第1章:早乙女学園
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「お詫び、ですか」
第19話
プールの件があってから程なくして、私は何故か学園長に呼び出されていた。な、なにかしてしまっただろうか、もしかしてμ'sであったことがやっぱり色々引っかかって退学にしますとか…!?頭の中でぐるぐると嫌なことばかりを想像してきてみれば、その内容は意外なものだった。
「ザッツラーイ!先日のプールでの一件はミーも反省したのデース」
「は、反省だなんてそんな…!学園長が仰る通り、デビューすればバラエティなんかではあり得る状況でしたし…!」
「…とはいえ、命にも関わることだ。すまなかった」
「えっ…!?あ、いや、本当に大丈夫ですので…」
先日のプールの件でのお詫びをする、と申し出てくれた学園長に大丈夫だと断ればいつもと声色の違う真剣な様子で謝罪をされてしまい、私は息を飲んだ。そこまで言われて遠慮するのも良くない。お詫びお詫び…、と少し考えて口を開いた。
「…あの、海がみたいです」
「海ですカー?何故ッ!」
「…私にとって海には大事な思い入れがあって…でもこの辺りに海はないから見たくなっちゃって」
「…ミーは構いませんがプール同様に海も水辺ですヨー?怖くはないのですカッ!」
「フフッ御心配ありがとうございます。はい、海は大好きなんです」
μ'sにとって海は特別な場所だ。なんだか急に海に行きたくなった。この学園は敷地は広いし湖もあるけど、海はさすがに見えない。こんなお願いでもいいのかな、と学園長に視線を送れば彼は少し考える素ぶりを見せたあと体で大きく丸を表現した。
「えっ一ノ瀬くんが…!?」
「…あぁ、Sクラスから一般クラスに移動させられる」
「歌にハートがない、か。一ノ瀬もかなり堪えているだろうな…」
「一ノ瀬くんの歌にハートがない…?」
お昼休み。今日もみんなで食事を取ろうと集まると翔くんから知らされた言葉。課題曲で見事に完璧な歌を披露したらしいが、その曲にはハートがないと日向先生に言われたらしい。それも入学してからずっと言われていた事なのだとか。…正直、私は一ノ瀬くんの歌を聴いたことがないけど、本当に、そうなのだろうか。あんなに真面目でストイックで、そして優しい彼の歌にハートがない…。私には俄かに信じがたい事だった。
最近は雨の日も多く、あまりランニングに行けてないが、それでもランニングに出た日には必ずと言っていいほど彼の姿を見つけた。それはランニング中だったり、バイト帰りだったり。何のバイトをしてるかは聞いたことはないけど、あれだけ遅い時間にまで頑張っているのだから相当の理由があるのだろう。何より、学園での課題と自主練、バイト。そんなに大変な場所に身を置きながらそれでもこの学園にいるのなら彼の歌に対する愛は本物のはずだ。
もちろん気にかかる。けど、多分いまの私には彼を傷つけることしか出来ない。きっと何も、届かない。だけど、本当にそれでいいのだろうか?大切な友達が辛い状況に身を置いてるというのに。
「綾奈ちゃん、お願いがあるんです」
「七海ちゃん?どうしましたか?」
「…歌を、歌ってくれませんか」
思い詰めたような表情を浮かべる彼女に何事かと胸がざわつく。作曲に関してはもう申し分なく、今月の作曲家コースではダントツ1位の成績を修めている。そうなると…自分のことではないのだろうか。でも私に"歌"を求めてくる…ということは。
なんとなく誰の為にそんな表情をしているのかを察して、私で良ければ、とコクリと頷いた。
放課後。早速レコーディングルームにやってきた私達はあまり多くを話さずに淡々と準備をしていく。曲選に関しては任された。そして私も迷いに迷ったが1曲に目をつけた時にこれしかないとその音源を手にした。
「…綾奈ちゃん、お願いします」
「…はい。この曲は私にとって大事な曲です。少しの勇気を持って集まったメンバーが、その勇気をみんなにも持って欲しいと。そういう願いが込められています」
コクリ、と頷いた七海ちゃんに音源を流すように指示をしてスッと目を閉じた。
熱い熱い期待の中で僕たちは喜びを歌おう
同じ想い感じてみてよ
限られた時間を楽しもうよ
もう止められない 情熱の勝ちだね
悔やむより走り続けよう
不意に見た空 こんなにも青いよ
大丈夫 諦めないで走るんだ
そう…あの日夢見たのはみんなの笑顔
君の笑顔さ だから笑ってよ
そう…あの日同じ夢を描いたんだ
輝く 瞳は 明日を信じてた
μ'sのみんなで初めてステージに上がった日にみた観客の笑顔。あれにどれほど心震えたか。人を笑顔にする力を持つ、アイドルってなんて尊い存在なんだろうか。そうして私はスクールアイドル活動にのめり込んで行った。今でもあの時のことは忘れられない。
「…私はこの学園に来れて良かったです。諦めないこと、そしてそこにあるものを大事にすること、既にたくさんのことを学びました。だから、君もこの学園でたくさん学んでください。ここはそういう場所なんですから」
「綾奈ちゃん…っ」
ブースの外に視線をやれば七海ちゃんは泣いていて。でも笑顔を浮かべてくれたから私も鏡のように返す。するとガチャリとレコーディングルームの扉が開いて「こーら!あなた達~!」と月宮先生が入ってきた。え、なんか怒ってる…?もしかして使用許可得てなかったり…?
「もう!ステキな歌だったけど校内に流すのはダメよ~!」
「え、ええっ!?な、七海ちゃんどういう…!?」
「す、すみませんっ。ど、どうしても綾奈ちゃんの歌を聴いて欲しい方がいて…!」
「…ワケありそうだけど、もうしちゃだめよ?みんなビックリしちゃうでしょ」
でも!本当にいい歌だったわ~!、とお褒めの言葉を頂いた。それは嬉しいけど…校内放送されていたのは恥ずかしすぎる…。しかもμ'sの曲を歌ってしまったから知ってる人からしたら私がそうであることに結び付いてしまうかもしれない。何も起こりませんように、と少し願ってしまった。
とはいえ、七海ちゃんの為になったならそれで良いのだけど。
「綾奈ちゃん、本当にありがとう。綾奈ちゃんの歌は包み込んでくれる優しさがあって、何より勇気をもらえるんです。だから綾奈ちゃんにお願いしたかったんです」
「…一ノ瀬くんの為に?」
「えっ!あ、あの…うん。利用するみたいになっちゃってごめんなさい」
「ううん。私の歌が誰かの力になるならそれほど嬉しいことはないから」
そう言ってもらえて嬉しいです、と笑うと、青春ね~!、と月宮先生は笑った。そのあと、もう一度今後はこんなことはないようにとの注意を受けて私達はレコーディングルームを後にした。七海ちゃんが届けたかった相手…一ノ瀬くんに私の歌は届いただろうか。
雨模様だった天気は、いつの間にか雲間から青い空と眩しい太陽が覗いていた。
20190804
