東京合宿篇
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「あれ、月島くん。よく会うね」
第8話
2日目も無事全体練習が終わり、そろそろ自主練も終える頃だろうということで今日もモップがけの為に第3体育館へ向かう。フフン、今日の私は黒のTシャツ。なにも怖いものなどないのだ。
余裕綽々、けれど警戒は怠らずに体育館へ足を動かしていると前方から月島くん。なんだか汗だくだ。今日は自主練してたんだ。よく会うね、と声をかければ彼は「はぁ…」となんとも気のない返事。疲れすぎて思考も働いてないのかな。そうだと思いたい。嫌われてるのだとしたら悲しすぎる。
「…あの、ちょっと聞いてもいいですか」
「え?ど、どうしたの?私で良ければそれはもちろん」
「高原さんは、バレーにハマった瞬間ってありますか」
「、!おぉ…」
少し言うかどうか悩んだ様子だった月島くんの口から出た言葉に、なんだか感動してしまった。烏養さんもこぼしていたのを聞いていた。彼は真面目にやっているけれど合格点はとっても満点を目指さない、と。それは確かに側から見ていても感じるものがあった。なんというか覇気がないのだ、彼のプレーは。けど烏野のみんなは貪欲だからどんどん前に進んでいく。その後ろ姿を見つめて、彼はどう思うのだろうとぼんやり思ったのも記憶に新しい。
そうだなぁ、と私は笑いをこぼして、少し考えてから口を開いた。あるよ、と。
「中学2年の時にね、全国区の中学と試合であたったんだ。けど部員達はそれだけでもうやる気を削がれてて。…バレーは1人じゃ勝てないからね。ボロボロだったんだ」
「…負けたんですか」
「結果的はね。…けど、たった1本だったけど、相手のエースのスパイクをスーパーレシーブしてね。その時にブワァッて」
「リベロだったんですよね。…ハマったのに何で高校ではやってないんですか」
「ん?んー…それは秘密かな」
「……」
「そんな面倒くさそうな顔しないで〜」
ウゲ、という顔を隠そうともしない月島くんが面白い。高校でやっていない理由はともかく、彼の中で少し考えを整理する事はできたらしい。顔が初日よりもスッキリしているように思う。
あんまり引き止めるのもよくない、と「それじゃ」と通り過ぎようとした私に彼は「お疲れ様デス」と視線を合わせてくれた。
「…ハマった瞬間があるから、今もこうして関わりを辞められないんだ、私」
「それって、」
「じゃ!お疲れ様!」
逃げるように背中を向けて駆け出した私を見つめる視線を感じても、月島くんが引き止めることはない。少し打ち解けたとはいえ、それ以上踏み込むほどの仲ではないのだ、お互いに。
「ふー…今日も暑いですね、潔子ちゃん」
「そうだね…選手達も結構キツそうだし」
「…なにか熱中症対策として監督方に掛け合ってみようかな」
「綾奈ちゃんの意見なら通りそう」、と笑ってくれた潔子ちゃんに照れ笑いをした合宿3日目の午前中。朝から晩まで試合をして、そのうえ自主練をする選手達には明らかに疲れが見え始めた。疲れが出てどんどん動きが鈍くなっていけば負の連鎖を呼び起こしてもおかしくはない。なにか一息ついてもらう方法はないかな。選手はもちろん、マネージャーも監督方だって、暑さには勝てないのだから。
10分の休憩に入ったところで、私は猫又監督のところへ向かった。「なにかあったか?」と優しい笑みを浮かべてくれる監督にジーンとしながら、なにか出来ませんかね、とふわっとした説明をした。この言い方はない。ほんとないぞ私。
「そうなるとまぁ休むっつーのが1番だけどな…しかし休憩時間を伸ばしたところでアイツらが休むとも思えねぇしな」
「そうなんですよね…みんな時間を惜しむように自主練しちゃって…。あそこで横になってる研磨くんを見習ってほし…、あ。」
「ん?なんだどうした」
「あの、ここって一応涼しい場所でしたよね」
だからこうしてはどうか、という私の意見に猫又監督は「いいぞ」とニヤリと笑ってくれた。素敵すぎる。よし、それでは午後練でそれを決行しましょう。
「綾奈は神なの…?」
