第1章:早乙女学園
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「ちょっと顔貸しなさいよ」
第22話
なんて、ちょっと物騒な台詞でお呼び出しをいただきました。相手はあの体育祭の日に絡んできた赤髪の彼女。赤髪はちょっと渋谷ちゃんと被ってるなぁなんて私も中々に失礼なことを思いながらその呼び出しに応じた。
夕飯もすんであとはお風呂に入って寝るぐらいの予定しかないし、わざわざ私のコテージに尋ねてきてくれたし邪険には出来ない。…そういえば私と同室の彼女はどこに行ったのだろう。
まぁいないなら暑いしちょうどいい、と私は彼女をコテージ内に招き入れた。私なりの気遣いのつもりだったのだけど、こいつ正気か?、みたいな目で見られたのは解せません。
「それで、どうされたんですか?嫌いな相手のところにわざわざいらっしゃるなんて…」
「…アンタの思惑を暴きに来たのよ。高原綾奈」
「思惑、ですか。それが私のことを邪険にしてくることに繋がる訳ですね」
「まぁそうね。それで?アンタは男漁りに来たってことで良かったかしら?」
「そこだけは断固否定です」
そんなことで入学出来る場所じゃないでしょう、と繋げると彼女は考えるように黙り込んだ。私のことを嫌いだという割には勧めたお茶にも何も言うことなく口をつけたし、棘のある言い方はするものの気になるほどではないし。この子は一体なんなんだ、と考えたところではたと気付く。私、まだ彼女の名前も知らない。
「すみません、君のお名前存じあげなくて。高原綾奈です。お名前教えてくれませんか?」
「…」
「…あー…名乗るのもお嫌ですか」
「…雅、麗華よ」
「雅…?」
「そうよ。アタシはアンタがペアを組んだ雅綾人の従姉妹」
「ほわぁ…」
なんと彼女は雅くんの従姉妹さんだと。驚く私を余所に彼女は、だから聞いているのよ、と私を睨んだ。なんでも、彼女は私と雅くんの曲を聴いて素直に良い曲だと思ってくれたのだとか。雅くんのことも勿論知っているから、彼の曲を聴けて嬉しかったと。
「…悔しいけど、アタシには出来ないことだから綾人の曲を歌えるアンタが妬ましかった」
「麗華さんはアイドルコースではないんですか?」
「…そうよ。アタシは綾人に作曲を教えてもらったのだもの。作曲の方法を知っていても、歌い方を…人の心に響かせる歌い方は知らない」
本当に悔しそうに自身の手を握る麗華さんに、私は頭の中でピースがピタリとはまるのを感じた。そうか、つまり彼女は雅くんに特別な思いを抱えていて、それでいて雅くんのペアだった私が他の男性…まぁ私にとっては友達だけど、その人達と仲良くやっているから気に入らないと。なんだ、この人は、とっても優しい子。
「…不快な思いをさせてしまってごめんなさい。でも、これは言わせてください」
「…なによ」
「私は雅くんの曲が好きです。この学園に来てよかった。私は彼のおかげで今ここにいられる。彼が諦めないからここにいられるんです」
「っ…!」
「そして、すぐには無理でもまたいつか必ず彼の曲を歌いたい。その為にも私はアイドルになることを諦めません」
私と雅くんが諦めない限り夢は続くから、そう続けると麗華さんの瞳に涙が溜まる。よかった、雅くんは近くにも支えてくれる人がいる。ニコリと微笑むと彼女は気まずそうに体育祭でのことを謝罪した。気にしないでくださいと笑えば、小さくだけど彼女は初めて私に笑顔を見せてくれた。
もう飛び道具も御免です、と笑うとあれは彼女の執事が行ったことだと話してくれた。執事…つまり彼女は良いところのお嬢様であり、従兄弟である雅くんもそうなのだろう。なんだか周りにお金持ちが多いなぁなんて呑気に思った。
「あ、そういえば麗華さんはもうパートナーは決まってるんですか?」
「いえ、まだよ。…綾人のことが気掛かりだったし」
「そうですか。じゃあお互いこれからですね。頑張りましょうね」
扉の前で見送りがてら聞いてみれば彼女もまだパートナーは決めていないそうだが、彼女の師匠は雅くんな訳だしきっと良い曲を作るのだろう。引く手数多なはずだ。
アンタも精々頑張りなさいよ、と言い残して彼女は去っていった。うーん、彼女はツンデレ属性なのだなと合点がいった私は少し笑ってしまった。周りが素直な人だらけだったからそういうタイプもいることを忘れていた。μ'sのメンバーにもそんなまさに赤髪の作曲家がいたのにね。
