第1章:早乙女学園
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「うわぁ…っ!すごい…!」
第21話
やってきました、夏合宿!学園長のプライベートビーチとのことだったけど、これが本当に綺麗な場所で海が透き通っているのに青い…!早く近くで見たい!、というソワソワした気持ちで月宮先生達からこの合宿の注意事項を聞いて解散。恋愛は禁止。うん、大丈夫です。
周りはパートナーに誰を指名したいだとかで黄色い声が聞こえるが、今の私にはとにかく海だ。その為にはとりあえずコテージに荷物を置きにいかなければならない。逸る気持ちを抑えて私の充てがわれた部屋へ向かった。水着に着替えて早速海の近くにいこう!
「ハァ~ずっと見ていられるなぁ…!」
今回も白地にボタニカルの花があしらわれた水着を身につけ、少しだけ水に足をつけながら海を堪能する。いつだったか、メンバーに海のようだと言われたことがあったなぁ。包み込んでくれるような何でも受け入れてくれそうな雰囲気がある、とそう言ってくれたのだ。そしてそれは先日、私の歌を七海ちゃんもそう表現してくれた。私は何も変わっていないんだ、と少しいい意味で嬉しかったのを覚えている。
まだ日は高いしどこかで座って海を堪能しようかな、と辺りを見回すとデッキチェアでリゾートを満喫する先生方の姿。そして何故かその隣に女の子たちを侍らせた神宮寺くんも。相変わらずすごいなぁ。
神宮寺くんはともかく、学園長に改めてお礼を言いに行こうと足を動かした。
「失礼します、学園長。少しお時間よろしいですか?」
「ン~!Ms.高原じゃアリマセンか~!どうしましたッカ!」
「改めてお礼を伝えたくて。本当に素敵な海が見られてすごく感動してます。ありがとうございます」
「お礼なんてノンノンノンよ~っ!Youもこの島で最高のパートナーを見つけちゃってクーださい!」
「フフッ!はい!頑張ります」
ふんどし姿の学園長に少し目のやり場に困るが、お詫びにお礼なんて必要ない、と仰られたことで自然と顔が綻ぶ。私、本当に今いい環境にいられてるんだなぁ。パートナー探しは前途多難ではあるけど。
するとその横で日光浴をしている日向先生ときちんと日焼け対策を行なっている月宮先生が話に入ってきて賑やかになった。あのプールの事件は肝が冷えた、と冷や汗を垂らしながら話す先生に私も苦笑を返すが、もう既に笑い話だ。わざわざお詫びだってしていただいたし。
そうして他愛ない会話をしていると、そういえば、と月宮先生が口を開いた。
「綾奈ちゃんはパートナーの目星はついてるの?」
「あ、いえ。まだ全然です」
「あら!そうなの~!?ここだけの話、綾奈ちゃんを指名しようかって声、結構あるのよね~!」
「あぁ、Sクラスの連中にも何名かいたな。交流はなさそうだったからこの合宿で声かけられるかもな」
「ええっ!?そうなんですか!?や、やっぱこの前μ'sの曲を歌ったのはミスだったかな…」
先生達曰く、なんと私をパートナーにしたいという声を何件か聞いているのだそう。まだ確定ではないらしいけど。
七海ちゃんに頼まれて歌ったあの日。まさか校内放送されていたとはつゆ知らずだった為、自分がμ'sのメンバーであった事を示唆するような発言をしてから歌ってしまった。アイドルを目指す人が通う学園だ。スクールアイドル事情にも明るい人がいたっておかしくない。もちろん、私を選んでくれることは光栄だし嬉しいんだけど…やっぱりそれがきっかけかもしれないと思うとモヤモヤする部分もある。
「ま!それを見極める為のこの合宿よん!思いつめ過ぎず、でも真っ直ぐに!向き合いなさいね!」
「お前の才能は俺たちも認めてる。それだけにパートナーとの相性が悪くて潰れちまうとしたら残念だしな。ま、頑張れよ」
「わ…!あ、ありがとうございます…!先生方の言葉は魔法みたいですねっ…!」
「フフッ!ま、先生だけど本業はアイドルだからねっ!」
「ファンを笑顔にすんのが俺らの仕事だ」
「…!はい!私もそう思います!頑張ります!」
それじゃ失礼します!、と頭を下げて先生方に背を向ける。日向先生が仰っていた言葉はμ'sのあの子が私に教えてくれた言葉だ。初めて聞いた時、なんて難しいことだろうと思った。だけど同時に、それが出来たらどんなに素敵だろうと、そう思った。現役のトップアイドルがそう言うのだからその言葉に間違いはない。
私も頑張らなければ、と歩き出そうとすると、先生方の隣のデッキチェアで過ごしていた神宮寺くんと目があった。サングラス越しの瞳はどこか憂いを含んでいるようにも見える。周りに女の子達がいるが、私と彼は友達な訳だし声をかけないのも嫌だということで笑顔を浮かべて声をかける。それに対して彼も笑顔で手を上げてくれた。
「話、聞こえたよ。まだパートナーは決めてないんだって?」
「はい、まぁ。私、友達に作曲家コースの人ってよく考えたら七海ちゃんしかいないんですよね」
「子羊ちゃんでは不満なのかい?」
「まさか!七海ちゃんの曲を聴いて胸が熱くならなかった事なんてありません。…ただ、困らせたくはないなぁって」
「困らせる?レディの頼みなら喜んで引き受けてくれそうだけど?」
