代表決定戦篇
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「綾奈ちゃん今どこにいんの」
第5話
そんな束縛の激しい恋人みたいな発言をしたのは電話の向こうにいる及川さんだった。ホテルに着いて荷物を軽くし、近くのファミレスで夕食を取って一息付いていた時の着信だった。ビーフシチューオムライス、美味しかったです。
一瞬、電話に出ることを躊躇ったけど、悔しさやら何やらでぐちゃぐちゃなはずの彼からの電話。無碍にすることなんて出来なかった。電話に出た私が何か言う前にどこにいるのと尋ねてくるあたり、やっぱり機嫌がいい訳ではなさそうだ。
「お疲れ様です。ファミレスで夕食をとったところです。及川さんはちゃんとご飯食べました?」
「…さっき監督が奢ってくれた」
「それは良かったです。今はもうお家ですか?ゆっくり休んでくださいね」
「今ラーメン屋」
「…監督からラーメンをご馳走してもらったんです?」
「その後にきてる」
「ワァ…」
及川さんの言葉に私は思わず目が点になった。監督からご飯をご馳走になった後にラーメン屋に入ったということだ。恐るべし、育ち盛りの男子高校生。替え玉もした、と言う彼にもう呆れを通り越して笑ってしまった。やけ食いだ。青城の主将、やけ食いしとる。
なんで電話?と思っていることを察したのか、「また後でって言った」とムスリとした声で言われた。……………あ、確かに試合前にあった時の別れ際に言ってたような…?いやそんなん覚えてないって…。意外と律儀だこの人。
どうやら周りには3年生を中心に他の部員もいるらしく、ちょこちょこ声が聞こえてくる。思ったよりは元気そうな声に内心ホッとする。けど、どうしようもない時間がくることを私は知っている。本気でやってきたことの敗北は、そうやってジワジワと実感していくのだ。
クソックソッ、と話の中でも何度もそう吐露する及川さんは相当悔しい気持ちでいっぱいなんだろう。私は彼等の3年間を知らない。これまでバレーに費やしてきた時間を知らない。きっと、それこそ途方もない時間をバレーに充ててきたのだと思う。そして、それでも彼は今きっと、
「及川さん」
「…何」
「バレー、したいですね」
「…………うん」
どれだけバレーに時間を割いてこようと、これからの彼もきっとバレーに時間を使っていくのだろう。彼の素直な返事に私は1人笑みを浮かべ、食後の珈琲を口にした。ファミレスの珈琲も悪くない。
それから数時間後に「バレーしてきた」と写真付きでLINEを送ってきた及川さんに私はホテルで1人声を出して笑った。涙でボロボロになった顔で映る3年生は今この瞬間、世界中の誰よりも眩い笑顔だと思った。
「ハァ!?おま、学校サボって烏野の試合観に行ってたのか!!」
「…ちゃんと親に許可もらってますってば」
ブヒャヒャ!、と電話越しに悪びれもなく爆笑する黒尾さんに通話切ってやろうかと思った。いいじゃんね!1日くらい!
どうやら昨日翔陽くんから研磨くんに決勝進出の連絡が入ったようで、その際に私が来ていることも知ったのだとか。度胸あんな!、と笑う黒尾さんに確かに我ながら思い切ったことをした自覚はある。けれど来たことには全く後悔はしていない。むしろ昨日の試合を観なかったとしたら、その方が大いに後悔したはずだ。昨日の試合の様子を聞いてくる黒尾さんに、烏野やばいです、なんて返してやれば「え…?そんなに…?」とちょっとビビってて面白かった。まぁふざけて言ってるんだろうけど。
「つーことで今日これからウシワカとやるんだろ。さて、どうなるか」
「白鳥沢のエースのことですよね?さっきから歩いてても大概の人がその名前言っててびっくりしました。相当上手な選手なんですね」
「まぁ全国で3本指に入る選手だからな。そんで怖いのはウシワカだけじゃないってのがまた嫌なとこだよ」
「…応援席もすごかったですよ。チアとかいて。盛り上がりすぎちゃってたので外に出てきちゃいましたもん」
「お前もチアやれば?」
「誰得ですか」
「俺得」
その場にいないのに何を、と呆れた溜息と共に吐き出せば「あ!先輩だぞ俺は!」なんて言う黒尾さんに「ごめんねびっくりしちゃったね先輩〜」とあやす。テメッ!とふざけた会話が出来る黒尾さんとのやり取りは随分慣れたものだ。この距離感がとても居心地がいい。フフッと笑い声を漏らしたことで肩の力が抜けた気がする。当人でもないのに私は何故か緊張していたらしかった。内心その緊張を解してくれたことに感謝しつつ、もうすぐ音駒も練習が始まるとのことだったので、それじゃと電話を切ろうとする。携帯から少し耳を離したところで聞こえた私の名前を呼ぶ声に「え?」ともう一度耳を近づける。聞き間違いかな。
