GW遠征合宿篇
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「どうせ試合ではすぐ負けんだろ!!」
第6話
あぁやってしまったなぁ、とどこか他人事のように思いながら目の前で罵声を浴びせてくる彼に視線をやる。孤爪くんにあまり一人にならない方がいいと注意してもらってたのに。思わず溢れそうなため息をなんとか堪える。まさかドリンクボトルを洗いにきた時にこの人に会うとは思わなかったなぁ。
2セット目も無事音駒の勝利で終わり、初日ということもあり今日の練習は終了。それぞれで片付けに取り掛かる中で私もマネージャー業に勤しんでいた。使ったタオルやビブスの回収、今日のスコアの書き上げ。そして最後にボトルを洗いに水道に向かえば鉢合わせになった、1セット目で怒鳴ってきたあの人。思わず「ゲ」と内心思いながらも仕事をする為に蛇口を捻る。
向こうもほっといてくれないかな、と思ったのもつかの間。彼は馬鹿にした表情を浮かべて口を開いた。「2セット目も勝ててよかったなぁ?」「じゃねぇとお前が主審でズルしたのが更に浮き彫りになるもんな」そんな挑発に私が乗るわけもなく、終始無言で着々とボトルを洗っていく。その様子にカッとしたのか、相手は私の洗ったボトルをバッと腕を振り払って地面に落とした。あぁまた洗い直しか。今度はしっかりため息を吐いてボトルを拾う。
「ッ…!なんとか言えよ!そうやって黙ってりゃ部員に守ってもらえんかよビッチ女!!」
「…」
「さぞかしチヤホヤされてんだろうなぁ?こりゃあいつらも次の公式戦ではただの腑抜けだな!どうせ試合ではすぐ負けんだろ!」
「、」
さすがに、頭にきた。
100歩譲って私のことを言うのは別に構わない。こんな人の言葉なんて気にする時間も勿体ないから。ギロと睨みつければ一瞬怯んだ様子を見せたがすぐに「んだよ!言いたいことがあるなら言えよ!」とまたも罵声を浴びせてくる。ならもう、遠慮しない。
「貴方はそれを、本当の試合でもやるんですか。負けたらすぐ終わりの公式戦で」
「ハァ!?それとこれとは話は別だろ!」
「何が違うんですか?男だろうと女だろうと、貴方は公式戦で主審に向かってあれだけのことをするんですか?主審は絶対です。貴方のところの主将さんはそれが分かっていたから貴方を止めたんです」
「こいつっ…!」
「それに音駒は、アンタみたいな腑抜けじゃない」
「調子に乗るんじゃねぇぞォ!!!」
怒りに満たされ、グワッと手を振り上げた彼に「あぁ、この人本当に馬鹿だな」とどこか冷静な自分がいた。私はその振り上げられた手を避ける技術なんてない。こんなんでも一応スパイカーの端くれだ。私にとってその威力は相当だろう。もし暴力沙汰になんてなったら部活停止、酷い場合は大会出場すら停止させられることまで考えないんだろうか。
バシィンッ、と叩きつけられた肩は思いの外痛くて重くて。耐えきれず私はその場に尻餅をついた。周りにガラガラとボトルが散らばった。さすがにこの騒ぎで誰も気付かないはずもなく「何やってんだ!!」という声に彼はハッとしたのかすぐに顔を青ざめさせた。だから、遅いってば。
「おい高原!!」
「…大丈夫ですよ、黒尾さん。ちょっと大げさに音が鳴っただけで」
「大丈夫な訳ねぇだろ!!海!医務室連れていってくれ!!」
「あぁ…!いくぞ高原さん。立てるか?」
「はい、医務室も行かなくて大丈、」
「それは聞けないな」
「早く連れて行って」
「わっ…か、海さん!」
グイッと強く、でも優しく立たせてくれた海さんはそのまま私を医務室へ連れていく為に歩き出した。振り返った先にある黒尾さん、そして孤爪くんの背中はゾッとするほど気迫に満ちていた。…あの人、逆に大丈夫か。