「神じゃないしお礼を言うなら許可してくれた猫又監督に言ってね研磨くん」
「でも綾奈が提案しなかったら実現しなかったんでしょ、この昼寝時間」
「マネのみんなも気にしてたし、遅かれ早かれ何かのアクションはあったと思うよ。いいから今はゆっくり横になりな〜」
昼休憩が終わり2時間ほど試合をしたところで、猫又監督が選手全員を集めてにこやかに口を開いた。「これから1時間ほど昼寝をするぞー」と。1番暑い時間になってきたのでちょうど良さそうだ。どよめく選手を他所に、マネージャー達は全員ですばやく体育館にモップがけをし、たくさんの大判のタオルを持ってきた。そして監督の話が途切れたところで体育館のライトを消した。
そう、この体育館で昼寝をするのである。
体育館にはライトが多い分、つけてるだけでも暑い。でもそれを消してしまえば、ここは風通りもいいし絶好の昼寝場所に早変わりする。タオルは一応お腹にかけてもらってブランケット代わりに。汗もかいてるから冷えちゃうしね。
「マネージャーからタオル受け取って適当に寝ろ〜」という監督達の言葉に、喜ぶもの、戸惑うもの、練習したいものとそれぞれだ。渋々といった様子でタオルをもらいにきた影山くんと日向くんの表情が同じで面白かった。バレー馬鹿だなぁ。
さっきのやり取りを思い出して少し笑いながら「隣、失礼するね研磨くん」と、私もその場にゴロリと横になった。冷たいフロアが気持ちいい。外は明るいのにこうして昼寝なんて、すごい贅沢だなぁ…。
暑さには私も勝てないもので、すぐにボヤボヤと思考が奪われていく。隣で研磨くんが「は…?なんで俺たちと同じところで寝るの…?」と言った言葉を理解する力はもう無かった。
「…おい研磨。マネちゃんもう寝たのか?」
「…うん、寝てる。危機感なさすぎ」
「だな、ったく…。えっなにこの天使」
「クロはそれ以上綾奈に近寄んないで」
「ジョーダンだって(笑)けどまぁ、他校の奴らに近寄られねーように音駒で囲んで寝るぞ」
「…ある程度の距離はあけてよね。暑苦し過ぎ」
ケラケラと笑う黒尾をジトッと見つめて、研磨も横になった。冷たいフロアと心地良い風に、暑さに奪われた体力が回復していく気がする。自分は特に他の部員よりも体力がないのだから、と研磨は時間をめいいっぱい使う為にすぐに目を閉じた。いつの間にか安心を覚えるようになった彼女の隣は酷く心が落ち着いた。
綾奈の隣がいいと我儘をいうリエーフに夜久が蹴りをいれていれば、いつの間にかそこには福永の姿。今回は2年に譲ってやるか、とその場は落ち着いた。ちなみに山本にはその勇気はなかった。
綾奈を囲むように陣取られた形は、まさしく守りの音駒らしい盾のようだったとかなんとか。そう表現したのは誰だったか。
「…高原さん、そろそろ時間だが起きられそうか?」
「ん…」
「マネちゃん意外と寝起き悪いのな。合宿ん時もいつも朝食も遅れずに作ってくれてたから意外だわ。…おーい研磨も起きろー」
「寝惚けてる綾奈さん可愛い!!!ちょっ夜久さん!もっと近くで見たいです!」
「それを許されると思ってんのかリエーフゴラァ」
「他校の奴等は俺が近付けさせないんで任せてください!!!!!」
「ズリィぞ音駒ー!!」
あっという間に静かな1時間は過ぎ、監督方から15分後に練習を再開するので各々ストレッチをして体を温めているようにとの指示があった。なのでノロノロと選手たちは起き上がるのだが、その中でスヤスヤと眠る紅一点。マネージャー達は別室で寝ていたらしいというのを綾奈は後から聞いた。眠る綾奈の周りには他校の選手達もソワソワとした面持ちで集まる。
「待ってカメラ」
「誰か持ってない!?!?」
「へへっオレもってる!!!」
「ナイス!」
「撮らせるか!!!」
「うおっ!」
ギャーギャーと騒がしくなったところで綾奈の目蓋が薄っすらと開く。近くにいた海は「起きたか」と微笑んだ。ぼうっと海を見つめた綾奈はそれからへらりと笑った。
「パパ…綾奈ね…バレーが好きだよ…」
海にしか聞こえなかったその言葉は「そうか」と微笑み返して頭を撫でた海だけの思い出となった。
20200516