カンパニーと冬組公演
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「演劇、か」
第7話
冬組旗揚げ公演の初日は大成功だった。脚本を知っていても役者の演技で強く胸を打たれた。前回の秋組とのギャップもあってさらに今回の悲恋が引き立っていたように思う。何より、瑠璃川くんが悩みに悩んだ羽の抜け落ちる演出が最高だった。初日であの手応えならMANKAI劇場での前楽、そしてGOD座の劇場で行う千秋楽もあまり心配はいらないだろう。勝負に勝てるかどうかは別としてだけど、一つの舞台としてとてもいいクオリティだった。 とにかく、怪我などのアクシデントがないように突き進んでもらいたいところだ。
「あれ…?綾奈さん?」
「え?…向坂くん?どうしたの病院なんて」
今日の仕事もあと10分、なんて考えながら書類をまとめていると呼ばれた名前に反応して顔をあげる。するとそこには制服姿の向坂くんの姿。
みんなには医療関係で働いているって伝えていたけど、私は病院の処方箋受付で働いている。出来ればこの場所で知り合いには会いたくないものだけど、紛れもなく彼はそこにいる。
今日はどうしたの?、と聞く前に処方箋の用紙を受け取る。焦ってはいけない。冷静に冷静に。…これは…。
「向坂くん、肌荒れ?」
「そうなんです。多分最近寒くて乾燥してるからだと思うんですけど、荒れて痒くなっちゃって」
「なるほど、よかった大事じゃなくて。今回出すお薬なんだけど、おすすめの使い方があるから説明するね」
「はいっ!ありがとうございます!」
怪我とか病気じゃなくてホッとした。そして彼の笑顔に今日一日の疲れが一気に癒された。
これはこうでね、と説明している間もフンフンと真剣に聞く姿はとても可愛い。
「じゃあそんな感じで使ってみてね。あとは東さんにスキンケアの方法聞くのもいいと思うよ。あの人すごいから」
「たしかにあず姉さんいつも綺麗ですもんね…!聞いてみます!」
「うん。…あ、もうこれから帰るのかな?私ももう上がりなんだけど送ろうか」
「えっ!いやそんなボクなんかの為に綾奈さんの時間を割くなんて…!」
「なんか、なんて言わないの。着替えてくるから近くのコンビニで待っててくれる?」
半ば強引に待ってるように告げ、彼が頷いたのを確認したところで私の終業時間。まだ時間的には夕方とはいえ、冬場の今は外は暗い。向坂ボーイ程の可愛さなら変質者に襲われても不思議じゃない。それはいかん。私が守る。
お先に失礼します、と同僚に告げて白衣を着替えるべく更衣室に向かった。
「向坂くん。ごめんね、おまたせ」
「あ!綾奈さん!いえ、お疲れ様です!」
「夕飯前だろうけど、待たせたお詫び。肉まん食べながら帰ろ!」
「わぁ!ありがとうございます!」
退勤して待たせている向坂くんを迎えに行って、お詫びとして肉まんを奢る。ふわっと喜ぶ彼に私も満足。それに冬の肉まんって好きなんだよね。
のんびり帰路を歩きながら、瑠璃川くんの今回の衣装がすごいとか、夏組のみんなも自主練で稽古しているだとか、そんな話をする向坂くんはとても楽しそうだ。きっと彼も夏組の旗揚げ公演で感じるものがあったんだろう。夏組公演もやっぱり生で観たかったなぁ。
「向坂くん、お芝居はどう?」
「とっても楽しいです!あの千秋楽の日に感じた気持ちが忘れられなくて…!僕たちのお芝居を観て笑ってくれたり、たくさんの拍手をしてもらったあの瞬間、胸がぎゅっと苦しくなって…!早く舞台に立ちたいですっ」
「…そっか」
キラキラとあの達成感を思い出す向坂くん。とても眩しい。
その気持ちも、痛いほどわかる。
稽古がどれだけ苦しくても、思うような芝居が出来なくて悩んでも、お客さんからの拍手をもらってしまえば全部どうでも良くなる。それまでの全部があの瞬間に詰まってる。
「綾奈さんもお芝居やってたんですよね?またやらないんですか?」
「えっ、あ…うん。私は逃げちゃったからなぁ」
「逃げた…?」
「他人を理由にお芝居を放り出したの。そんな私が今更やるなんて、私が許せないや」
「綾奈さん…」
