GW遠征合宿篇
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「高原さん、おはざーす!」
第5話
GW遠征合宿当日。眠い目を擦りながらいつものように制服を纏い、満員電車を乗り継ぎやってきた東京駅。まだ集合時間には余裕があるのでコーヒーを買ってベンチに落ち着く。荷物が割とあるので電車ではとても肩身が狭かった。色々申し訳ない。社畜の皆さん、GWまでお疲れ様です。
10分程経った頃に真っ赤なジャージに身を包んでやってきたのは1年生の犬岡くんと芝山くん。 ベンチの横にある荷物を見た瞬間に慌てて頭を下げる二人に私まで慌てた。昨日荷物持ちを申し出てくれるつもりだったそうだが、私が先に帰った為に言うタイミングがないままになったのだとか。いやそりゃ私が悪いわ。
「気にしないで。わざわざありがとう」
「いえ!電車混んでたし大変でしたよね!すみません!」
「こっからはオレ等が持つんで!」
「ははっ。じゃあお願いしようかな」
はいっ!、と元気よく頷いた二人に笑みをこぼす。バレー部の1年生はなんとも癒されるなぁ。 力仕事も任せてくれ、と申し出てくれるのは本当に心強い。もし何かあれば頼らせてもらおう。
「うしっ。んじゃーまずは合宿所に荷物置いたら必要なもんだけ持ってまた集合だ。今日の相手の槻木澤高校に向かうからな」
「ウス!」
「マネちゃんは向こうついたらまずドリンク頼めるか?そんで手が空いたら練習加わってくれ」
「了解です。出来るだけ早く済ませますね」
頼むわ、と頭をポンと撫でてから黒尾さんと別れる。賑やかだった新幹線内だったけど東京から仙台まではあっという間で部員のみんなも移動で疲れる間もなかった。
今回合同で練習する他校は既に来ているようで体育館の方から声が聞こえる。今日の音駒はここでは練習はしないけど、明日やる相手があそこにいると思うとちょっと緊張する。
わざわざ一人部屋を用意してもらった部屋に荷物を置いて、中学時代にお世話になった練習着の上にお気に入りのadidasのジャージを着て気合いをいれる。久しぶりに色々なバレーを見れるのはとても楽しみだ。
「あっごめんなさい」
「いえいえ。…あれ、女の子?どっかの高校のマネージャーかな?」
「はい、音駒です。ぶつかっちゃってすみませんでした」
「だいじょぶだいじょぶ~。むしろ役得って感じ。音駒にこんな可愛いマネージャーがいるなんて羨ましいな~」
「いや、私は臨時なので」
曲がり角で軽く人にぶつかってしまい慌てて謝ると、そこには特に気にした様子もない白に淡い緑のラインが入ったジャージを着た男子生徒。きっと彼も今回の合宿の参加校の部員だろう。
自分が臨時であることを伝えれば「ふーん?」と特に気にした様子もなかったので「急ぐのですみません」と一礼してその場を去った。「ばいばーい」と爽やかに手を振る彼に私も小さく手を振り返した。
槻木澤高校は合宿所から徒歩圏内で行けるところだった。途中、孤爪くんが迷子になるというアクシデントはあったものの、黒尾さんがしっかり回収してきてくれた。見知らぬ土地での迷子は怖いな。無事でよかった。
時間が勿体無いとばかりにすぐにアップに入る部員を横目に私もサッサと準備に取り掛かる。なんとなく視線を感じるけど、マネージャーというのはそんなに珍しいのだろうか。冷水機の場所を聞けば「案内しましょうか?」とまで言ってくれた他校生に有難くも断りをいれて足早にその場を去る。宮城の高校生は優しいな。
「あ!高原さん戻ってきた!大丈夫だったか?」
「え?なにかあったんですか?」
「いや、何もなかったならいいんだ。知らない奴に声とかかけられてないか?」
「はい。あ、でもちょっとボールが転がってくること多かったので皆も少し気をつけてくださいね」
「…ナニィ!?」
「あいつラァァァ!!」と文字通り燃える山本くん。まあ、確かにスパイク練習中に転がってきたら危ないし怒るのも分かる。私の安否を何故か聞いてきた夜久さんは苦笑をこぼしていた。そして何故か福永くんは私の肩にポンっと手を置いた。その真意が分からない。まぁ、でも何に対してかは分からないけど心配をしていてくれたらしい。彼らにとって私は危なっかしく見えるのかな。
