代表決定戦篇
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「烏野…!予選突破したんだ!」
第1話
8月。夏休み真っ只中である。合宿が終わってから片付けなどで数回部活には顔を出したが、それ以外はお呼ばれされない限りは参加していない。今後お金も必要になってくるし、と私はバイトに明け暮れていた。いつもより長い時間入れるし、夏休みだから学生の姿も多く、お店も繁忙期なのでちょうど良い。
今日も頑張ったな、と自分を労りながらバイト終わりに携帯チェックをしてみればLINEの通知が。開いてみれば翔陽くんで、なんと宮城県代表決定戦…つまり春高へ続く大会の県の一次予選を突破したというなんとも嬉しい報告。余裕で勝てる試合なんてない。きっとその勝利した試合も、彼等を奮い立たせる内容だったに違いない。もうちょっと宮城まで手軽にいけたらなぁ、なんて思ってしまうあたり、私は烏野のチームが気に入っているらしい。そりゃ、あんなに何しでかすか分からないチームもそう無いしね。観たかったなぁ。
とりあえず、おめでとう!!!!!、という言葉とゆるキャラがクラッカーを鳴らしているスタンプを送信して携帯をしまう。当人じゃなくても、ワクワクする。また一歩、ゴミ捨て場の戦いの舞台に近付いたのだと。
「私も、頑張らないと」
やることは山積みだ。ただ前だけを見据える彼等のように、私も私のやるべきことをやらないと。自宅へと進む足取りはいつもより軽かった。
「お?高原?なにやってんだ、夏休みなのに。さては補習か?」
「黒尾さん!なんだかお久しぶり…って失礼ですね。むしろその逆ですよ。勉強で分からないところを先生に聞きに来たんです。夏休みなのに」
「うっわマジでか!?お前、結構ガリ勉キャラだったんだな…」
「暴力キャラになりましょうか?」
「スミマセンデシタ」
外に出るだけで暑い。出来れば出たくない。クーラーと共に過ごしていたい。とも言ってられず、今日は先生方が学校にいる日なのを補習を受ける友達から聞いていたのでやってきた次第だ。真面目な後輩を珍獣を見るかのような目を向けてくる黒尾さん許すまじ。
私の笑顔に思うところがあったのか、黒尾さんは慌てて「そういや今、梟谷グループで合同練習やってんだよ」と口を開いた。なんと。そうだったのか。
「ちょっと久々だし、お前も時間あるなら覗きにこいよ」
「会いたいですけど…部外者ですしね私」
「お前が来たら士気が上がるからいーの。んじゃ、適当にこいよ〜」
「なんじゃそりゃ…」
後ろ手にヒラヒラと手を振りながら黒尾さんは体育館がある方に歩いていった。休憩中だったのかな。ともあれ、士気云々は置いておいても皆の顔は少し見たい。部長があぁ言ってくれてるし、質問が終わったら少しだけ顔出してみようかな。…暑いし何か差し入れ持っていってあげよう。溶けるわ、こんなん…。
こんなクソ暑い中、プレーをしてると思うと思わずみんなの体調が心配になってしまう。選手はもちろん、マネージャーや監督方も。体育館って思った以上に熱篭るからなぁ。サウナだ、あれは。
黒尾さんが今休憩してたってことは、次の休憩までちょっと時間あるし、その間に用を済ませてしまおう。出来れば次の休憩に上手いこと顔を出せたらいいな。
「あ!綾奈さん!チワーッス!!」
「わっ、おー!翔陽くん久しぶり!休憩入ったかな?」
「ハイ!ついさっき!」
「よかった。差し入れ持ってきたよ。これ、烏野の分だからみんなで食べて」
「!アザーッス!はちみつレモンだ!」
「夏はやっぱこれだよね〜」
