第1章:早乙女学園
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「春歌!大丈夫!?」
「う、うん。わたしは大丈夫。でも綾奈ちゃんが…っ」
「…大丈夫なんでしょうね、あの子」
「運動神経いい事は知ってるだろうって言ってくれたけど…」
「まぁ確かに…」
第18話
のっけから大ピンチです、高原綾奈。プールの飛び込み台。なんて高さ。足が震えるどころか、もう竦んで動けない。
さぁズバッと飛び込んじゃってくだサーイ!、と高らかに笑う学園長にゴクリと喉を鳴らす。一応水深はかなり深くしてくれたらしい。下から翔くんの慌てる声が聞こえる。多分、他のみんなだってもう足はついてない深さのはずだ。
一応学園長的には飛び込んだ私を先に捕まえたクラスが勝ちということにしたいらしい。まぁこの高さから飛び込むからね。まぁまぁ水底まで行くしね。
命綱もなにもないこの状況。冷や汗がダラリと垂れる。こわい。
「ン~?Ms.高原、出来ませんカー?」
「えっあ、いえ、行きます行きますっ…!」
「じゃ!ズズイと行ってらっシャーイ!」
「っ…!?」
「「「高原(綾奈)!!!!」」」
ブワッと内臓が浮いた。ドンっと学園長に背中を押された私は呆気なくプールへと落ちていく。せめて落ちるタイミングは自分で測らせて欲しかったです学園長。あ、ダメだダメだ気をしっかり持っ、
バシャーン!、と音を立ててプールの底へと沈んでいく体。意識はあるのに、動けない。そりゃそうだ。落ちる直前まであの高さに足がすくんだままだったのだから。
プールの中はびっくりするぐらい静かで、深くて、
なんて、暗い。
「…ちょ、ちょっと、綾奈上がってこなくない…?」
「視界が悪いから皆さんもまだ潜られてませんが…。綾奈ちゃんっ…」
「くそっ…!高原!どこだ!」
「ゴーグルもない状態では中の様子がわからん…っ」
「綾奈の奴、泳げるんじゃなかったのかよっ…!」
「…少し波が落ち着いてきましたね。潜れる方は行きましょう」
「レディ…!ここで終わりにはさせないよ…っ」
「僕、上からロープを投げ込みますから水中でそれを握ってください!引き上げます!」
トキヤの言葉に音也・翔・レンの4名が水面から消えた。那月と真斗は重りをつけたロープを急いで確保し、プールに投げ入れた。他のクラスメイトは顔を青褪めさせて動けずにいた。
あぁ、段々呼吸が辛くなってきた。みんなは助けに来てくれるのかな。
全然浮かぶ様子を見せずに沈んでいく体に、私は早乙女学園の設備の大きさに感心していた。このまま沈んだままになったらどうしようかな。さすがに呼吸も出来ないし水面にいく体力も持たないかもしれない。残念なことに体もまだ動かない。
あれ…もしかして私やばいのでは…?水死体はやだな…ぶくぶくに膨らんじゃうんだよね確か…。それに早乙女学園から死者が出たなんてニュースになったら未来のアイドルを養成する場所が無くなっちゃう…。それはやだな。こんなに素敵な学園なのに。
そこまで考えたところで呼吸の出来ない私の意識は遠退いた。
「…っ高原!高原!お願いだから目を開けて!」
「綾奈ちゃっ…!わ、わたしなんかの為にごめんなさい…!死なないでください…!」
ポタリ、と頬に何かが当たった。…この声は一十木くんと、七海ちゃん?泣いてる…?泣かないで、大事な人達。君たちには笑っていてほしい。
「ゴホッ!…ッゲホッゲホゲホ!」
「高原っ!!」
「…いっとき、く…。みんなも…アハハ…やっぱり助けてくれた…」
「…私達のことは分かりますね?何が起こったのかも理解してますか」
「…はい。飛び込み…ましたね、私」
助けてくれてありがとうございます、とみんなに向かって笑うと、一番近くにいた一十木くんにぎゅっと抱きしめられた。驚いたけど、その体は震えていてたくさん心配してくれたのだと察した。大丈夫だよ、と伝えるように彼の背中をポンポンと撫でてやる。すると彼は更に腕に力を込めてきたので思わず苦笑を漏らす。
一十木くんの背中越しに合ったみんなとの視線に、ゆるりと微笑むことで無事であることを伝える。七海ちゃんに渋谷ちゃん、なっちゃんは泣いてしまっていてとても申し訳ない気持ちになった。一ノ瀬くんに翔くん、聖川くんに神宮寺くんの表情も重く、そんな顔をさせたかった訳じゃないのに、と少し自分の行動を悔いた。
「…さすがに今回のは許せない」
「一十木くん?」
「学園長!!!高原に何かあったらどうするつもりだったんだよ!!!」
「…この学園には優秀な医療チームがありマース。よってMs.高原を易々と見殺しにするつもりなんてありまセーン」
「そういうことじゃないだろっ…!!!!」
「い、一十木くん落ち着いてください。私が不甲斐ないばっかりに引き起こしたことなので学園長は、」
「関係ないって?死にそうになったのに?」
「え…あ、あの、」
「高原を失うかもしれないって思うと血の気が引いた。大事な子を目の前で…っそんなの…耐えられないっ…」
さっきよりも強い力で抱きしめる一十木くんに事の重大さを突きつけられた。明るくて太陽みたいな一十木くんが学園長に向かって、あんな言い方までして。
心配をかけてしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、なのに私はこんなにも大事にしてもらえてることが嬉しくて堪らない。ボロボロと溢れ出した涙をそのままに、一十木くんに抱きついてしばらくの間泣いた。
