代表決定戦篇
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「お母さん、お願いがあります」
第2話
あっという間に10月がやってきた。少し風も冷たくなった。ちょっと薄着だったかな、と私は腕を摩る。
「はぁ…来ちゃった…」
仙台市体育館。今、私はここにいる。
しかもド平日。宮城県大会は選手達は公欠になって試合に臨む。選手どころか宮城県の人間でもない私が何故ここにいるのかと言えば…まぁ、お母様に頭を下げたからである。どうしても、彼等の試合をこの目で見たい、と。もちろん、学校は休まないといけなくなる訳だからお母さんも最初は渋い顔をした。けど、夏休み中バイトに励んで自分で交通費を確保していたことと、熱心に勉強していたことを認めてくれて、ご褒美という形で1日だけ欠席を了承してくれたのだ。話の分かるお母様である…ちゃっかりお土産はずんだ餅を御所望されました…。
昨日の試合も烏野は勝利したと連絡をもらったので、私は朝一で新幹線に乗り込んで単身宮城県に降り立ったのだ。今日を勝ち残れば明日は準決勝、そして決勝戦。という訳で今日の夜はこっちで一泊だ。…勝てばの話だけど。いや、勝ってほしいと思ってるけども勿論。
体育館内に入れば、平日ということもあり観客は少ない。今日ここにくることは誰にも言っていないのでコッソリと見守ろうと思う。試合前に集中を切らしちゃうと悪いし。
今日は…和久谷南高校とか。もちろん県外の高校の名前までは把握していないけど、ここまで勝ち進んできた強敵には間違いない。ちょっと緊張してきちゃったな。なんて、考え事をしてしまっていたからか、行きたい観客席と真逆の方に来てしまった。間抜け。しかも1人だし私服だしでめっちゃ注目浴びてる。サボって観に来ているのもあって肩身の狭いを思いをしつつ、回れ右をして烏野の試合が見える観客席へ向かって足を進める。
「え…綾奈ちゃん?」
「ゲッ。…あー及川さん。それに岩泉さんも。お久しぶりデス」
「ねぇ今、ゲッていったよね!?どういうこと!?ていうか何でいるの!?」
「応援ですよ、勿論。烏野とは合宿でも結構懇意にしているので」
「学校休んでまで来るとは中々入れ込んでるじゃねぇか」
「面白いですよね、あのチーム」
「上手くいきゃ、準決勝で俺等と当たるけどな」
「フフッ楽しみですね」
「まぁな」
「ちょっと!2人の世界やめて!!!」
ていうか俺達の応援もしてよ!、とぷんぷんと怒る及川さんと、うるせぇ!、と頭をボカンと殴る岩泉さん。まさかこの2人に見つかるとは思わなかった。というか烏野のことばっか考えてて想像もしてなかった。それでもやっぱり久しぶりに会うのは嬉しいもので、少しだけ立ち話。もう肩の具合はいいのかとか、青城も面白い選手が戻ってきたとか、そういう。久しぶりなのに人見知りせずに話せたのは、試合前であるお二人がいつも通りだからだろう。この人達の3年間も、そばで見ていればきっと面白いものだったんだろうな。ちょっと見てみたかった、そう思ってしまうぐらいには彼等のことを好ましく思っている。たった数日、顔を合わせていただけなのに。不思議だ。
「メインは烏野目当てでしたけど、青城の試合も楽しみにしてました。応援してます」
「及川さんの彼女ってことでベンチくる?」
「馬鹿ですか?」
「ふざけてねーで行くぞクソ川。アップ、サブアリだろ。高原、烏野のコートはAだからあっちの扉から入れ」
「わ!助かります!ありがとうございます!」
「あ!ちょっと待ってよ岩ちゃん!!!綾奈ちゃん!ぜーーーったい及川さんの応援してよね!」
「してますよ、いつも〜」
「可愛い!!!!んじゃ、またあとで!!!」
あとで…?、と少し首を傾げたが、まぁいいかと頭から抜け落ちる。特に意味はないでしょうよ。さっさと岩泉さんに教えてもらった扉から中に入ろう。目は悪くない方だけど、出来るだけ前には行きたいな。バレ………ないでしょ多分。よし。そろそろと観客席に入り、逆に変に悪目立ちしないように人との距離を開けすぎずに座る。うむ、中々いいポジションを取ったのではないでしょうか。前の方に仁花ちゃんの姿が見える。…お、しかも冴子さんもいらっしゃってる!うわー!お、お声かけてぇー!