先生への質問も終わり、ちょっくらスーパーに行って材料を買って料理部の活動している家庭科室の端を借りて拵えたはちみつレモン。前の合宿でも好評だったものだ。体育館をヒョコリと覗いてみればいち早く気付いてくれた翔陽くんに烏野の分を渡せば眩しい笑顔をいただいた。元気そうで何より。最後に会ってから1ヶ月も経ってないのに、ちょっとたくましくなった気がする。
「翔陽くんはまだまだ元気そうだね」
「ハイ!暑いけど強くなりたいんで!!」
「ふふ、そーね。…でも顔は真っ赤だよ。ちゃんと休む時は休むこと。それが強くなることの近道でもあると思うよ」
「ウ、ウッス!!!!」
「いい返事だ」
たくましくなったとはいえ、やっぱり後輩とは可愛いものである。ワシャワシャとオレンジ頭を撫でてやり、冷やしていたはちみつレモンの箱で冷えた手で頬をぶにっと挟んでやった。慌てる姿も可愛い。
他の学校にも差し入れを渡さないと、と翔陽くんにもう一度、一次予選突破おめでとう、と声をかけて別れた。まだ彼の顔は赤かった。
「…わ〜〜…そうだろうとは思ってたけど、暑さにやられてるね、研磨くん」
「綾奈…暑い…」
「ね。そのまま横になってていいからとりあえず口開けて。あと氷も持ってきたから体冷やそう」
「…おいひい…」
「熱中症一歩手前だよ、君は…」
一通り各学校に挨拶と差し入れをして、我が音駒高校の部員の姿を見渡してみれば案の定グダッと寝そべっている金髪プリン頭。まぁそうだろうなとは思ってたけども。動くのも辛そうな彼の口にとりあえず2つほどはちみつレモンを突っ込んで、首や脇の下に氷袋を置いていく。ハ〜〜〜〜〜…、とクソデカため息を漏らした彼は少し落ち着いたようだった。参るよね、この暑さは。ちょっとこのまま様子を見ていよう、と彼の隣に座り直す。
「暑い中、お疲れ様。頭も使う分、余計疲労するよね」
「…早く涼しくなってほしい…」
「まったくだ」
「…綾奈は?補習で来たの?」
「黒尾さんといい、そんなに私ってバカキャラ?勉強で分からないところの質問にきてたの」
「暑いのにご苦労様」
「お互いにね」
馬鹿だとは思ってないけどそんなに熱心だったとは思わなかった、と言う研磨くんにそりゃそうだと苦笑した。実際、今だって勉強は好きじゃないし。でもやりたい事が見えてきた今、この瞬間に自分に出来るのは勉強なのだ。無駄なことじゃない。
パタパタと彼を下敷きで仰いでやりながら、少し恥ずかしいけど彼になら話してもいいかなと口を開いた。
「私ね、スポーツトレーナーになりたいんだ」
「…へぇ」
「そう思えたのは音駒のみんながここでマネージャーをさせてくれたからだよ。ありがとね」
「別に…それはオレ達も助かった事だし…」
「それでも、きっかけをくれたことに本当に感謝してる。………似合わないかな?」
研磨くんならきっと、正直な感想をくれる。そう思って聞いてみたけど、むしろ彼はなんでそんなことを聞くんだとばかりに眉をしかめた。そして「綾奈がそう決めたんならそれがいいでしょ」と。
「っていうかしっくりくる人しかいないと思うけど…」
「……け、研磨くんにそう言われると本気の照れが出てきちゃう………」
「なにそれ」
ふ、と小さく笑った研磨くんに、私もアハハと釣られて笑う。たとえ似合わないと言われたとしても、今の私には諦められなかったと思うけど、それでもなにも気にすることはないと、何でもないように言ってくれた言葉は酷く私の心を軽くした。うん、勉強頑張れる。
「よし!元気でた!帰ってクーラー効いた部屋で勉強するね!」
「………うっっっわ…」
「ハハッ!研磨くんもみんなも無理のない範囲でね。また始業式に会おう〜」
そのあと、他のみんなともちょろっと談笑したりして、私は体育館を後にした。みんな元気そうでよかった。宮城の本戦は10月。あと2ヶ月弱。まだまだ暑い夏は終わらない。
そして、それは秋を超え冬を超え、春へ。
20200804