東京合宿篇
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「うん。また、ね」
第11話
1週間の合宿が終了した。暑いけどとても有意義で、私にとっても得るものがある合宿だった。宮城である烏野は私達より少し早く合宿所を去るのでお見送りだ。今度はいつ会えるかな。会いたいな。
「高原さん、今度こそ間近でプレー見たいっす」
「お疲れ様、影山くん。ふふ、この合宿では影山くん本当に翔陽くんにあげるトスのことしか考えてなかったもんね」
「……………あいつは下手だけど戦力にはなるんで」
「嫌そうな顔だな〜」
でもまた是非やろうね、と笑うと影山くんもコクリと頷いた。素直で可愛い。あとはお勧めの爪ヤスリの話しなんかもして。テーピングを巻くのも嫌う影山くんの手はとても綺麗だ。爪ヤスリまでして手入れをしている姿を見た時はとても驚いた。プロでもそこまでしてる人は少ないと思う。だけど、そこまでしてでもバレーを追い求める影山くんはかっこいいし、そういう意識の高さを見られたのは良かった。きっとこの子は将来プロになるんだろうなぁ。
「あ!綾奈さん!連絡先交換しましょう!?」
「お。いいよー。せっかく仲良くなれたもんね」
「ハイ!体の使い方とか休め方とか!また聞いてもいいですか!?」
「私の知識はそんな教えられるものじゃないし、烏養さんのがきっと参考になるよ?」
「コーチにも聞きますけど!綾奈さんからも聞きたいですッ!」
「、!フフッ、貪欲だね。でも、わかった。私も勉強しておくね」
ウィッス!、と元気よく笑顔を浮かべる翔陽くんに私もにっこり。うんうん、1年生ってやっぱこうだよなぁ。翔陽くんをガン見している影山くんも思春期だなぁと思わず笑ってしまう。そんなに私が翔陽くんと仲良くなってることが驚きなのか。
冗談半分で「影山くんも連絡先交換する?」と携帯を持つ手をフラッと振ってみれば思いの外素直に携帯を差し出してきた。おぉ、交換してくれるんだ。あんまり連絡寄越すタイプではなさそうだけど、これでライバルの翔陽くんとトントンだね。私でトントンになるのかは分からんけども。「お前までー!」「うるせー日向ボケ!」と言い合いを始めた2人が面白くて、よしよしと2人の頭を撫でた。途端に大人しくなるものだから余計に面白い。ほんと、似た者同士なんだな。
「日程があえば県大会、宮城まで見に行ってもいい?」
「、!モチロンです!!!」
「あ、みんなが全国に勝ち進めないだろうとか、そういう風に思って言ってるんじゃないからね。ただ、君たちのプレーをたくさん見たいなって」
「大丈夫っス。全国には行くんで」
「…わー…ははっ!大物だなぁやっぱり」
じゃあその時はよろしくね、と二人に手を振ってその凸凹な背中を見送った。…うん、出来るだけ予定は調整して県大会見に行こう。宮城と言えば及川さんや岩泉さん達のいる青葉城西もきっと勝ち進むだろうし。
その場で私に出来ることはなにもないけれど、彼等の切り開く道を、私みたいな人間が覚えておくのも悪くはないだろう。
「えっ赤葦くんストップストップ!それはマネの仕事だからやってくれなくていいよ!」
「いや結構重いし、これ。力仕事は男に任せたらいいよ。女の子なんだから」
「ありがたいけど…、疲れてるのに…」
「こっちが勝手にしてるんだから気にしないでいいよ」
