第1章:早乙女学園
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「入院…?」
第10話
あと一週間でレコーディングテスト当日。大体のパートナーは粗方曲も仕上がってて、この時期ならもう最終調整に入っている頃だと思う。…大体のパートナーは。
ただ、私達はあの日から会う事もましてや言葉すら交わしていない。つまり、まだ0の状態なのだ。焦る気持ちはもちろんある。けど、病床に伏せっている彼を急かすことはしたくなかった。まだだ、まだ待とう。もう少しで出来るのかもしれない。私はそれまでにできることをやらないといけない。出来ることはたくさんあるはず。そう自分に言い聞かせて日々を過ごしていた。
けれど、それは重い表情を浮かべた月宮先生の口から告げられた悲しすぎる現実に目の前が真っ暗になった。
雅くんが入院した。
急いで手術を受けないと命に関わることだったらしい。そして手術は無事成功した。それは本当に喜ばしいことだ。けれど、
「…残念だけど、彼がこの学園に戻ってくることは…ない、と思うわ」
月宮先生の言葉に私はなんと返事をしたのだろう。なにかをいう先生の言葉もなにも入ってこない。雅くんが、もう。
気付いたら学園の敷地内の大きな一本の樹の下で膝を抱えていた。なにも考えたくなかった。大事な授業なのに、サボってしまった。
泣きたいのは、死ぬほど悔しいのは雅くんなのに。私の目からはボロボロと涙が溢れて、止まることを忘れてしまったようだった。
約束、したのに。彼の曲を歌うと。私はそれを破らなければいけない。他の人の作る曲を歌わなければならない。
悔しい。悔しい。
どうして彼だったんだろう。そう思わずにはいられない。
嗚咽を堪えながらギュッと膝を抱える。私は、なにもできない。本当に待つことしかできなかった。なんて、無力なんだろう。
「高原?なにやってんだよこんなとこで…、おい泣いてんのか」
「…ごめんなさい、放って置いてください」
「…馬鹿。ほっとける訳ねーだろ。…どうしたんだよ」
お前みたいなやつが泣くなんてよっぽどのことだろ、と私の頭に手を乗せて優しく撫でてくれる来栖くん。小柄な彼だけど、手はしっかりと男の人で、その温かさに更に涙腺が刺激される。
更に泣き始めた私に、彼は何も言わずに側にいてくれた。予定だってあっただろうに。
「…私の今回のパートナーの方がこの学園を去ってしまうかもしれないんです」
「お前のパートナー…確かBクラスの奴だって言ってたよな。何かやらかしたのか」
「…彼はなにも。なにも、出来なかったんです。やりたくてこの学園に入ったのに、なにも…っ」
「ゆっくりでいいよ。…ちゃんと呼吸しろ」
背中を撫でる手の温かさに少しずつ安心していくのを感じた。そして私はポツリポツリと来栖くんに雅くんの話をした。才能はあるが病気の為にBクラスになったこと、私がパートナーに決まった時のこと、曲を作ると約束してくれた時のこと。…そして、病状が悪化して入院することになったこと。
隣で来栖くんが息を飲むのを感じた。
「私っ…待つって決めて、それだけで何もしようとしなかった…っ。彼はきっとずっと1人で戦っていたのに…なにも…っ」
「…そいつ、もう退学決まってんのか」
「…そこまではっきりとは…。もう来ないだろうって」
「…」
そうか、と呟くようにして言葉を発した来栖くんに、私は今日初めて彼に視線をやった。そして驚いた。彼が、あまりにも悲しい目をしていたから。
どうして、そんな目をするんだろう。
その目が気になって思わずジッと見つめていると、彼はその目に強い何かを浮かべて私に向き直った。その瞳の強さに息を飲んだ。
「お前は諦めんのか。そいつを」
「っ…だって、私には何の力もないっ…」
「そうやって勝手に決めつけんな。そいつは高原が待つって言った時、絶対嬉しかったはずだ。糧に、なったはずだ」
「っ…」
