第1章:早乙女学園
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「それって、なにか関係あるんですか」
第20話
七海ちゃんからのお願いを受けてレコーディングルームで歌ったあの日から少し日が経った。一ノ瀬くんはSクラスから一般のAクラス…つまり私達のクラスメイトとして何でもないという表情で席に着いた。こんな事態はもちろん初めてだから生徒は困惑しているし、色んな噂や陰口を耳にする。とても不快だ。
思い悩んでるのもあるだろうけど、彼は前よりもずっと表情を固くし、そして口数が減ってしまった。私はこのクラスで彼がだれかと会話をしているの見たことがない。…周りもどう声をかけたらいいのか考えあぐねているのだろうというのも分かる。けど、
「おはようございます、一ノ瀬くん。今日も早いですね」
「…おはようございます」
「あ、聖川くんがピアノ弾いてたんですね。…素敵な音色。心が洗われるような、そんな音」
「…えぇ。良い音色ですね」
私は以前と変わらずに声をかける。そして彼はそれを無視することはしないし、きちんと言葉を返してくれる。やっぱり、なにも変わってない。
今日はバラエティ番組を想定した実技がありますね、なんて話しているとパチリとクラスメイトと目があった。そしてこっちに来いと手招きをされた。あまり話す相手じゃないだけに、なんだろう、と一ノ瀬くんに断ってそちらに向かう。どうしました?、と問いかけるとそばにいた2人と目を合わせて口を開いた。
「…お前、一ノ瀬のこと何とも思ってねぇのかよ」
「え?」
「お前ぐらいだろ。そうやってアイツに声かけてんの。申し訳ないとか思わないワケ?」
「Sクラスから落とされてここにいるんだぞ。屈辱以外の何でもないだろ」
「お前、実は一ノ瀬のこと嫌いなの?」
事情知ってたら普通そんな態度できねーだろ。そう言った3人組の言葉に私はグッと拳を握った。彼らは多分純粋に私の行動が疑問なんだろう。一ノ瀬くんに悪意を持ってる訳ではないだろうけど、でもそれを一ノ瀬くんのいるこの場で話す必要はあった?私が一ノ瀬くんと話していたのもあって最初から注目は浴びていた。そしてそれを無理やり呼び出して話しかけた彼等。みんなの視線は私達に置かれているままなのだ。もちろん、一ノ瀬くん自身も。
それって何か関係あるのか。
そう言った私の声には怒気が篭っていた。私の様子と言葉に動揺する彼等を私は睨みつけるように視線を合わせた。
「彼は一ノ瀬トキヤです。Sクラスの一ノ瀬トキヤじゃありません。私は彼がどのクラスであろうと、HAYATOの弟であろうと関係ありません。ただの友人として接しています」
「と、友達なら尚更気にするだろ。おかしいよ、アンタ」
「友達なのに遠巻きにするんですか?そうやって彼を勝手に孤立させないでください。彼の気持ちは彼のものです」
「っ…あいつがダンマリなのが悪いんだろ…!」
「何を言ってるんですか?一ノ瀬くんは無視なんてしたことありません。君たちが話しかけないから話さない。それだけです。彼はいつも、きちんと目を見て話してくれます」
一ノ瀬くんを馬鹿にしないでください。更に怒気を含んでそう言い放てば彼等は言葉に詰まった。あぁもう、本当に苦しい。私にだって彼が今どういう気持ちかだなんて分からない。ただ、分かるのは同情なんて求めていないってことだ。手の感覚が無くなるぐらいギュウッと拳を握る。爪が食い込んで痛い。でも痛いのは一ノ瀬くんだ。話題になってしまうのは仕方がないとは思う。けど、こんなのはあんまりだ。
「…その辺りで結構です」
「…一ノ瀬くん…」
「彼女の言う通りです。同情なんて結構。私のことを気にしている暇があったら自身の事を気にした方が良いのでは?」
「うっ…」
「…ごめんなさい、私も勝手を言いました」
「…いいから。行きますよ」
どこに、と聞く間も無く一ノ瀬くんは私の腕を引いて教室を出た。引っ張るその力があまりにも優しくて、私は彼に気付かれないように少し泣いた。
「保健室…?」
「手を強く握り過ぎです。…ほら、爪が食い込んで血が出ているじゃないですか」