「…本当に、心配しました。綾奈ちゃんがこのまま目を覚まさなかったらって…」
「なっちゃん、ごめんね。たくさん心配してくれてありがとうございます。私は、ちゃんとここにいますよ」
「レディ…もうあんな無茶はしないでくれ。キミがあんな目にあうぐらいなら喜んでオレは罰を受けるよ」
「そんな…今回はちょっと運が悪かっただけです。神宮寺くんが罰を受けることなんて何もないんですよ」
「…綾奈は本当にマジでいつも人のことばっかだ。もっと自分を大事にしろよ。犠牲にすんな」
「そんなつもりは…。結局は私がそうしたくてしてるんです。でも、心配かけてごめんね。ありがとう、翔くん」
「己の不甲斐なさを呪った。水に沈んでいくお前を助けにいく力もない己が心底嫌になる」
「人には得意不得意があるじゃないですか。それに、上からロープで引き上げてくださったんですよね。それが無かったらって思うと怖いです」
「七海さんを庇うためとはいえ、褒められたことではありません。あの高さに立って恐れないはずがないでしょう」
「…でも私、きっと同じことが起きたら同じことをしちゃいます。大好きなみんなが苦しむぐらいなら私が代わりになります」
しばらくしてようやく落ち着いた私にみんなは次々と言葉を投げてくる。心配かけてごめんなさい、そしてありがとう。
でも反省はするけど後悔はしていない。あんな想いを、もし七海ちゃんがしていたらと思うと…耐えられない。身代わりになれてよかった。こうして生きている訳だし。
私の考えが伝わってしまっているのか、みんなは苦い顔をした。それに苦笑を零して少し俯くと、濡れた髪からポタリと雫が落ちた。聖川くんに借りていたパーカーもびしょ濡れだ。と思っているとバッと体を抱き込まれた。誰だ、と驚いているとさっきの一十木くんよりずっと華奢で、すぐに誰だか分かった。ヒクヒクと鼻をすする背中をそっと撫でてやる。
「綾奈ちゃっ…ごめんなさいっ…ごめんなさいわたしなんかのせいでっ…」
「…いいえ。確かにすごい体験をしちゃいましたけど、どうってことないです。私はタフですから」
「わたしがっ…もっとしっかりしていたら綾奈ちゃんは…こんなことになっていなかったのにっ…」
「これだけで済んだ、ですよ。お言葉だけどきっと七海ちゃんじゃもっと危険な状態だったと思う。私は君が無事であることの方が嬉しいですよ」
気に病まないで、と頭を撫でてやったが七海ちゃんは更にワンワンと泣き出した。困った。泣かせたかった訳じゃないのに。未来の作曲家だ。大事にしたい。
この前のレコーディングテストの彼女が作った一十木くんの曲は本当に素晴らしかった。結果の1位にもとても納得のいく仕上がりだった。けどそれは2人がこうして私なんかの為に怒って、そして泣いてくれる優しい子だからだ。それが曲にも現れた。私は彼女達と友達であると同時に、そんな存在を失いたくないだけなんだ。
「高原。寮まで送ってく」
「え?あ、いやいや、大丈夫ですよ。本当に体はなんでもないですし」
「…お願い。俺が心配なんだ」
「一十木くん…」
やっと事態も収束して放課後。浮かない表情を浮かべた一十木くんは私を送ると申し出てくれた。私なんかよりも七海ちゃんを、と言いたいところだが彼の表情にその言葉は飲み込んだ。
それじゃあお願いします、と返した私に彼はソッと私の手を壊れ物を扱うかのように手に取り、寮へ送るべく歩き出した。終始暗い表情を浮かべ、何も話さない一十木くんに心が痛む。私はこんなにも傷つけてしまったのか。
引っ張られるような形で歩いていた私は足を止め、そして一十木くんも同じように足を止めた。中庭のこの場には風が揺らす葉の音しか聞こえない。
「…私、高いところがダメなんです」
「、え…」
「七海ちゃんにかっこつけておきながらいざあそこに立つと足がすくんじゃって。それで落ちたものだから体が動かなかった。それだけなんです」
「高所、恐怖症ってこと…?」
「はい。あはは、ダメですねああいうのは。分かっていても身体が正直で、」
「じゃあ、尚更じゃんっ…」
高所恐怖症であることを伝えると、一十木くんは絶望したような表情を浮かべた。信じられない、と。表情が物語っていた。そして掴まれている手も震えている。
「一十木くん。私の為に怒ってくれてありがとうございます」
「高原のバカ…!怖いものは誰だって怖いんだから!…無茶しないでよ…」
「お約束は出来ませんが…善処しますね」
「…あんま分かってなさそうだね。…分かった。そうなったら俺が高原を守るよ。もうあんな思いは嫌だから」
俺に君を守らせて、なんてギュッと手を握られた。その手はもう震えてはいないけど、とても、熱い。そして私を見つめる視線にも熱がこもっていてそのせいで私の顔にも熱が上がる。私のそんな様子に満足したのか、ヘヘッといつもの一十木くんらしい笑顔を浮かべた彼は、帰ろ!、と足を進めた。促されるがまま動く足に、なんだか私は歳上のくせにかっこ悪いなぁと少し複雑な気持ちになってしまった。
だから、これぐらいは許されるだろうか。
「一十木くん」
「ん?なに?」
「私の今の目標は、君とステージで歌うことなんですよ」
「えっ…!」
ニコリ、と笑うとさっきの私にも負けないくらい頬を赤く染めた一十木くんに満足して、優しい風が吹く中を歩き始めた。
20190803
