代表決定戦篇
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「そっか、なるほど左利き…」
第6話
ついに始まった決勝、烏野対白鳥沢。私は相手チームの強さを知らないけれど、嶋田さん達の情報によると全国出場常連のチームなのだと聞いた。それは相当強いチームだ。それこそバカみたいに。きっと環境も経験も、何もかもが烏野とは違っているんだろう。見る感じアップも随分落ち着いていたし、決勝に緊張する、なんていうこともあまり無さそうだ。そしてその強さに自信を持っている。
「…そりゃあんな大エースがいたら負ける気しないよな…」
黒尾さんも言っていたウシワカ。高身長でガタイも良く、それでいて……左利き。バレーをする為に生まれてきたかのような存在だった。いつもなら正面で捉えれば確実にセッターに返す西谷くんが弾かれたことで、如何に左利きが厄介かということが窺える。きっと西谷くんならそのうち慣れる。そして守備の要である彼がウシワカのボールを捉えた時、烏野は本来の力で反撃が出来るのだと思う。
「あ、あのっ綾奈先輩なら華麗にレシーブできますかっ…!?が、合宿の時に見せてくれたレシーブめちゃくちゃ上手でしたし…!」
「え?いやいや…左利きってだけならまだしも彼のあのボールは相当な威力だからねぇ…。そう簡単にはいかないだろうし、変に触れば腕吹っ飛びそう」
「ヒィッ…!!すすすすみませんんん…!わ、わたっ私が代わりに吹っ飛びますのでぇええ!!!」
「ちょっ!仁花ちゃん…!大丈夫大丈夫。仁花ちゃんを吹っ飛ばすぐらいなら死にものぐるいでAパスにするよ」
「はわぁ…っ!」
「……綾奈ちゃん中々イケメンだな…」
私の言葉で顔を真っ赤にさせた仁花ちゃんとの会話を聞いていた嶋田さん達に苦笑をされて頭をポリ…とかく。いやまぁ…仁花ちゃんは守りたくなる系の女子ですしね…。それに私ならウシワカのスパイクを拾えるんじゃないかと思ってくれたのも純粋に嬉しかった。そう言われると受けてみたくなる。流石に吹っ飛ばされることはないでしょう。……………え、うん。ない…よ、ね…?
烏野の攻撃だってちゃんと決まっているのに、それを上回る量の得点を叩き出すウシワカの姿に、大見えきったとはいえ自分の腕が心配になって思わずスリ…と腕を撫でた。
そうこうしているとあっという間に1セット目が終わってしまった。白鳥沢に取られたというよりもウシワカ1人にほとんど奪われたようなものだった。一人で何得点していただろう彼は。烏野勢は正直食らいつくのに必死という印象を受けた。けれど確実に捉えてはきているし、最初は左利き特有のボールの回転に惑わされた西谷くんも早い段階で彼のボールを捉えていた。負け筋だけではない。それに今回はフルセットによる5セットマッチだ。まだまだ始まったばかり。選手の顔つきもしっかりしている。
私は、彼らの答えを知りたい。
「…っいいなぁ…!いいなぁ月島くんっ…!」
そして私は、一人の選手がバレーにハマる瞬間に立ち会う。
白鳥沢の5番の選手が中々に読みの上手いブロッカーなのもあり、かなり苦戦を強いられた烏野だったがこちらにも壁はある。そしてその壁は相手の最大の砲台を見事シャットアウトさせたのだ。何度も何度もコースを絞って打たせ、何度も何度もワンタッチして、そうして掴んだドシャット。観ているこちらまで震えるほど興奮するのだから当人の喜びは計り知れない。だって、あんなに大きくガッツポーズを取る月島くん、初めて見たもの。
今となっては合宿の時にバレーにハマる瞬間を聞かれたあの日が懐かしい。今日の彼はそれはそれは覇気がある。そしてずっと冷静だ。スパイカーにとってはとても厄介であり、対面したくない相手だろうと思う。
今日の彼はただ合格点を取った選手じゃない。誰がなんといおうと、満点だ。
「かっこいいぞー!月島蛍ー!!」
「おらー!もう一本かませ蛍ー!!」
「ウチは女性陣が強いナ」
「頼もしい限りである。」
うおー!、と叫ぶ興奮した私と冴子さんを見てどこか遠い目をする嶋田さん達。なんでだ。
チラリとこちらを見た月島くんに満面の笑み付きで両手でグッドサインを突き出した。おいこら引いた顔をするなまだ喜びに浸れよ。
月島くんのドシャットは5セットのうちのたかが1点かもしれない。けど。その1点は確かにチームの士気を上げた。次の1点に繋がる、強い強い1点だったのだ。
「負けんな烏野ォ!!」
たくさんの応援の声にまぎれた願いが、どうか彼等に届きますように。
「…どっちもほんと、いいなぁ」
2セット目は月島くんのドシャットで烏野が1セットを取り、続く3セット目は動揺もほとんど感じられずに白鳥沢に奪取された。セットカウント1-2。次の4セット目で1セット取らなければ烏野は負ける。そんな中でも彼等はこちらが驚くことをやってのける。きっと練習でだってしたことがないだろうことを試合中に考えて、本能で。それをやるのだ。勝つ為に。
楽しい。とても楽しい。応援にまで力が篭るこの試合を、私はこの先も忘れたくないと思った。
「ファイナルセットは菅原さんをスターティングにするみたいだね。影山くんもずっと動きっぱなしだしいい判断だと思う」
「す、菅原先輩ならダッ大丈夫ですよねッ!!」