「音駒の試合も絶対来いよ」
「…はい。みんなの応援、させてください」
そして彼は満足そうに笑い、通話を切った。うん、やっぱり緊張解れた。よし、とベンチから立ち上がり体育館に足を運ぶ。昨日の観客数とは比べ物にならないぐらいの人の数になりそうだ。平日だったっていうのもあるだろうけど、さっき黒尾さんも言っていた通り全国3本指に入るような選手の試合だ。自身の目で見られるなら見たいと思う選手もきっと多いだろう。こっちから入った方が烏野サイドかな…?、と自分の勘を信じながら突き進む。迷ってはいない。断じて迷ってはおりません。
「…あれ?翔陽くん!そろそろアップ…って、なんか顔色悪いね…?」
「アッ綾奈さん…っ!や、ちょっと緊張でお腹痛いだけで…!」
「緊張?」
「ウッ…い、いつもなんで…ダイジョブッス…」
「あらま…」
ちょうど男子トイレから出てきた翔陽くんに鉢合わせた。そろそろアップだよね、とエールを送ろうとしてその顔を見てギョッとした。真っ青なのだ。私の心配をよそに力なくいつものことだから…と笑う翔陽くんに、私は意外すぎて開いた口が塞がらない。緊張なんかしない天真爛漫ー!みたいな子かと思いきや、こんな繊細な部分もあるだなんて。あ、いや、これは失礼だな。確かに試合前は緊張するものだ。決勝戦なら尚更。私は苦笑をこぼし、彼の両肩をポンポンと叩いた。えっ、と顔をあげた翔陽くんにニッコリと笑みを向ける。
「昨日の試合、本当にすごくかっこよかったよ。ちゃんと木兎さんに伝授された必殺技も機能していたし、それは君が前より少し空で自由になったからだ」
「空で…自由…」
「うん。君はちゃんと確実に成長してる。進化してる。そしてそれを本番で発揮するだけの努力を重ねてきた。大丈夫!君の力、君達の力は強いよ!」
「…ッ!ウッス!!!なんか綾奈さんにそう言われるとめっちゃグアアアアッてきました!」
いい返事だ!、と笑えば翔陽くんもいつものようにニカッと太陽な笑みを向けてくれた。うん、眩しい。さっきより落ち着いてきた…、という彼によしよしと頭を撫でてやり、緊張は悪いことじゃないよ、と言えば頭にハテナを浮かべた。もしかしたらこれまではその緊張が邪魔をして思うように動けなかったことがあるのかもしれない。けど、今はその緊張を上回る自信があるはずだから。
「それにセンターコートに立った時、きっと緊張よりもずっとずっと違う何かが身体中を駆け巡ると思うよ。今日の会場なんかは特にね」
「…?」
「フフッ!うん、まぁ、頑張れってことだ!行ってこい!」
「シャス!行ってきます!!」
遭遇した時とは打って変わって顔色の良くなった彼を見送った。ダダーッ!、とすごい勢いで見えなくなった彼に私は1人笑みをこぼす。いいなぁ、真っ直ぐで。私もあれぐらい迷いなく真っ直ぐに突き進みたい。なりたい。
「…………えーっと…観覧席…」
物理的な道の迷いは、まぁ…その、追々。
「えっ月島くんのお兄さんなんですかっ?」
「らしいよ〜!帽子にグラサンにマスクだったから不審者かと思って連れてきたんだけど!」
「いやだってあいつ嫌がるんで…」
「えぇ…お兄さんの応援ぐらい素直に受け止めて月島くん…」
なんとか烏野サイドの観客席にやってくれば、昨日よりもずっと大人数が集まっていた。どうやら応援団を集めに集めて駆けつけてくれたらしい。これは力強い。こっちの観客席とは倍以上も違う白鳥沢の観客席。太鼓は叩くしチアは踊るしでまぁすごい迫力だけど、それでもこの応援は必ず選手達の力になる。そして聞けば月島くんにはお兄さんがいて、今日はこっそり観戦に来ていたらしい。まぁ冴子さんに不審者扱いされてアッサリばれてしまったらしいけど。お兄さんに試合見られたくないとか月島くんめっちゃ思春期じゃん可愛い〜。っていったらきっと嫌味たっぷりで返されるんだろうな。だって今でさえバチっと目があって睨まれた。なんも言ってないってば。寄り目をしてタコチューの変顔をしてみたらウザいを煮詰めたみたいな顔された。う〜んからかい甲斐があるなぁほんと。
けれど、いつも通りの様子で安心した。思ったよりもみんなこの会場の雰囲気に呑まれていないみたい。
さぁ、宮城県代表決定戦、決勝の始まりだ。
20210816