ハッ!いかんいかん集中せねば、と咳払いをしてコートに目をやる。隣でもその奥でも試合は行われてるから会場内はとても賑やかだ。いいよなぁ、大会のこういう雰囲気。懐かしい。
そして烏野対和久谷南の試合が始まる。
「…うん、みんな調子は悪くなさそう」
昨日の今日とで連戦なこともあり、疲れが残っているか心配していたけどそれは杞憂だったようだ。1点目から変人速攻なんて呼ばれてる翔陽くんと影山くんの速攻も使ったし。会場のどよめく声はちょっとソワソワしてしまった。わかる、わかるよその気持ち。
向こうの1番の人は背がそんなに高い方ではないのに得点につなげる力が強い選手のようで、上手くブロックアウトを狙ってくる。相手ブロッカーがよく見えてる証拠だ。でも落ち着いて対処してるし、月島くんなんかはブロックかなり上手くなってる。黒尾さんがしごいたのかな。
「えっ、わ、なっなにっ?」
ふいに相手チームの2番さんが振り向いて目があったかと思うと、心なしか目をキラキラさせて「うおー!」と元気になった。え…?まさか私をみてとかじゃ…………いやいやナイナイ。自意識過剰は恥ずかしいから辞めましょうね、私。
「って!あれ綾奈ジャーン!なんでそんなとこいんのー!?こっち来なってー!」
「わ、さ、冴子さん…!」
「学校サボってまで観に来るなんてやるジャーン!」
「え、えへへ…」
さっきの選手がこっちに視線をやったことで、何を見たんだ?と冴子さん達も振り向いてしまった。パチリと合った視線と、満面の笑みで手招きされてはもうお側にいくしかない。何より覚えてくれてたのがめちゃくちゃ嬉しい。今日も可愛いなー!、と頭をグリグリ撫でられるのも満更じゃございません。
結局、烏野の応援の皆さんと一緒に観戦することになり、OBである嶋田さんともご挨拶。山口くんにサーブを教えてたりするのだとか。優しそうな人だ。
「っていうか綾奈もバレー詳しいの?アタシ全然分かんなくってさー!」
「はい、一応経験者なので」
「合宿でも主審をしてくださったり、お手本を見せてくれたりしてすっごくかっこよかったです!」
「へー!そりゃすごいな」
綾奈的には烏野勝てそ?、と問いかける冴子さんに、そうですね…、と考える。調子は悪くない。冷静に相手の攻撃にも対応出来てる。合宿で攻撃パターンも増やしてたし、それが形になってるなら簡単には負けないはずだ。レシーブも、西谷くんや澤村さんは特にかなり安定しているし。
「一筋縄では負けないと思います。まだ手の内も全部晒してないでしょうし」
「ウワッ!かっこい!」
だから、そんな事は予想の範囲外だ。
「さっ澤村先輩…っ!!!」
ラストボールを返そうという瞬間、田中くんと接触した澤村さん。顔あたりをぶつけたように見える。一瞬、コートで倒れた姿に血の気が引いた。幸い、すぐに起き上がったし、監督方の様子を見るに大事には至ってないように見える。けれど頭は怖い。多分ここは大事をとって交代させる場面だ。あんな瞬間を目の当たりにしたんだ。不安にもなる。…けど、部外者である私に出来る事は何もない。あるとするなら、
「仁花ちゃん」
「わ、私…っどうしたら…!」
「不安だよね、心配だよね。だから、確かめに行きな。潔子ちゃんはコートから離れられない。今、澤村さんの元へ仁花ちゃんは自由にいけるから。マネージャーとして、無事を確認してくるの」
「でっでも私が行っても…っ」
「でもじゃない。…いずれ潔子ちゃんはいなくなる。こういう場面だってまた起こるかもしれない。その時も、君は今みたいに震えることしかできないの?大切な仲間のもとへ行かないの?」
「っ…!!」
「仁花ちゃんは観客じゃなく、烏野の一員なんだよ」
はいッス!、と涙目で返事をした仁花ちゃんはバタバタと救護室に向かった。心配、だけど。怪我はいつにだって起こりうるものだ。こういう経験は積んでいくしか無い。マネージャーは選手じゃないから…って、一線を引かないでほしい。
「…イイね。かっこいいじゃん」
「冴子さんには敵いません…」
「アンタがかっこいいって言うアタシが、アンタをかっこいいって言ってんだからかっこいーの」
アタシ等はここでアイツ等を応援してあげよ、と頭をワシャワシャと撫でる冴子さんに、本当に惚れそうになってしまった。
澤村さんはきっと大丈夫。そして、試合を任された彼等も、きっと大丈夫なのだ。烏野に弱い選手はいないのだから。
20200805