「まだ…信じてやれよ。そんで会いにいけ。パートナーなんだからよ」
「来栖くん…」
俺様の前で諦めることはさせねぇ!、そうニッと笑う彼があまりにも眩しくて強くて、私はまた涙を流した。
「俺は諦めねぇ。世界を、運命だって変えてやる。だからお前も諦めんな!」
「私にっ…できるかな…」
「出来るか、じゃねぇ!やるんだよ!しっかりしろ!高原綾奈!」
バシッと背中を叩かれて目が覚めたような気がした。そしていっしょに勇気も。
私ならやる、と。彼はそう信じてくれた。なんて幸せな力なんだろう。誰かが信じてくれていると思うだけでこんなにも気力が湧いてくる。
バッと立ち上がった私に彼は「行ってこい!」と満面の笑みを浮かべた。私もそれに満面の笑みで「行ってきます!」と返し、雅くんが入院していると聞いた病院へ駆け出した。
ありがとう。ありがとう、来栖くん。 君のおかげで、私はまだ、
「ハァッ…ハァ…面会謝絶には…なってないみたいでよかった…」
早乙女学園から2駅。然程遠くない場所の病院に雅くんは入院していた。ただ逸る気持ちのせいで呼吸が中々整わない。
急に来たけど話せるのだろうか、話を聞いてもらえるのだろうか。そんな不安がジワジワと私の心を侵食していく。
ううん、と首を振る。信じろって彼が、来栖くんが教えてくれた。背中を押してくれた。あとは、少しの勇気だけだ。
コンコンッと言うノックの音がやけに大きく聞こえた。
「高原です、…っ雅くん。突然すみません」
「、」
「あっそのままで…体辛い時に来てしまってごめんなさい。ただ、伝えたいことがあって」
病室に入るとそこは真っ白で、雅くんだけの空間だった。昨日、手術を終えたばかりの彼はまだ呼吸するのも話すのも辛いようで、呼吸器をつけていた。その姿はとても、痛々しい。
私の姿を目だけで認めた彼は目を見開き、反射的に起き上がろうとしたので慌ててそれを制した。私の弱い力でも今の彼は逆らえない。初めてあった時よりもかなり痩せてしまっていた。その姿にひどく胸が痛む。それだけの間、1人で苦しんでいたんだ彼は。
溢れ出してくる涙をぎゅっと堪えるように眉間に力をいれると、雅くんはその私の表情を見て視線を逸らした。彼の悔しさが伝わってくる。どうしようもない気持ちを抱えてる。でも、お願い。
「、」
「雅くん、私信じてます。お約束、破ったりなんかしません。君の曲を歌うことを諦めたりなんかしません」
「…っ!」
「だから、君も信じてください。君を信じる私を」
彼の手を両手で握ってそう伝えれば潤む彼の瞳。咄嗟に顔を背けた彼は傍に置いていた小さなメモとペンを取り出し、力の入りづらいであらう自身の手をゆっくりと動かした。そして書き上げたのか、それを私に見せてくる。
「"ひきだし"…ってこれのことですか?あけていいんですか」
コクリと頷いた彼に、私はゆっくりと引き出しに向かう。その間に彼はまたメモにペンを走らせ始めた。
「っあ…こ、これ…っ!」
「"あんたの曲"」
「書いてくださってたんですね…っ。ちゃんと、諦めていなかったんですね…!」
引き出しに入っていたのは手書きの楽譜。ブレてしまった音符。でも、しっかりとそこに記されていた。
「"ほんとはわたさないつもりだった"」
「え…」
「"そのままがくえんを去ってわすれてもらうつもりだった"」
「そんな…!」
「"でもあんたはきた。なんできたんだよ。あんたのかおを見たらうたってほしくなっちゃうだろ"」
「…っ!!」
眉を下げて悲しそうに、そして嬉しそうに涙を流す彼に、ここにきて良かったと心底思った。来栖くんがいなければ、全てを捨ててしまうところだった。
「ありがとうございます雅くん…。一週間後がレコーディングテスト当日です。絶対、絶対良いものに仕上げてきます。約束します」
「"たのしみにしてる"」
はい!、ともう涙でぐちゃぐちゃの顔に笑顔を浮かべて私は誓った。
この曲を、必ず最高のものに仕上げると。
20190715