代表決定戦篇
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「すごい試合だ…」
第4話
烏野対青葉城西の試合が始まった。及川さんの強烈なサーブから始まったそれは、県大会の準決勝で行われるレベルじゃない。烏野はまだ荒削りだけど、それでも十分強いチームだ。それに比べて青城はコンビネーションも上手いし、何より選手一人一人のレベルが高い。二段トスもサラッとあげてしまうし、それを打ち切るのだから。
「前回の試合の変人速攻の払拭をしないとな…」
「前回の試合では烏野は完敗だったんですか?」
「いや…惜敗、だな。だが完敗だった。あの時の烏野の武器だった変人速攻を止められて終わった試合だったからな…」
「全部を出し切っても勝てなかった相手との再試合ってことですか…」
「だな」
この試合の前にやってきた烏野のOBである滝ノ上さん。その時の悔しさを思い出しているのか、眉間を寄せる姿にどれほど悔しい試合だったのかを物語っていた。勝たなきゃ勝たなきゃ、と逸る気持ちが透けて見える選手もいるけど…でも大丈夫だ。あの合宿で翔陽くんは秘密兵器を伝授されたうえに、見ることも覚えたのだから。
彼よりもずっと大きい金田一くんがついたブロック。それでも翔陽くんはちゃんと自らその日の壁を壊した。リベロを弾いたスパイクはとても素晴らしかった。沸く烏野勢。ようやく、ここからリベンジが始まるのだ。
「…ファイナルセットか」
1セット目は烏野、2セット目の長く続いたデュースを打ち破ったのは青城だった。烏野の選手たちの表情は「ストレート勝ちなんてさせてくれないよな」と覚悟が決まっているように見える。1セット目の烏野のマッチポイントで青城が投入した16番の彼には驚かされたけれど、徐々にチームにハマっていく姿は烏野勢にとってはとても恐ろしい光景だった。きっとあの人が及川さん達が言ってた「戻ってきた面白い選手」だ。けれど烏野も負けていなかった。菅原さんを投入したツーセッターも上手く機能していたし、ピンチサーバーで出た山口くんも素晴らしかった。もう、サーブへの恐れを感じなかった。この短い時間でなにがあったのだろう。私には到底分かることではない。けど、それをもろともしない及川さんの強烈なサーブ。ノータッチエースを決めた時には思わず鳥肌が立った。緊迫した局面での恐れのない攻めのサーブ。なんて、強いセッターだろう。
コートから目が離せない私を、周りはソッとしておいてくれた。いや、もしかしたら声をかけてくれていたかもしれないけど、頭に入ってこなかった。
たった一つのボールの挙動から目が離せなかった。
「……それにしても顔が怖い…」
「ちょっ!アンタ久しぶりに喋ったと思ったらそれェ!?」
「や、すみません…つい夢中に…」
いやいいんだけどさ!、とケラケラ笑う冴子さんに少し恥ずかしくなって頭をかいた。久しぶりの呟きがビビり発言って。クソリプきちゃうよ。そして冴子さん、お宅の弟さんとってもお顔が怖いです。夜道で遭遇したくないです。
ファイナルセットもお互い集中が途切れていない好スタートだった。だからこそ、そのバランスが崩された時が勝負となる。真剣な面持ちの選手に私も応援に熱が入る。どちらを応援しているのかは正直自分でも分からない。どちらにも勝ってほしいし、負けてほしくない。ずっと見ていたいと思わせる試合を観られるのは本当に幸運なことだ。
そして青城の顔の迫力がすごい12番が国見ちゃんと交代になり、試合がどう動くかと考えたところで彼はすぐにコートに戻ってきた。そしてその凄まじい迫力でブロック2枚なんて関係ないとでもいうような超インナースパイク放ち、チームに貢献した。
たった一点。されど、一点。
その一点はきっと青城にとってとても大きなものだったに違いない。だって、
「顔つきが変わった」
