第1章:早乙女学園
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「綾奈ちゃん、一緒にHAYATO様のライブに行きませんか?」
第15話
体育祭から数日。何事もなかったかのように日々を過ごしている。
あの後、学園長に眼鏡をかけられた四ノ宮くんはいつもの四ノ宮くんに戻った。なにやら事情を知っていそうな翔くんも、私と四ノ宮くんのやり取りを見ていたからか気まずそうで、私は投げ捨てられたヘアゴムをサッと拾ってその場を後にした。
四ノ宮くんに、ヘアゴムを失くしてしまった、とかなり落ち込んで謝られたが私はポケットの中のものを差し出すことができず、気にしないでください、と笑ったのだった。
「HAYATOの…ですか?」
「うん!わたしHAYATO様の曲に元気をもらったの…!…だから、綾奈ちゃんも聴いたらきっと元気になりますよっ…」
「七海ちゃん…」
あの日以来、私は普通にしているつもりだったが七海ちゃんには何かあったのだとバレていたらしい。それで、HAYATOのライブのお誘い。
七海ちゃんは本当に優しいね、と少し泣きそうになりながらその形の良い頭を撫でた。お供させてもらおうかな、と笑うと彼女も嬉しそうに笑ってくれた。
「…七海ちゃん遅いなぁ」
HAYATOのライブ当日。野暮用で外に出ていた私は、待ち合わせは会場前でとお願いしていた。…のだが、元気な返事をしてくれた七海ちゃんがまだ来ない。七海ちゃんは色々と疎いから携帯も持ってないし…困ったな。
「綾奈ちゃーん!すみませんっおまたせしてしまって…!」
「七海ちゃん!よかった、何かあったのかと心配してました。…それに翔くんに四ノ宮くんも。こんにちは」
もう少し待ってみよう、と壁に背を預けているとパタパタと息を切らせながら走ってくる七海ちゃんの姿。元気そうなことにホッとしていると、その後ろから翔くんと四ノ宮くんの姿。どうやらHAYATOのライブと同じ会場でピヨちゃんのショーも行われるのだとか。で、翔くんは四ノ宮くんの付き添い。
「僕、綾奈ちゃんが今日七海さんとお出かけすることを知っていたので綾奈ちゃんにお土産買ったんですよぉ。ジャーン!ピヨちゃん帽子で~す!」
「えっ…」
「この前ヘアゴムを失くしてしまったのでそのお詫びです。これでまた仲良しさんです!」
「っ…に、似合いますか?」
「はいっ!とーっても可愛いです!」
ねっ翔ちゃん!、と翔くんに同意を求める四ノ宮くんに苦笑しながら彼は、よかったな、と言った。もちろん、嬉しい。嬉しいけど。
私はまだ、あの日の四ノ宮くんの言葉が忘れられないのだ。
嬉しいのに。素直にお礼を言えない私はなんて臆病なんだろうか。
「今日は新曲発表ライブだったんですね」
「うんっ!それにわたし、やっとHAYATO様に会えると思うと昨日も眠れなくって…!」
「ふふっ。その理由なら寝てないことにも目を瞑ってあげます」
本当に大好きなんですね、と笑うと七海ちゃんは大きく頷いた。音楽の素晴らしさを教えてくれた人だと。そう語る七海ちゃんは本当に嬉しそうで微笑ましい。
四ノ宮くんのことは勿論気にかかるけど、HAYATOを生で見るのは私も初めてだ。歌唱力もとても高いアイドルだし、勉強させてもらおう。
「…っ」
「七海?どうかしたか?」
「…とても素敵な声…だけど…あの時とは…」
「…」
待ちに待ったライブが始まり歓声をあげる観客。そしてそれに応えるように登場して歌い出したHAYATO。素直に上手いと思う。そして改めて一ノ瀬くんにソックリだなと。それは四ノ宮くんも翔くんも同じ気持ちだ。双子とはこんなにも似るものなのか。
しかし、段々と表情に動揺を浮かべ始める七海ちゃんにどうしたのかと気にかけていると、HAYATOがダンスの振りでターンをした瞬間に、マイクを手放してしまった。騒めき立つ会場。動かないHAYATO。普段の彼のキャラならあり得ない動揺っぷりに感じる。
「…なんか、変だ」
「綾奈ちゃん…?って、あっ!し、四ノ宮さん眼鏡が…!」
「なにっ!?」
さすがに私にだって彼の様子がおかしいことに気付く。この違和感はなんだと考えていると頬にポツリと雨。そして突如起こった落雷に会場の照明がやられて、慌てふためき出す観客。そして、
「ウオオオオオオオッ!」
「し、のみや、くん」
眼鏡の外れた彼。
「HAYATOォ!何故!偽りの歌を歌う!」