「うーん…なんていうか…。そう言う理由で選ばれるのも寂しいじゃないですか」
お邪魔してごめんなさい、と周りの女の子達に会釈をしてその場を離れる。神宮寺くんに伝えたのは七海ちゃんに対する本音だ。彼女の曲を歌いたい。その気持ちは間違いなくある。…けれど、考えなくったってわかる。あれだけの曲を作り上げる彼女を私以外の人が目をつけない筈がないのだ。そしてそれは、神宮寺くんも分かっているはず。私も中々だけど、きっと七海ちゃんも大変な合宿になるだろうなぁと少し心配しながら、飲み物を調達しに売店へ向かった。
「はぁ…疲れた…」
飲み物を調達しに行ったのはいい。けれど、そこから人見知りにとっての苦行が幕を開けた。高原さんだよね?、と私を私と認識してるのかも怪しい感じで話しかけられたかと思うとパートナーを組まないかと。緊張する中、なんとか何故私なのかと聞き返せば、μ'sっていうスクールアイドルってやつやってたんでしょ?との言葉。それはつまりこれまでの実績があるから、そういう人間と組めば卒業オーディションに受かる可能性が上がると。
それは"私"じゃなくていいものだ。
せっかくですが、とお断りした私に少し苦い顔をした彼は特に食い下がることもなく私の前から去っていった。食い下がるほどの価値はないと言われた気がして勝手にショックを受けた。パートナーって、そういう感じでみんな決めているんだろうか。
私はできれば、この人じゃないと嫌だ、という確固たる気持ちを持って申請をしたい。それこそ雅くんの時のように。
雅くんはあの課題のあと、大きな手術を受けることに決めたらしく、学園長のご厚意で休学という形を取っているのだとか。たまにLINEで連絡は取るが彼の気持ちを刺激するのは良くないと思って控えめに返信するようにしている。私からの発信はどうしても学園のことになってしまうから。
と、まぁそんな感じのやり取りをその後…なんと5人と行ったのだ。そりゃね…疲れるよね、精神的に。
ふぅ、と海岸にやってきて木陰に腰を下ろす。飲み物も随分ぬるくなってしまった。ちょっと休憩したら足つけにいこうかな。
いつのまにか結構な時間が経っていたようで夕日が水平線の向こうに沈もうとしていてとても幻想的で綺麗だ。
「…こんな夕日だったなぁ…終わりにすると決めたあの日も」
みんなで散々悩んで決めた、μ'sを私達だけのものにして終わらせるという選択。そんな決意を海に向かって叫んだ。随分前のことに感じるが、まだ1年も経っていないんだよなぁ。…まぁ、そこから個人的にもたくさん悩んだからその度に海に行ってぼんやりしたりはしてたけど。
ちゃぽ、と足をつけ始めた頃には夕日はほとんど水平線の向こうに消えていた。
「っ高原…!!!」
「、え」
「何をやっている…!?考え直せ!!」
「ひ、聖川くん?ど、どうしたんですか?」
いいからこちらへ来い!、と聖川くんに腕を引っ張られた私は海からあがる。膝下とはいえ、もう暗くなってきている海に人がいたから驚かせてしまったのだろうか。すみません驚かせちゃいましたね、と笑うと、本当に肝が冷えた、と彼は安堵の息を漏らした。
「この濃紺の海にお前が攫われてしまうのではないかと思ったぞ」
「ごめんなさい。自殺しようとした訳ではないですよ。ただ、足をつけるタイミングが遅くなっちゃっただけで」
「…お前は、どこか危ういところがある。四ノ宮のように朗らかだったかと思えば今のように飲み込んでしまうような静けさを持っている」
「他の友達にも言われたことがあります。そして、海のようだね、と」
「あぁ。それは俺にも分かるな」
分かるのかぁ、と少し苦笑を零して海の方に視線をやる。日の落ちたそこは一面が濃紺で、ほかに遮るものがないこの島では空と海が繋がっているようだ。自然と上を向いた視線の先があまりにも凄くて思わず感嘆の声をあげた。
「すごい…!星が降ってくるようですね…!」
「…そうだな。こういった場所でしか見られないものだろうな」
「いま私、この時間の海は空と繋がってるみたいだなって思ったんですけど、そう思うと私は夜空に浮かぶ星をも包み込める存在にも…頑張ればなれるかもしれないですよね」
「あぁ、高原ならきっとなれる。…ならば俺はその夜空で輝く一等星になれるよう精進しよう」
「聖川くん…」
既に私にとっては眩しい存在だ、とはあえて口にせずに閉ざした。夜空を見上げる聖川くんの瞳はとても真っ直ぐで決意に満ちていたから。
それから少し他愛のない話をした。いま聖川くんが着ているパーカーは先日彼に借りて返したものだ。改めてお礼をいうとハッと思い出したかのようにそれを私の肩に羽織らせた。いや確かに今日も水着ではありますけども。もう日も沈んでるのに、とあまりにも今更で思わず声に出して笑ってしまうと、彼は少し気まずげに視線を逸らした。
「そうだ。聖川くんはもうパートナーは決まってますか?」
「…いや。腹は決めているが、まだ相手には伝えていない」
「…そうですか」
いつも落ち着いた雰囲気の彼だけど、そういった時の彼の熱い思いはひしひしと伝わってきたし、それが誰に向いているかもすぐに分かった。うん、そうだよね。きっともう、みんながそうなんだ。
ただ、そこまで想われる存在があまりにも羨ましかった。
20190810