「あ…」
着いた先は保健室。ガラッと扉を開けた先に先生はいなくて、不在だというメモが残されていた。備品を勝手に使うのはどうなんだと思いつつも、テキパキと消毒液やらを準備する一ノ瀬くんをぼうっと眺めていた。手当てしてくれるその手付きも優しくて私は耐えきれずにポロポロと涙を溢れさせた。その事に目を見開いた一ノ瀬くんは、もう少しで終わりますから我慢してください、と傷が痛くて泣いていると思ってくれたようだ。ご丁寧に軽く包帯まで巻いてくれた彼はかちゃかちゃと薬品をしまい出す。無駄のない手当てだった。おかげで全然痛くない。
「…あなたの歌、聴きました」
「え?あ…」
「素直に嫉妬しました。ハートのある歌というものを見せつけられたと」
口を開いた一ノ瀬くんから紡がれる言葉。私の歌を聴いたという彼の心は乱れているように感じた。私は煽るようなことを、と治療してもらったばかりの手をギュッと握る。そんなつもりではなかった。ただ、少しでも元気を与えられたらと。でも結局、受け取った側の気持ちが答えだ。
私は一ノ瀬くんを傷付けた。
その事実があまりにも苦しくて、止まっていたはずの涙がポロリと落ちた。こんなの迷惑でしかない。何も言えない私は泣いてるのを気付かれないように顔を下に向けた。
「…何故泣くんですか」
「泣いてません…」
「…バレバレですよ。…あなたの歌は素晴らしい。確かな煌めきを含んだ声と温かさ、それが今の私には辛かったというだけです」
「っ…私は、何も力になれません…。でも信じることは出来る。友達である一ノ瀬トキヤくんを信じて待つことは出来るんですっ…」
「…ありがとう」
もう泣かなくていいですよ。そう言った彼の表情は柔らかくて、そしてその言葉がある人の歌を彷彿とさせて何故か私はそこで悟ってしまった。あぁ、そうか。彼は…。
私の涙を拭ってくれる温かい手に思わず頬をすり寄せた。ピクリと反応した彼は少し息を飲んでから小さく息を吐いた。
「気を許されているのは嬉しいですが、警戒心を持ってください。先日も言いましたよね」
「…そういえばプールの時も…。でもお友達を警戒するなんて嫌です。悲しいです」
「全く…。あなたは目が離せませんね、綾奈」
「な、名前…」
「何か問題でも?お友達、なのでしょう」
「、うんっ…嬉しい。嬉しいです、トキヤくん」
嬉しくてまたポロリと溢れた涙をまた拭ってくれた彼は、この数日では見たことのない柔らかい笑顔を浮かべた。 大変な時である彼に逆に慰められてしまったけれど、発覚したこともあった。私はそれを陰ながら支えて、そして応援していきたいと思う。彼のバイトは、想像以上に大変なものだ。
「夏合宿?」
「え!ウッソ!綾奈も知らなかったの!?この学園では毎年恒例なのよ!」
「も、てことは…もしかして七海ちゃんも?」
「あはは…。行事まではきちんと把握してなくて…」
「ですよねぇ」
天然かましてるんじゃないわよ2人とも!、とプンスカ怒る渋谷ちゃん。掲示板に貼られた学園長からの通達には夏の合宿を行う旨が書かれていた。
ホームルームでの月宮先生の話によると、今年はなんと南のリゾートアイランドでの開催なのだとか。まさに南国の島。そして、海。そこまで考えて学園長が私との約束…というかお詫びをその地にしてくれたのだと理解した。なんでも学園長の私有地なのだとか。久しぶりの海がそんな素敵なところだなんて今から胸が踊る。が、そうも言ってられない。
この夏合宿は卒業オーディションのパートナー候補を探すという名目のものらしい。既に目星をつけている人もたくさんいるらしく、全く見当をつけていない私は内心1人焦る。目の前のことに精一杯すぎてそこまで考える余裕が無かったのだ。
「困ったな…」
教室でのあの一件があってからどことなくクラスメイトも私に対して余所余所しい気がする。別に無視されるとかそういう訳ではないからあんまり気にしていなかったけど。きっとトキヤくん同様、私のことも噂になっているだろう。そんな人間にパートナー希望出す人がいるか…?さすがにちょっと不安になってきて小さくため息を吐いた。
20190805