でもさすがに手まであげるとは思わなかったな、と海さんに連れられるがまま医務室に向かった。
「…おたく、自分が何したか分かってんのか」
「ッ…!」
「…もう二度とあの子に近付かないで」
「報告はさせてもらう。うちの大事な部員に手ェ出された訳だからな」
行くぞ研磨、と足早に医務室に向かった二人は終始無言で眉間に皺を寄せていた。
「だ、大丈夫ですか高原さん!!怪我したって聞いて…!オレ…!」
「1セット目のアイツなんだってな。まさか手を出してくるとは…」
「あはは…お騒がせしてすみません。本当に大丈夫です」
「腫れてるって言われただろう。高原さんはすぐ大丈夫っていうから心配だよ」
「海さん…なんでいうんですか…。大袈裟なんですよ、ちょっと腫れてるだけなのに」
湿布貼ってたら治ります、という言葉は心配してくれてる彼等にはあまり届いてなさそうだ。みんな浮かない顔をしている。
猫又監督と直井さんにも話はいったそうで、今後の槻木澤高校との交流を考えると言っていたけどそれは気にしないで欲しいと頼み込んだ。相手の顧問も顔を青ざめさせて頭を下げていたらしいし、そもそも私がいなければ起こらなかったことだ。私は今回だけの臨時だし、その今回限りの状況で今後の練習に支障を来すのは私だって本意ではない。それを伝えれば監督達は難しい表情を浮かべたまま、保留にする、といってくれたので少しホッとした。幸い怪我をしたのは左肩だ。利き腕は右なのでそれほど支障はない。とはいえ、心配故に私の仕事を手伝うと言ってくれる部員のみんなの練習時間を削らせるのは本当に申し訳ない。サポートしに来たのにサポートされるとは情けない、と落ち込んでいると数日でよく触れられるようになった手の感覚が頭に。見上げると黒尾さんが「仕方ねぇやつ」とでも言いたげな笑みを浮かべていた。
「申し訳ないとか思うなよ。お前が手伝いに来てくれなきゃ全部オレ等でやらねーといけなかったことをやってくれてんだ。それをちょっと手伝ったぐらいで何の支障もねーよ」
「…でも、」
「でもじゃねーの。オンナノコなんだからそこはオレ等に甘えてなサイ」
「プッ…ふふ。ありがとうございます、お父さん」
「おーオレは過保護なんだ」
ニヤリと笑った黒尾さんにとてもホッとした。ただの臨時の人間にここまで親身になってくれるのなら、正式なマネージャーになった人はきっととても大事にされるだろう。この合宿が終わったらマネージャー探しに協力してあげてもいいかもしれない。
「…あー…やっぱりちょっと痛いな…」
その日の夜。一人部屋でお風呂あがりに怪我の様子を見てみれば他より断然赤く腫れている左肩。アザになるなぁ、これは。医務室の先生曰く、脱臼手前だったとかなんとか。そら痛いはずだ。ていうかどんだけ強い力だったんだ。まぁ、とにかく脱臼手前ということは捻挫だ。大人しくしているに越したことはない。少し痛みはあるとはいえ、明日明後日には痛みも治るだろう。様子を見ながら練習の手伝いもさせてもらおう。
宮城はなんとなく東京よりかは涼しくて、窓を開けているだけで涼しい。すると聞こえてきた山本くんの「その時は覚えてろよ烏野ー!」なんていう声に思わず笑ってしまった。何に対してかは分からないけど、烏野という相手に対抗心があるのだろう。元気そうでなにより。
明日は今日とは違ってここの体育館で練習試合をするので移動はない。その代わりマネージャーの私は食事の用意も仕事に加わってくる。これは早起きは必須だな、とさっさと髪を乾かして明日に備えようとドライヤーをかける。だいぶ伸びたなぁ、なんてぼんやり考えてその日は消灯時間よりもずっと早くに就寝した。隣の部屋から聞こえる賑やかな声に酷く安心しながら。
20180812