烏野のみんなを見送り、残りの学校の部員達は少しだけもう一踏ん張り。そして、それも先ほど全メニューが終了した。音駒が使ったビブスは預かり、私が自宅で洗濯することになっている。ここで洗濯から乾燥までしてたらいつまで経っても帰れないからね。と、ビブスをまとめてバッグに詰めて体育館に戻ってきてみれば、赤葦くんがまだ着替えもせずに支柱を仕舞ってくれていた。確かに重いものではあるけど、私は元選手だし持てない訳じゃないのに。慣れない女の子扱いにソワソワする。雪絵ちゃん達はいつもこんな扱いされてるのか。なんかこう、音駒のみんなとは違う紳士的な振る舞いは新鮮であり、小っ恥ずかしくもあるな。
顔赤くない?、と少しニヤリと笑う赤葦くんは意地悪だ。ずるい。かっこいいじゃんね、そんなの。
「…赤葦くんとは店員とお客さんっていう関係だったから、なんか…こう、友達って感じがして嬉しいなって…思った」
「…俺、結構前から友達だと思ってたけど」
「や!その!私も思ってたけどね!?…女の子扱いしてくれる人も周りにいないから、嬉しかった。ありがと」
「…音駒の人達のアレはスルーなんだ」
「あれはマネージャーっていうものに憧れがある人達だから。もちろん、親切にしてもらってるけどね」
「高原さんが結構鈍感なのが分かった」
「私は赤葦くんが結構意地悪なのが分かった合宿だったなぁ」
そこまで言ってお互い顔を見合わせて噴き出した。うん、結構仲良くなれたんじゃないだろうか。音駒のみんなの次によく会う人。他校といえど、こうして仲良くなれたのは素直に嬉しいものだ。
なんやかんやで後片付けもほとんど手伝わせてしまったが、彼はやっぱり「気にしないで」と口元に笑みを浮かべた。
「赤葦くんも大会、頑張ってね」
「ありがとう。予定が会うなら観に来て」
「音駒の応援になるよ?」
「…うん、まぁそれでもいいよ」
「フフッ、うん。友達としては応援する」
それじゃあ、と私達も手を振り別れた。別の方向に歩いていく梟谷のみんなの背中は、絶対的エースへの信頼や硬い結束が垣間見えた。それはとても真っ直ぐで眩しかった。
「もしもし、お母さん?どうしたの?」
「久しぶり。今日合宿帰ってきたんでしょ。楽しかった?」
「…うん。すごく、すごく実りのある合宿だったよ」
帰り道。音駒のみんなとも別れて1人になり、もう少しで家に着くというタイミングでの着信。少し久しぶりに聞く母の声はなんだかとてもホッとした。
やりたいことをやりなさい、といつも私を信じてくれる母にはとても感謝している。大事にされていることがわかる。だから、仕事で中々会えなくても我慢できるのだ。勿論、本音は会って話を聞いてもらいたいけど。
夕焼けを背に伸びる自身の影を見つめながら、あのね、と口を開く。
「私、やりたいこと、見つけたかもしれない」
「…そう。綾奈が自分で決めた道ならお母さんも応援する」
「めっちゃお金かかるかもよ?」
「おバカ。働いてる限り、お金なんてどうとでもなるわよ。それにそんなに困ってないわ」
「フフッ、かっこいい。お母さん」
「あんたのお母様だからね」
だからもう諦めなくていいんだからね、とそう続けたお母さんの言葉にギュッと胸が熱くなった。中学の時に頑張ることを辞めた私を、こんなにも応援してくれる。理由だって話していないのに察してくれている。母親っていうものは、本当に偉大だ。
「…たくさんの人と関わって、たくさんの世界を見るの。自分の世界をどんどん広げて。綾奈はその広がった世界でこそ、力を発揮できる子だってお母さん思ってるから」
「親バカ?」
「綾奈みたいな優しい子が我が子で、親バカにならない親はいないのよ」
「…ありがとう」
今日、自宅についてもきっと明かりは灯っていないだろう。けれど寒くはない。寂しくはない。親からの愛情は、確かにこの体いっぱいに受けているから。
「私、もうバレー怖くないよ」
優しい家族と、そして音駒のみんなや、私を認めてくれる人達に出会えたから。
私は、私がやりたい路へ、歩き出す。
20200803