第1章:早乙女学園
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あれ?なにしてるの七海ちゃん」
「あ…綾奈ちゃん…っ」
第12話
春と呼ぶには少し暑く、夏というにはまだ早い季節になった。体育祭を数日後に控えた私は束の間の休息を取るために学園内を散策していた。膨大な敷地面積なだけあって散策のしがいがある。と、そこで木に向かって箒をバタバタと叩く七海ちゃんの姿を発見。何かあったのかと声をかけるとシュンと下がる眉尻。可愛い…もちろん力になりますとも。
「そっか、神宮寺くんが…」
「今日の夕方までに曲を提出しないと退学になっちゃう…」
「で、七海ちゃんはそれを阻止したいわけですね」
「…うん。神宮寺さん、とても素敵な歌詞を書かれてたんです。あの曲を…わたしは聴きたい」
先日私も受けたレコーディングテスト。どうやら神宮寺くんは未だにその曲を提出していないらしく、再三注意されていたのだがついに今日の日没までに提出しないと退学にすると宣告されたらしい。
私自身、正直面識がほとんど無くて前にお昼ご飯の時の同席した時ぐらいの思い出しかないんだけど、どうやら七海ちゃんは話をする仲ではあるらしい。聖川くんとも何やら因縁があるのだとか。なるほど、つまりは放っておけないってことか。
「それで、せっかく書いてた歌詞を破って吹き飛ばしちゃった訳ですか…。それを七海ちゃんは集めていると」
「う、うん。まだ少しだけど、でもこの辺りで比較的たくさん見つかって」
「分かりました。私も協力する。七海ちゃんがそれだけ言う神宮寺くんの歌、私も聴いてみたくなりました」
「ありがとう、綾奈ちゃんっ」
私はあっちの方を探してみますね、と返して私も作業に取り掛かる。多分七海ちゃんのことだし、この歌詞カードを全部揃えたら歌ってください、とかそういう要求はしてないと思う。これを見つけられたらもしかしたら神宮寺くんが歌ってくれるかもしれない。そう信じて行動しているんだ。植え込みに落ちていた紙切れを見つけて嬉しそうに歓喜の声をあげる彼女は本当に眩しい。
「…やぁ、レディ」
「神宮寺くん…」
あの後、一十木くん達も手伝ってくれたが徐々に空が赤くなり始め、私も数枚見つけたがまだ足りないことに焦っていると声をかけてきたのはまさかのご当人だった。チラリと周りを見渡してみればちょうど私は他のみんなから見えないところにいるらしく、だから声をかけてくれたのかなと考える。彼はどうやら複雑そうな表情を浮かべていた。どうして、と表情が物語っていた。
「オレとレディはほとんど面識がない。なのにレディはどうしてよくも知らない男の為にそんなに必死になれるんだい」
「…不思議ですか?私たちが」
「あぁ。意味がわからない」
「…確かに私たちは、特に私はこうして神宮寺くんと話すことすら初めてなのになんでって思いますよね」
夕日を背に立つ彼はとても美しい。とてもオーラがある。正直、アイドルになるべくして生まれてきたんじゃないかと錯覚するぐらいに整った容姿、そして鼓膜を震わす優しく甘い声。きっとこの人だって馬鹿じゃない。自分がしていることだって理解している。それでもこうして燻っているということはそれなりに理由があるんだ。…私の勝手な考えでしかないけれど。
でも、言いたいことはある。
スッと視線を彼にやれば少し彼が動揺したような気がした。
「私は、諦めないと決めました。そして、それを教えてくれたのはこの学園で出会った仲間です」
「仲間、ねぇ」
「私はいつだって誰かに支えられています。…驕りではなく、大事に、愛されているという自覚があります」
「…」
「今の私の行動は純粋に神宮寺くんを信じている七海ちゃん達を信じているからです。私の大好きな人達が大切にする人を、私も大切にしたい。それは愚かなことでしょうか」
「愚かだとは思わないよ。今回の件は賛同しかねるけどね」
だからこそオレは理解ができない、とそう言う彼は本当に心からそう思っているようだった。悲しい目だ。全てを諦観した目。
どうして、諦めてしまうのだろう。こんなに素敵なものをたくさん持っているのに。
「…ただ、少し感に触ります。君はどんな理由があろうとこの学園に合格した。この学園に入りたかった人は山のようにいます」
「…まぁ、そうだね」
「やりたくないなら入学なんてしなければよかったじゃないですか。やりたくないなら、ハッキリと先生に言えばいいじゃないですか」
「…簡単に言ってくれるねぇ」
「だって私は君じゃない。…でも、それでも今ここでそんな顔をしているってことはそういうことなんじゃないんですか?」
説教のようになってしまうのは自分でも分かっている。けど、君のいるその場所はたくさんの人がいたかった場所のはずだ。
私の言葉にジッと私を見つめる神宮寺くんの心情は読めない。…あぁ、もう、日没まで時間がない。
「今、君のいるこの場所は、本当に誰かに決められただけの運命の上ですか」
もう時間がないのでこれで、と頭を下げて神宮寺くんに背を向ける。私は私が見つけた歌詞の一部を七海ちゃんに渡す。それから先は…七海ちゃんと、そして彼自身に任せよう。
「…めちゃくちゃ良いじゃないですか神宮寺くん」
校内のスピーカーから響き渡る、甘い声。まぎれもない、神宮寺くんの声だった。七海ちゃんたちはスピーカーからの声を聞いた瞬間、嬉しそうにレコーディングルームへ向かった。
私は向かわなかった。
それで良いと思ったから。私は結局神宮寺くんではなく、七海ちゃん達を信じただけだ。
心地いいメロディに、私は一人ベンチに座って聴き入る。最後のメロディが流れ終えて余韻に浸っていると、ニャア、といつか聞いた鳴き声。視線を右にやればベンチの隣にいつかの黒猫がいた。人懐っこいその姿に微笑んで首を撫でてやる。ゴロゴロと喉を鳴らす姿はとても愛らしい。
「…時々、不安になる。この道を選んだのは私だ。後悔なんてしてない。…なのに、なんだろうね。私の進む道の先の未来が…怖い」
「ニャア」
「ふふ…ごめんね、弱音なんて。神宮寺くんにあんなに大きなこと言っておいて、私が一番運命を恐れてる」
μ'sであったときは無敵だった。みんながいれば何も怖くなかった。なんだってやっていけるって、そう思ってた。なのに1人になった私はこんなにも脆い。
駄目だなほんと、とベンチの背に体を預けて目を閉じる。もうあの日々には戻れないのに。私はいつまでもみんなに焦がれている。
私だけが、あの日に取り残されている。
20190719