カンパニーと冬組公演
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「すみません、ちょっといいですか」
「?はい、なんでしょう」
第6話
「…は?私がですか?」
「はい。ネットで見ましたよ」
「どなたかとお間違いなのでは?」
「いえ、あなたと書いてありましたよ。高原綾奈さんですよね」
「…へぇ。ま、その事実はありません。他に何か?」
いえ、と言うだけ言って去っていったサングラスをかけた男を見送り、さて、と考える。
仕事終わりに天鵞絨町を通って自宅へ帰るべく歩いていると、突然声をかけられた。なんで夜にサングラスだよ、と思わず内心つっこんでしまったが、表面には出さずに対応する。
「…私がネットに、ねぇ」
なんだか良くない予感がするな、と当たって欲しくない予感に胸をざわつかせながらその日は特にMANKAI寮にもよる事もなく帰路についた。
衣装も昨日手伝ったことで「あとはなんとかなる」という瑠璃川くんのお言葉があったことから、多分今日には完成しているだろう。あの衣装を見て驚くみんなの顔が想像できる。
作ってる時は結構行き詰まったりして思い悩んでいた瑠璃川くんだけど、満足のいく仕上がりになってるんだろうな。瑠璃川くんの犬…もとい、七尾くんの手も借りたことだしね。
前に彼が言ってた犬っていうのが七尾くんだって知った時はさすがに笑ってしまったけど。秋組の衣装のことがあったときに、こき使ってやるからという理由で瑠璃川くんは七尾くんを許したのだとか。まぁ、あの仕打ちをそれで許すなら優しい方よね、なんて。
その晩、念の為いづみにLIMEで天鵞絨町で会った男の報告をして眠りについた。
「おい、高原。今いいか」
「古市さん。どうしたんですか?」
「…監督さんに聞いた。町で妙な奴に話しかけられたんだろ」
「あー…まぁ。でもちょっと出元に心当たりがあるんですよね」
「…GOD座か?」
「十中八九そうでしょうね。カンパニーに所属しているならともかく、私の名前まで知ってるなんて調べないと分かりませんもん。それがネットに転がるはずないんで」
今日は冬組公演の初日。もちろん観劇していって!、といづみが席を確保してくれたのでお言葉に甘えて劇場にやってきた、のはいいけど、まだ公演まで時間もあるし寮の談話室でコーヒーを頂いていた。冬組は稽古場で調整中だろう。
声をかけてきた古市さんに、コーヒーを淹れながらどうしたのかと聞けば、例のサングラスの男の件だった。一応いづみは注意喚起のためにカンパニーのみんなに話していたそうだ。人のことに関しては心配症なんだよなぁ。あと連絡先を交換していた東さんからも心配の連絡がきた。そのときにもらった情報で噂を流してるのがGOD座だというのはほぼ間違いない。
「その件に関しては任せてもらえませんか?考えがあるんですよね」
「…危ねぇことはするなよ」
「ふふ!だーいじょうぶですって!勝つのはMANKAIカンパニーですよ!」
それで売上金をいただくのです!、とニヤリと笑えば彼もしかめっ面を少し緩ませた。
それから、私が淹れたコーヒーを飲む彼と少しの間ゆったりとした時間を過ごした。その中で聞いた話ではどうやら公演曲のCDの売上がジワジワと伸びているらしい。GOD座とタイマンACTをする相手ってことで手を伸ばしてくれた人がいるということだろう。リスクの大きい勝負ではあるけど、勝った後のことを考えると今の内からカンパニーの名前が売れるのは良いことだ。
カップのコーヒーも無くなり、そろそろ劇場に向かおうと立ち上がった私に古市さんは「さっきの、」と口を開いた。
「危ねぇことはしないと約束しろ。ただでさえお前は危なっかしい」
「ふふ。いづみ程じゃないですよ。古市さんは何も心配せずいづみとカンパニーのことだけ考えててください」
「…大人をからかうのもいい加減にしろ」
「からかうなんてそんなまさか!本当にご心配なく。私、いづみと違って結構性格悪いんで!徹底的にやってやりますよ」
「…はぁ。無茶しねぇならいいが。それに、徹底的にっていうのは同感だ」
「さすが古市さんっ!」
じゃあ楽屋にも顔出したいので先に行きますね、と談話室を後にした。去り際に見た古市さんの頬が赤かったのは気のせいではないだろう。うーん、恋心に関してはもっとポーカーフェイス上手にならないとですよ、なんて。
「こんにちは~初日おめでとうございます」
「あ、高原さん。来てくれたんだね」
「勿論です!いけそうですか?冬組」
「うん。凄くいい感じだよ。楽しみにしててください」
楽屋にお邪魔して最初に気付いてくれた月岡さんに調子を聞けば上々の様子。みんなの表情も明るい。やることはやってきたという顔だ。