「…あ、トキヤくん。おはようございます!早いですね」
「おはようございます。ここでは朝日を浴びるのが日課になりました」
「…」
「なにか?」
「…いいえ。なんだかスッキリした様子に見えたので。ゆっくり眠れたのかなぁって」
合宿もあっという間に時間は経ち、今日は最終日の朝だ。この綺麗な海ともお別れか、なんて思いながら海岸沿いを歩いているとトキヤくんの姿が。そして以前よりもスッキリした顔をしているように見えた。きっと、この合宿で彼も何かが変わったのだろう。
ここにいる間はバイトはないのに、きっと悩みすぎて眠れてなかっただろうけど。顔色の良い彼にホッとした。
貴方は鈍いのか鋭いのか分かりませんね、と苦笑した彼はやっぱりこれまでと違った。
「学園に戻ったら皆さんの前で歌う機会を頂こうと思っています」
「わぁ…!本当ですか!トキヤくんの歌、ずっと聴きたいと思ってたんです!」
「っ…えぇ。是非あなたに聴いてもらいたい」
「はい!フフッ!楽しみだなぁっ」
「…ありがとう」
グッと何かを決意するように目を閉じたトキヤくん。ありがとうの意味がどういうことか私には分からないけど、でもそれで良いのだと思う。だって、それで彼は前に進めるのだから。
キラキラと眩しくなっていく朝日に胸がドキドキと高鳴る。あぁ、本当にμ'sのことを思い出させてくれる島だな、ここは。いつもなら人前で歌うことはしないけど気付けば隣にトキヤくんがいるにも関わらず、私の心は音楽を紡いでいた。
愛してるばんざーい!
ここでよかった 私達の今がここにある
愛してるばんざーい!
始まったばかり 明日もよろしくね
まだゴールじゃない
笑ってよ悲しいなら吹き飛ばそうよ
笑えたら変わる景色 晴れ間がのぞく
不安でも幸せへとつながる道が
見えてきたよな青空
時々雨が降るけど水がなくちゃ大変
乾いちゃダメだよ みんなの夢の木よ育て
さぁ!
大好きだばんざーい!
負けない勇気 私たちは今を楽しもう
大好きだばんざーい!
頑張れるから昨日に手を振って
ほら 前向いて
スッと目を開けて余韻に浸る。あぁ最近の状況はまさにこの歌の通りだったなと。そうだね私も、負けない勇気を持たないと。
と、そこでハッとしてトキヤくんの前で歌ってしまったことへの羞恥心が湧いてきた。きゅ、急に歌い出すとか恥ずかしすぎる行為を…!と彼の方を見れずにパニックになっていると、おもむろに腕を引かれてその中へ収まった。その犯人はもちろんトキヤくんで、驚きで変な声をあげた私を更に彼はぎゅっと抱きしめた。
「…私は、本当にあなたの歌が好きです、綾奈。こんなにもっ…心を揺さぶられる…!」
「ト、キヤ、くん」
「以前に聴いた時も…っ今も、綾奈のお陰で自分がどうありたいかを思い出すことができる…。本当に、ありがとうございます…っ」
「っ…!」
涙まじりに想いを伝えてくれる彼に、これ以上ない幸せを感じた。
私の歌は、彼に届いていた。
以前の歌はその時の彼には辛かったかもしれない。聴いていたくなかったかもしれない。でも、それでも、ちゃんと届いていたんだ。
嬉しさで滲む視界と苦しくなる胸に、私も彼の背中に手を回して嬉しさを噛み締めた。
音楽の力は、本当に素晴らしい。
「綾奈は一度泣き出すと止まらないタイプですね」
「そ、んなことないです。よっぽどじゃないと泣きませんし!」
「何度もあなたが泣く姿を見ましたのでそうとは思えませんね」
「…。トキヤくんがよっぽどな嬉しいことを言ってくれたからですよ」
何度も、ね。と心の中で思う。トキヤくんの前で泣いたのはこの前のプールでのことと保健室での2回のはず。ならば彼の性格上"以前"というだろうが、彼は"何度も"といった。それはつまりそれ以上に見ているということ。…まぁそうなるとあとはさっちゃんのゲリラライブの時かなぁと思い至る。が、口にはしない。
「まぁ…私も綾奈の傍は心地いいですね」
「本当ですかっ?私、いつか海だけじゃなくて夜空にもなりたいんです!」
「は?」
「聖川くんとお約束したんですよっ」
私はいつか、一ノ瀬トキヤという色んなものを抱えた一等星をも包み込み、見守れるような、そんな大きな存在になるから、だから、見ていて。
20190811
