…!充分、本当に私にはもったいないぐらい大事にしてもらえてると思ってます。でも、嫌う時なんて一瞬。ほんの、些細なことがその糸を断ち切ってしまう」
それがいつなのか、それを考えると踏み込めない。ぎゅっと拳を握った私に、一十木くんは優しくその手を解くようにして手を握った。あたたかい、大きな手。
そして彼は言い切った。自分が高原綾奈を嫌うことは永遠にないと。
永遠。
そんなの、酷く不確定なものだ。そんなものを信じろだなんて。
でも、どうしてなんだろう。
彼の目を見ているとそれを信じたくなってしまう。
「一十木くんは狡いです…そんな風に言われたら…何もいえなくなっちゃいます」
「へへっ!だから、ね!信じて、俺を。俺はずっと、近くで高原の笑顔を見ていたい!」
「一十木、く…」
「ほら、笑って?」
私の涙を拭いながら真っ直ぐな瞳で真っ直ぐな想いを伝えてくれる一十木くん。
私は昨日ぶりの、決して綺麗とは言えない特に不細工な笑顔を零した。
私は本当に、この学園で彼らに救われてばかりだ。
20190812