「…ごめんね、こんなこと言っちゃって。さて!夕飯なんだろね!私もお呼ばれしてもらえないかな~!」
なんてね!、と笑うと彼はどうしたらいいのか分からないと言った風に動揺していて、なんで話しちゃったかな、と反省した。私はもしかしたらそれを吐き出したかったのかもしれない。でも、それは自己満足だ。彼に背負わせていいものじゃないはずだ。
そんな大した内容じゃないから気にしないで!、と肩をポンポンと叩けば少し眉を下げて彼は頷いてくれた。
「おっ綾奈さん。今日はどうしたんだ?」
「向坂ボーイに偶然会ったから送り届けにきただけだよ~。臣くんちなみに今日の夕飯なに?参考までに」
「なるほど、もう暗いもんな。今日はアクアパッツァだよ。綾奈さんも食べていくか?」
「え~!そんな悪いよ~!お皿用意するね~!」
「ハハッ!あぁ、頼む」
私の現金な態度に目をパチクリさせる向坂くんに、君は着替えておいで~、と笑えば彼は少し困った顔をして部屋へ向かった。本当にまずったな。あんな顔をさせたかった訳じゃないのに。
そんな私と向坂くんの雰囲気になにか感じるところがあったのか、臣くんは、どうした?、と聞いてきたが、何でもないと笑って流した。彼もそれ以上追求してこなかった。本当にこの劇団の人達は聡いなぁ。
*
ちゃっかり食後のデザートまでいただいた私は今はコーヒーでホッと一息。臣くん特製のアクアパッツァもデザートのムースも美味しかったなぁ。胃袋掴まれちゃったよ、まったく。
御礼に、と少し人より淹れ方に自信のあるコーヒーを提供すれば、美味いな、の一言をいただいた。ありがとうございます。コーヒーに関しては古市さんも気に入ってくれてるからね、ちょっと自信があるのだ。
談話室ではみんな思い思いに過ごしていた。お風呂に入ったり、自室に戻ったりして全員が居るわけではないけど、誰かが常に一緒にいてくれるこの空間が無性に羨ましくなった。なんとなく隣に座っていた東さんの肩に頭を預ける。少し驚いた反応をした東さんだったけど、今日の綾奈は一段と可愛いね、と笑ってくれた。私を甘やかす天才だ、この人。
普段と違う様子に気付いていても何も言ってこない東さん。でも受け止めてくれそうな雰囲気を持つ東さん。
全部吐き出してしまいそうになる。
今日の向坂くんとのこと、思っていたより自分の中で落ち込んでいたらしい。
「別に言わなくてもいいよ。綾奈がそうしたいと思ったら、その時は聞かせてほしいな」
「…さすが東さんだなぁ」
「ボクも綾奈に救われたからね。力になれたらなって思うだけだよ」
「そんなことありましたっけ…?」
「フフッ。うん、いつも救われてる。綾奈は優しい子だからね。そして物事をよく見てる。だから綾奈が出す答えはそう悪いものじゃないと思うよ」
「っ…、東さん私甘やかし選手権入賞です」
「光栄だね」
なにも事情を話していないのにどこか的を射た言葉をくれる東さんに、思わずグズッと鼻を鳴らした。
そしてコーヒーも完飲した私はいい加減退散することに。何度も遠慮したけど万里くんが送ると譲ってくれなかったので、補導とか怖いからせめて学生は…、と妥協案を出せば彼に盛大なため息をつかれてしまった。お気持ちは嬉しいよ、ありがとう。
そして送り届けてくれるのは臣くんになった。バイクがあるから、という理由だ。有り難いけど申し訳ない。それにも万里くんは不服そうにしていたけど、多分モテポイントを稼げなかったことが悔しいのだと思う。大丈夫、言い出しっぺのところからポイント高かったぞ!!
じゃあ、と玄関まで見送りに来てくれた面々に手を振る。次に会うのはGOD座とのタイマンACTの日だ。ヘアメイクも任されているから私も気張らないと。
あ、とそこで見送りにもきてくれた向坂くんに視線をやる。重なった視線に彼は驚いたようだったからニコリと笑顔を向ける。
私が出す答えはそう悪いものじゃない、か。
「私が乗り越えたら、その時は一緒にやろうね」
お芝居、と口パクで告げれば伝わったようで彼は元気よく、はいっ!と返事をしてくれた。
私が私を許せる時が来たら、その時は一緒に。
20190313