御影さんはちょっと眠そうだな、と顔を見たところでふと気付く。眠くてこすっちゃったのかな、目元のメイクがボケてしまってる。
「御影さん、ちょっとメイク直していいですか?少しこすっても大丈夫なウォータープルーフ使いますね」
「…うん」
「綾奈は舞台用のメイクも出来るの?」
「まぁ知識としてはですけどね。本当ならもうちょっと濃くてもいいと思うんですけど、今回の公演は天使がモチーフなので繊細に、でも存在感のあるメイクがいいかなと思いますね…、はい、どうですか?」
「おおっ!密くんの表情がさっきとは別物じゃないか!素晴らしい!」
「…眠いのに眠そうに見えない」
自分でも不思議そうに鏡を見る御影さんに思わず笑ってしまう。メイクとはそれ程までの力がある。私も毎日のお化粧でお世話になっております。化けると書くからね、化粧って。
御影さんに行ったメイクを見て、私にも施してみてくれ!、という有栖川さんに快諾をしてその綺麗なお顔に色を乗せていく。アイメイクもそうだけど、肌も大事だ。天使なのだから血色が良いと少し人間味を感じさせてしまう。そこをカラーコントロールで整えて、そして透明感の出るファンデーションを乗せる。これだけでも随分変わる。
私の手順を見て見よう見まねで自身のメイクを見直す月岡さんと高遠さん。二人も天使の役だもんね。
「東さんは人間の役ですし、そこまで血色は気にしなくて良さそうですね。照明で結構飛ばされるし。あ、でも眼鏡かける役ですし、アイメイクだけ少しいじりますね。…にしても綺麗なお肌ですね」
「フフ…ありがとう。気にかけてるからね」
「役者としても肌の手入れは大事ですからね。これからも美魔女頑張ってください」
「美魔女か。面白いね、綾奈は本当に」
今度スキンケアの方法詳しく教えてください、と約束をして東さんのそばを離れ、月岡さんと高遠さんの元へ。
二人は元々芝居をしてたこともあって、多少メイクの知識もあるらしい。とはいえ、GOD座ではキラキラした王子様役ばかりだった高遠さんはその時のメイクじゃ今回の舞台には合わないし、ちょっと不器用なのか月岡さんのメイクも控えめだ。
少し触りますね、と断ってまずは高遠さん。彼は元々目鼻立ちもはっきりしているからそれほど濃いメイクをする必要はない。効果的なのはシェーディングかな、とどんどん顔に影をいれていく。これも照明のことがあるから濃いめに。
どうですか?、と聞けば、すげぇな、と驚いた様子。まぁGOD座とは違うメイクだろうしね。
今後のためにシェーディングの入れ方を簡単に説明すれば、真剣な目で聞く姿に本当に芝居が好きなんだなぁとひしひしと伝わってきた。芝居馬鹿ってやつだこの人も。
「さて、じゃあ月岡さんも少しやっちゃいますね」
「あっ…うん。よ、よろしくねっ…!」
「…?もしかして人に触られるの苦手だったりしますか?」
「そ、そういうんじゃなくて…なんというか照れるなって…」
そう言われて、たしかにメイクする為にグッと近付くから落ち着かないか、と思い至った。あとの4人がそういうのに無頓着過ぎなんだ。多分、月岡さんの感覚が普通だ、なんてちょっと失礼なことを考えてしまった。
「あはは!確かに!すみません、ちょっとだけ我慢してくださいね。絶対美天使にしてみせますんで!」
「美天使って…、ハハ!うん、ありがとう」
「月岡さんの場合は少しビューラーでまつ毛あげましょうか。脚本を見る限り、ミカエルの演技なら目の変化を見せたいところですし。まつ毛をあげることで光が入りやすくなって、照明も相まって最後のシーンなんかは特にキラキラすると思います」
「…すごいね、そこまで考えてくれてるなんて」
「使えるものは使わないと!あ、あと髪も少し手直ししてもいいですか?目の表現を邪魔しない軽い感じにしたいんですけど」
「うん、任せるよ」
笑ったことで緊張がほぐれたようで、月岡さんは私が思うようにさせてくれた。仕上がりに彼は感動し、そして何度もセットの仕方を確認してきた。私も毎日来れる訳じゃないから、自分で出来るようになってもらわないとだしね。
「綾奈ありがとう!すごいよ!みんなグッと世界観に深みが出た!」
「それなら良かった。今後を考えるとヘアメイクさんとかも欲しいところだね」
「え~綾奈がやってよ~!」
「おバカ。ま、とにかくGOD座に勝たないとだけどね。そしてまずは今日の公演!」
「そうだね!みんな、そろそろ衣装に着替えちゃってください!」
衣装に着替えるとのことなので私はそろそろ観客席に向かうことに。パッとしか見えなかったけど、瑠璃川くんの作った衣装の出来栄えはかなり良さそうだった。舞台上で見るのが楽しみだ。
さぁ、冬組旗揚げ公演、"天使を憐れむ歌"。
開演だ。
20190311