「あ、高原ちょっといいか」
「直井さん。はい、なんですか?」
「今回はスタメンだけの遠征合宿だからセッターに少し負担が大きいんでな。お前をいれてトスアップしたいんだがいいか。そしたら3箇所で効率が良い」
「はい、大丈夫です」
「ちなみにお前って主審って出来るか?出来れば各校から1名出せって言われてるんだが…」
「出来ます。コーチ方は是非ベンチでご指導お願いします」
「…ほんっと頼れるマネージャーだな、お前は」
「臨時ですけどね」
出来ることはやります、と笑えば「頼りにしてるぞ」と豪快に笑った直井さん。頼りにされるのは素直に嬉しい。それに思いのほか役に立ててるようで私も少しムズムズする。
トスアップ中、「逆にお前から見て今のスパイクどうだった」とか聞かれて私の意見を伝えるのも遣り甲斐があった。犬岡くんなんかは飲み込みが早いのか、一巡前にアドバイスしたことを二巡目で試してみれば成功して。嬉しそうにハイタッチをしたのもいい思い出になりそうだ。
アップも終わり、1試合目。早速主審を任されたので主審台に登る。…とても視線を感じる。まあ、気にせず私はこの上からの景色を満喫しようと思う。現役時代も練習試合なんかで主審をするのは好きだった。コートの外からでは分かりにくいことも、ここからなら見えるものはたくさんあるからだ。
音駒はとても安定したチームだ。確かに特出した選手はいないかもしれないけど、バレーの要である"守る"ということに主旨を置いたプレー。
そう。バレーはボールを落とさなければ負けない。
それは猫又監督の指導なのだろうか。とはいえ、やろうと思って出来ることではないし、レシーブはそう簡単に身につくことではない。きっとこれまでもレシーブに重きを置いた練習を重ねてきたんだろう。槻木澤高校も、何度打っても拾われるということにジワジワと自分達の首が締まっていることを実感している頃だろう。
「あ!?今触ってねーだろ!」
「!」
「お前!音駒のマネージャーだからってあいつらに贔屓してんじゃねぇのか!?」
「おい!やめろ!」
「…」
「何とか言えよ!なんで女が主審なんだよ!!」
1セット目を音駒が取り、2セット目中盤。相手チームのネットタッチを取れば上がった怒声。熱くなっているのもあるだろうが、主審は絶対だ。何より副審もネットタッチだと主張しているし、熱くなっている彼を止めている選手…多分主将だろうけど、その人も分かっている表情だった。きっとネットタッチした彼も自分では分かってる。けど、劣勢の状況での反則。そしてそれが相手チームのマネージャーで且つ、女。その条件が彼の怒りを引き起こしたのだろう。
自分でも冷めた目をしている自覚はある。何も言わずに彼を見つめていれば彼を止める主将さんが「悪かった」と謝りポジションに戻ったので私も主審としての仕事に戻る。問い詰めるつもりはない。なので音駒の方々も威嚇するのやめてください。
「高原さん主審ありがとな。…大丈夫か?」
「お疲れ様です、海さん。ストレート勝ちでしたね。さっきのことなら平気ですよ。よくあることですし」
「…それでも嫌な思いさせちまったことは事実だろ。すまねぇな」
「どうして黒尾さんが謝るんですか。本当に気にしないでください。大丈夫です」
「それよりもさっきの試合で気になることがあったんですけど…」と話を変えれば、試合後すぐで疲れているだろうに声をかけてくれた海さんと黒尾さんは一瞬黙った後、話に乗っかってくれた。他の部員達もそれぞれに声をかけて気遣ってくれた。それに監督とコーチまで。本当に大丈夫なんだけどなぁ、と苦笑をこぼしながらお礼を言った。
「…高原さん、ここではあんまり一人にならない方がいいと思う」
「え?なんで?」
「なんとなく…。試合前のこともあるし」
「?まぁ、そんなに体育館から出る用事もないし何もないと思うよ。ありがとう、孤爪くん」
多分心配をして声をかけてくれた孤爪くんは居心地悪そうに「別に…」と返答した後、タオルで顔を隠してしまった。照れ隠しかな?可愛い人だ。
少し休憩したらもう1セット。選手達にとって体力との勝負になってくるGW遠征合宿。何事もなく終わることはないだろうな、とどこかで思った自分がいた。
20180811