翔くん達が止める間もなく、ひらりとステージに向かう四ノ宮くんを、私は何もできずに見つめていることしかできなかった。足が竦んでしまったのだ。彼は四ノ宮くんなのに。恐ろしいと思ってしまった。
そして、俺の歌を聴け!、とHAYATOに叫んだかと思うと彼は一枚の楽譜を取り出し、HAYATOのライブの演奏をしていたバンドメンバーに渡し…歌を、歌い始めたのだ。
そしてそれは、HAYATOの曲よりも私の心に響いた。
「四ノ宮くんの…彼の曲、だ」
土砂降りの雨が降る中、魂の叫びを歌うかのような姿に胸が締め付けられる。ハートの炎の赴くままに生きればいい…。
これをHAYATOに聴けと、どういう気持ちで言ったのだろう。私の勝手な解釈でいいなら、彼は、彼はなんて、
「っ綾奈ちゃん…!」
「お、おい綾奈!危ねぇ!!!」
「四ノ宮くん!!!」
気付くと私は歌い終えた四ノ宮くんに対峙するようにステージに上がっていた。ギラリとこちらを睨む彼の瞳は鋭く、そして冷たい。
「迷惑だと言ったはずだ」
「…伝えなきゃいけないことがあります」
「失せろ」
「私は、自分の弱さを…優しい彼らに甘えてずっと克服しようとしなかった」
「黙れ」
「それで傷つけていたかなんて気にしてこなかった…っ」
「黙れと言ってるだろう!」
「黙りません!!!」
この足の震えは、雨の冷たさのせいか、それとも。
私と四ノ宮くんの様子を見つめる優しい私の友人達。大好きなのに。私はずっとそれに甘えて知らず知らずのうちに傷つけてきた。…入学式のあの日、名前で呼んでくれと言った四ノ宮くんをずっと、傷つけてきた。
「…ずっと傷つけて、ごめんなさい。そして彼を守ってくれてありがとう」
「なにを…」
「自己紹介がまだでしたよね。私は、高原綾奈です。…優しい君のことは何とお呼びすればいいですか?」
「なっ…」
彼は四ノ宮くんの影。彼は歌にそう乗せた。四ノ宮くんが傷つかなくていいように、きっと、ずっと守ってきたんだ。
「おい綾奈!早く砂月から離れろ!!!」
「…砂月さんって言うんですね」
「どういうつもりだお前」
「私は馬鹿なので、きっとこれからも迷惑をかけてしまうと思う。でも、側にいたいです。優しい君と、仲良しさんの…なっちゃんの側に」
「、!」
翔くんの言葉で彼が砂月という名前だと知る。その名を呼べば更に視線は鋭くなった。だけど、これは逸らしてはいけない。四ノ宮くんから目を背けてはいけない。
砂月さんは私に近付いてきて、その強い力で顎を掴まれ上を向かされた。鋭く研ぎ澄まされた目。でも、やっぱり彼は四ノ宮くんだ。瞳の奥はなっちゃんでも砂月さんでも同じだ。だって、どちらも四ノ宮くんなのだから。
気付くと震えは止まっていた。
「…私も、なっちゃんを大事にしていきたいです。君と…さっちゃんと同じように」
「ふざけるなっ…お前なんかが那月のなにを…!」
「それを知るために側にいたい。悲しいことなら分けて欲しい」
「お前になにができるっ…!」
「だって私、もう四ノ宮くんのこと大好きになっちゃってるんです」
「、!」
だから側にいたい、そう笑うと彼の目は少しずつ荒々しさが治まっていった。顎を掴む手も弱くなった。不思議と雨も弱まったように思う。
じっと彼と見つめ合っていると、彼はおもむろに私を引き寄せた。…引き寄せた?
「なぁっ!?なにやってんだ砂月!離れろ!」
「さ、さっちゃ…!?」
「…もっと早くに、お前のような奴に出逢いたかった」
「…え?」
引き寄せる=抱きしめられた私に、いち早く反応してくれた翔くんのおかげで正気に戻る。どんどん頬に集まってくる熱にどうしようと悩んでいるとポツリと囁かれた言葉。みんなには聞こえなかっただろうけど、私にははっきり聞こえた。あれはきっと、心を偽るなと教えてくれた優しい彼の本音だったのだと思う。
そしてスポンっとピヨちゃん帽子についているサングラスをかけられたさっちゃんはなっちゃんに戻った。どうやら度が入ってるかどうかは関係ないらしい。
「あれ?みんなどうしたの?」
「…いいえ。帰りましょうか、なっちゃん」
「えっ…綾奈ちゃん…!」
「なっちゃん、同い年同士改めて仲良くしようね」
「…!はい、はいっ!僕、とーっても嬉しいです綾奈ちゃん!」
なっちゃん。そう呼ぶだけで彼の表情に笑顔が広がった。今までで一番の笑顔だ。ごめんね、今まで傷つけて。
彼の手をギュッと握って私たちは足早にライブ会場から離れようと駆け出した。
自分に精一杯だった私は、その時七海ちゃんとHAYATOが交わした会話を知る由もない。
20190728