それからの12番の彼は…どこか嬉しそうな、それでいて伸び伸びとバレーをしているように見えた。そしてそれが青城のメンバーと噛み合っていく。…あぁ、これもまたバレーにハマる瞬間ってやつだ。
「頑張れ…頑張れ…っ」
何かに祈るように手を組み、目の前の試合を食い入るように見つめる。その先にいる選手たちはもう体力も限界に近いはずだ。重力との闘い。気持ちは負けていなくても、重力に負けてしまうことはバレーでは珍しいことじゃない。どんどん自分が飛べなくなっていくことを実感するのだ。
隣で緊張のせいで思わず手摺りに噛み付いてしまっている仁花ちゃんをなだめながら、次のサーブ権を持った彼に視線を動かす。22-23、青城のサーブ。そしてそれは、烏野勢にとっては恐怖でしかない相手。ほんとに、めちゃくちゃかっこいいなぁ。
「ここで今日1番のサービスエースか…!」
凄まじい気迫の及川さんのサーブは誰に触られることもなく烏野コートに突き刺さった。どこからか聞こえた「バケモンかよ…及川…」の言葉は失礼ながろ私も同意だった。決して攻めることをやめないその姿は恐ろしく、そして誰よりも頼もしい青葉城西の主将だった。
「すご、い」
烏野と青城の試合が終わった。結果は26-24。烏野の、勝利だった。ワァアアア!、と沸き立つ烏野勢の声を聞きながら私はただポロポロと涙を流していた。結果として烏野が勝ったことが嬉しい。青城が負けたことが悔しい。なによりこの試合を観れたことがこの上なく、嬉しい。心が震えた。及川さんのコート外からの超ロングセットアップも、それを理解して完璧に入ってきていた岩泉さんも、レシーブした澤村さんも、それを拾って繋げた田中くんも、チャンスボールにしなかった東峰さんも、全部、全員が、眩しかった。本当に、素晴らしい試合だった。私は泣きながら手が痛くなるほどに拍手をおくった。及川さん達、青城の集大成にありったけの称賛と尊敬を込めて。
「綾奈ホントにいいの?送ったげるのに」
「お気持ちだけで十分です!それに会場の近くのバス停から1本のホテルなので!明日またお会いしましょう!」
「んも〜定員オーバーじゃなかったら持って帰ったっていうのに〜!」
「オイ。それは職質案件だぞ。ありがとな高原。アイツ等も応援喜んでたし」
「んふふ。いえ!私も観戦できてよかったです。明日の決勝も楽しみにしてます」
今日の試合が終わり、2試合を終えて眠気まなこな選手たちがバスに乗り込むのを眺めながら、ホテルまで送ってくれると名乗り出てくれた冴子さんのお言葉にお断りした。そもそも父兄の皆さんで定員オーバーなのだ。持ち帰られるのはちょっとされてみたかった、なんて思うのは仕方ない。
ありがとな、と笑う烏養監督に、こちらこそ、と返して私は静かに彼等と別れた。潔子ちゃんと仁花ちゃんにはひしっと抱き着いてから。また明日も会えるとはいえ、そう頻繁に会える訳ではないから淋しくなってしまうのだ。ニコリと微笑んでくれた潔子ちゃんがバスに乗り込み、あわあわと顔を真っ赤にする仁花ちゃんの初々しさったら。庇護欲が湧いてきます。頭をぽんぽんと撫でて、私よりも少し下にあるその眼を覗き込むようにしゃがむ。
「仁花ちゃん、今日は本当にお疲れ様。…澤村さんの一件はとても衝撃だったと思うけどよく頑張ったね」
「…ッ!イ、イエ…!わ、私…綾奈先輩に言われなかったらあそこで狼狽える事しかできなかったし…っ」
「予期せぬ出来事とはそういうものだ。大丈夫。仁花ちゃんはちゃんと烏野の仲間だよ。それを忘れなければこれからも大丈夫」
「…ハ、ハイッ!ふ、不束者ですが頑張りまふ…!」
「ふふっ。うん、頑張れ!」
それじゃあゆっくり休んでね、と彼女の背中を押してバスに乗り込ませる。ヒラヒラと手を振れば小さく振り返してくれたその顔は照れ臭そうでいて、そして少し自信がついたように見えた。可愛いな。
そして出発した烏野勢のバスを見送り、私も一旦荷物を置きに行こうかな、とホテルの最寄りに向かうバスに乗るべくバス停に向かった。
青城の選手達と遭遇することはなかった。
20210815