東京合宿篇
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「日向くん日向くん」
「?ハイッ!」
第9話
合宿も4日目。自主練もゆっくりクールダウンできる時間に終わってもらった。というのも昨日から昼寝を導入したとはいえ、猛暑の中での運動は思った以上に疲労するからだ。彼等がご飯を抜いて寝落ちしてしまうことはないだろうけど、万が一のこともあるし。
まぁそういうことも含めて、私は第3体育館で巨人達を相手に飛び回った日向くんをちょいちょいと手招きした。頭に疑問符を浮かべながら彼は「どうしたんですか?」と首を捻った。
「アイシング。君の場合、小柄とはいえ常人以上に跳んでるから着地にも負荷が掛かるよ。ジョギングとかのクールダウンもいいんだけど、今日はちょっと急速的に筋肉をオフモードにしよう」
「こ、氷ッ!?冷たいんじゃ!!!」
「冷たいぞ〜〜って、言いたいところだけど疲労した筋肉は思った以上に熱をもってるから大丈夫だと思うよ、ほれ」
「ヒッ!…あ、ほんとだ。思ったより冷たくない…!」
むしろ気持ちいい…、と脹脛に氷をあてながら、でもどこかソワソワキラキラした様子。「アイシングとかプロみてぇ〜!」的なことでも考えているんだろうか。フゥと息を吐いた日向くんに笑みを向ける。
彼のバレーを見るのはとても楽しい。1日で何試合もする中、毎回新しいことを飽きもせずに挑んでいく姿はとても眩しい。勿論それはどの選手にも言えることだけど、彼は特に顕著だ。他校だけど、応援したくなるのだ。
日向くんの隣に腰を下ろし、洗濯し終えたタオルを畳んでいると意外なことに「あの、」と彼から声をかけてきた。どうしたの?、と促してやれば大きな真っ直ぐな瞳で私を見つめながら彼は口を開く。
「な、名前っ!なんてお呼びしてもイイデスッ、カ!」
「………………名前?」
「いやっそのっ先輩って呼ぶのも違うのかなとか考えちゃって…!スミマセンッ!」
「、アハハハ!真剣な顔して何をいうかと思ったら…!綾奈でいいよっ」
「、!じゃ、じゃあ綾奈さん!」
「うん、なにかな?翔陽くん」
「ハワァ!!!!」
「真っ赤だー。アハハッ」
そういえば彼に名前を呼ばれたことはなかったけど、そんなところを意外と気にしていたとは意外や意外。それに研磨くんの時もこんな感じで名前呼びに変わったなぁ可愛いなぁ、と笑いすぎて出てきた涙を拭った。ゆっくりだけど、こうして色んな人に関われるのは嬉しい。初めて合宿のお手伝いをした時のような気持ちにもなることもない。間違いなくここには信頼関係で成り立った学校同士の縁があるから。
それからまたタオルを畳みながら話に付き合ってもらう。時折、翔陽くんのアイシングの位置を変えるように指示もして。ファーストテンポも随分良くなってきたね、と言えば嬉しそうに笑うからつい頭を撫でたくなってしまった。ワンちゃんか、君は。
手持ち無沙汰なのかタオルを畳むのを手伝おうとしてくれた翔陽くんに「あ、ダメだぞー」とタオルを取り上げる。「でも座ってるだけなんてっ」とワタワタする彼は本当に優しくて可愛い。また頭に手が伸びた手は今度は止めることは出来なかった。今度こそ彼の頭を撫でた。オレンジ色の髪は思った以上にふわふわしていた。
「ヘェッ!?なっえっあのっ、!」
「私の仕事だからね、これは。取らないで〜。ふふ、でもありがとう」
「ハッ!ハイッ!イイエ!」
「どっち?(笑)ま、君はこっち触っておきな」
「ボ、ボール…」
「ボールは友達、怖くないよってどっかの人が言ってた」
ポスッとバレーボールを彼の胸に軽く押し付ける。私の言葉にポケッとした彼に「あ、これ私すべったやつだ」と内心冷や汗かきました。
そして彼はボールを少し眺めてから「なんで知ってるんですか!?」と驚いた声をあげた。なんだなんだと聞いてみれば以前烏養…前監督?にご教授いただいた時にボールに慣れる為に常に触っていろと指示されたらしい。その方みたいに先のことを見通して勧めた訳じゃないけど、まぁ良し。すげーすげー!、と褒めてくれる翔陽くんに悪い気がしないのは確かだ。天然おだて上手…。