「うん。菅原さんは…影山くんとは違う。違うけど、同じことをする必要はないからね。菅原さんにしか出来ないことがある。いつだって仲間のことを真っ直ぐに見てる人だもん。そんでそのことをみんなが分かってる。…今の仁花ちゃんみたいにね」
「、!」
「…3年生でスタメンじゃないことって正直めちゃくちゃ悔しいと思うんだ。どれだけバレーに時間を費やしてきても、それを発揮できる場所が無ければ悲しいだけだから」
「っでも菅原さんはご自身で影山くんをスタメンにするべきだって…!」
「そこが菅原さんのすごいとこだよね。目の前の一勝じゃなくて、もっと先へと進んでいく為に、勝つ為にそれを選択した。…本当に、中々出来ることじゃないよ。かっこいい人だ」
そんな彼だからこそ、出来る事。合宿でもずっとたくさん練習していた。私が参加していない合宿でもきっとそれは変わらなかったはず。
ファイナルセットまで繋いだ烏野。ファイナルセットは15点先取。思っている以上にあっという間に終わるこの1セットは特に緊張状態に陥るはずだ。それでもベンチの雰囲気は良かった。菅原さんにワーワーとにじり寄る姿は何をしているのかは分からないけど、多分いつも通りの姿なんだろう。
「下を向くんじゃねええええ!!!バレーは!常に上を向くスポーツだ」
「、!ッハハ…かっこよすぎるよ烏養さんっ…!」
あっという間のファイナルセット。菅原さん投入はちゃんと機能していた。あんなに全力のシンクロ攻撃は初めて見た。攻撃力の高い、烏野だからこその技だと思う。途中、月島くんが怪我をして離脱。ブロックの要が抜けた穴は痛い。それでも誰一人諦めていなかった。周りが言うまでもなく自分から「月島くんのところに行ってきます!」と駆け出した仁花ちゃんのように。前回の澤村さんの怪我のことから彼女もきちんと成長している。
けど、ついに向こうのマッチポイントだ。この1点を落とせば、負ける。思わず顔が下を向く。
強い。頑張れ。勝って。
ぎゅっと握りしめた拳は力が入りすぎて白くなっていた。
タイムアウトも取れない中、響いた烏養さんの言葉で私も含めてみんながハッとしたのが分かった。ポロリとこぼれた涙に、自分が如何に動けなくなっていたかを思い知る。馬鹿だなぁ。応援が黙ってどうすんだっての。まだ、下を向くには早いじゃないか。
だってまだ、負けてない。
「及川さん!岩泉さん!観に来てたんですね!」
「えっ綾奈ちゃん?ちょ、顔くしゃくしゃすぎ!」
「もう出てきたのかよ。まだ表彰式もこれからだろ」
「はい。お邪魔になっちゃうんで。…すごかったですね両校」
「…まぁな。まさか烏野がウシワカ倒すとは思わんかった」
熱い熱い試合を繰り広げた体育館を後にして、やっと止まった涙に鼻をズビズビ言わせていると前方に知った姿を見かけて肩を叩いた。涙でぐしゃぐしゃになった顔に慌てる及川さんに情けない笑みを向けて、少し腫れた目元に手を当てる。手が冷たくて気持ちいい。
岩泉さんが言うように、試合が終わって会場の興奮も冷めやらぬ中、私は早々に体育館を後にした。冴子さんが一緒にご飯行こうと誘ってくれたけど、帰りの新幹線があるからと断った。まぁそれは口実なんだけど。新幹線の時間まではまだ余裕がある。祝勝会は烏野勢だけのものだと思ったから。もちろん烏野が勝ったことはめちゃくちゃ嬉しいけど、それでも私は真っ赤なネコ達がやっぱり特別なのだ。
「…私、宮城に来て改めてバレーが好きだなって思いました。昨日のお二人の試合も本当に素敵でした」
「負けたけどな」
「負けたけど、です。それでもかっこよかったんですから」
「………綾奈ちゃんにかっこいいところ見せたかった」
「話聞いてましたか?たっぷり見ましたってば。というかそんなの考えてなかったでしょ?(笑)」
勝利に飢えた獣でしたよ、と笑えばブスッとしていた及川さんは更に口の先を伸ばすので笑ってしまった。「青葉城西でのバレーは楽しかったですか?」と笑えば二人は少し黙った後にフッと口元に笑みを浮かべた。その表情が全てだった。
「綾奈ちゃんもう東京帰んの?」
「はい、17時の新幹線で」
「そうか。そしたらしばらく会うこと無くなりそうだな」
「…そうですね。でも、お二人が今後もバレーを続けていくのであれば、そのうち会えると思います。私も、頑張るので」
「そのうちじゃなくて普通に会って!!!連絡するから!!!」
「えっ。あ…ふふ。会いに来てくれるんですか?」
「行く!すぐ行く!走ってく!!だから未来で待ってて!!」
「この前の金ローって時かけでしたっけ岩泉さん」
「この前DVDで観たらしい」
「あっはは!!影響されやす!!」
「うるさいな!!!!」
ムキー!と怒る及川さんと、うるせークソ川!、と怒鳴る岩泉さんのコントのようなやり取りに笑いすぎてお腹がいたい。
私達は宮城と東京という離れたところに住んでる。今日みたいな機会が無ければもう会うこともないだろう。それこそ3年生であるお二人は卒業してそれぞれの進路に進む訳だし。それでもまた会おうと言ってくれるのはとても嬉しい。せっかくの縁を、彼等も繋ごうとしてくれていることが酷く嬉しいのだ。そのボールを、私も落とさずに繋いでいきたいと思う。
まだ言い争う二人の肩をチョンチョンと突いて、こちらを振り返った二人にニコリと微笑む。きっとまた、会いましょう。そして、
「いつか、一緒にバレーボールやりましょうね」
少し目を見開いた二人だったけど、それでも笑みを浮かべて首を縦に振ってくれた。
さぁ、東京に帰ろう。
20211106