「慣れて操れるようになって、そして出来る事が増えたら、」
「?」
「すごく、自由になれるよ」
「…???」
よしアイシングもういいよ、と笑って話を切り上げて彼を食堂に行くように勧める。私が言ったことは理解出来てなさそうだけど、話相手ありがとう、と言えば彼も元気よく「シャス!」と返事をして笑顔で第3体育館を後にしていった。
翔陽くんはきっとこれからどんどん上手くなっていって、他校の選手も一目置かずにはいられない存在になるんだろう。今でさえそうだ。彼はまだ未熟だけど貪欲に強さを求める姿、なんでも吸収しようとする素直さ。下手なプライドも無い。
「これからが、楽しみだなぁ」
フフッと笑みをこぼして、誰もいなくなった体育館にモップがけをして、私も体育館を後にした。
「えっ菅原さんアイスタイムですか…!」
夕飯も食べてお風呂にも入り。虫は嫌だけどちょっとだけ散歩したいな〜と出来るだけ虫のいなさそうな(っぽい気がする)ところを歩いていると、食堂近くの風通しの良い廊下で澤村さんとのんびりアイスを口に咥えている菅原さんに出会った。
「おー高原さん!だべ〜」とニシシと笑う菅原さんが酷く羨ましい。さ、散歩してるならアイスを食べるのも誤差よね…?アイス食べたから虫が来るとも限らないし…ねぇ…いいなぁ…食べよっかなぁ…、なんて考えていると菅原さんの隣にいた澤村さんがフハッと耐えられなかったようで吹き出した。
「高原さんって意外とそういう感じなんだなっ…めちゃくちゃアイス食いたそうな顔してる」
「えっいやあの…真夏の夜に食べるアイスが美味しくない訳がないので…」
「まぁな!あ!じゃあ半分食べるか?俺パピコにしたんだよ」
「え!」
「なにー!大地、高原さんとシェアハピするつもりかー!」
「いやいいだろこれぐらい…」
どうだ?、と差し出された大好きなパピコに、本当にもらっても良いのかと言葉を詰まらせる。なんか強請ったみたいで恥ずかしい…。そんな私の様子を察したのか、澤村さんは「二つとも食ったら腹壊しそうだから」と私の手にパピコを持たせた。えぇ…思い遣りの達人…?
そこまで言ってもらえて断るのも悪いし嬉しいしでということでお礼を言って受け取る。多分満面の笑みだったと思う。パピコ大好き。「高原さん可愛いなー!」と笑う菅原さんの声は届いていない。
「そだ。今回は熱中症とか大丈夫かー?前よりも暑いし長いし」
「はい。調子いいですよー!皆さんも大丈夫です?さすがに運動してこの暑さはしんどいですよね」
「まぁな〜でも昼寝タイム!あれ導入されてから結構いいな!」
「清水に聞いたけど、あれ提案してくれたの高原さんなんだって?ありがとな」
「えっ!そうなの!?神だ!」
体のことを心配してくれる菅原さんに応えて、2人にも尋ねてみればどうやら昼寝タイムは思ったより肩を抜く力になれているらしい。潔子ちゃんも言わなくていいのに…、と思ってもお礼を言われるのは照れくさい。私も選手だったから気持ちが分かっただけですよ、と笑えば「それでもだよ」と笑い返してくれた。なんだこの包容力…。これが主将…?黒尾さんとはまた違う種類の人だ。黒尾さんも勿論主将だししっかり部員のことも見てくれてるけど、その…………ちょっと変態だからなぁ、なんて在らぬところで勝手に貶される黒尾さん。ドンマイです。
「あと日向のアイシング。それもやってくれたんだって?さっき日向が嬉しそうに話してたよ。プロになった気分だったーって」
「あぁいうのも自分で調べてやったりしてんの?」
「えっと、ちょっと調べたことがあって。さすがに強豪でもない中学バレー部にそういうケアしてくれる事ってないので…」
「確かにな〜高校でも中々ないだろうけど」
「高原さん、そういう仕事とか向いてるんじゃない?バレーの知識もあるし!スポーツトレーナー?ってやつ?」
「え…」
確かに合いそうだな、と笑う澤村さん。まさか翔陽くんへのケアでそんな話になるとは思わなかった。
他愛のない会話の一部に過ぎない。けど、菅原さんの"スポーツトレーナー"っていう言葉はストンとお腹の底に落ちた気がした。
いつの間にかアイスは食べ終わっていた。
20200517