東京合宿篇
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「うわ…真子ちゃんが言ってたけど本当に虫多いなここ…」
第6話
合宿1日目の全体練習が終わり、私もビブスなどの洗濯やらボトルの回収やらに勤しむ。主審を任されたりしていたのでマネージャーとしてはあまり貢献出来た感じはないけれど、他校の監督さん方にも口々にお褒めの言葉をいただいて照れくさかった。
ここ森然高校は名前の通り自然でいっぱいだ。そのおかげか夜になった今なんかは特に涼しい。お風呂上がりに外でアイスなんか食べたら最高だろう。…けどそれは出来そうにない。なんと言っても虫が多いのだ。蛾とかなら全然大丈夫なんだけど、見たこともないでっかい虫も見た。背筋が凍った。そんな私に森然高校のマネージャーである真子ちゃんは苦笑しながら、慣れるしかないよ、と肩を叩いた。慣れ、る…ものなのかこれは……。
いやわからんぞ。明日の私は虫キラーになってるかもしれない、なんて考えながら片付けの担当を任された第3体育館へ向かう。あれ、結構まだ賑やかだな。あれだけフルで試合したのに自主練してるのか。すごいな。
「…あ、えーっと月島くん。お疲れ様でした。体育館まだ結構みんな残ってますか?」
「…お疲れ様デス。はい、僕が出る時入れ替わりで入ってきてたんで」
「えぇ…みんな元気だなぁ…」
「ほんとですよ…。意味わかんない」
「フフッ教えてくれてありがとう。この感じなら今はお風呂空いてると思うのでゆっくり入って休んでください」
「…ありがとうございます」
前方から歩いてきたのは確か烏野の1年生の月島くん。身長の高さは烏野1だからブロックの要って感じかな。クールな印象を受けるけど、話しかけてみればきちんと返してくれたしきっと優しい子だ。ちょっと重い表情を浮かべてたように思うけど、私に声をかけられた瞬間にそれは鳴りを潜めた。ポーカーフェイスってやつだな。
しかし、それじゃ、と手を振ろうとしたところで私の言葉は悲鳴に変わった。手に、うわ、なにこれなにこれなにこれ
「ヒャッ…!う、うぇ、き、きもちわるい、む、むし…っ!!!!」
「なっ…!ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ」
「だ、だって、だめ、むり、わたし、むし、でかい、むり、」
「アーーーっもう!!!!」
「、!」
右手に、見たことない大きさの、見たことのない、羽虫が止まった。失神するかと思った。パニックになる私を驚いた表情で見つめる月島くんが目の端に映った。そして彼は動く私の左腕を掴んで、手に持っていたタオルで虫が止まっている私の右手を痛くない程度の力加減でバシッと叩いた。その衝撃で虫はすごい速度で飛んでいった。もうどこにいるのかもわからない。私の右手には、なにもいない。
そのことに安心してズルズルと足の力が抜けた。が、腕を掴んでいてくれた月島くんが「ちょっと!」とそのまま支えてくれた。うわぁヒーローすぎる………。
「月島くん、ほんっっっとにありがとう…。明日の朝、失神して発見されるところだった…」
「いや別にいいですけど…そんなに虫苦手で1週間大丈夫なんですか。まだ初日ですけど」
「…………大丈夫。明日から真っ黒な服しか着ない。今日は白の服で電気の光っぽく見えたから寄ってきたんだきっと。うん、きっとそう。黒になれば私は何も怖くない任せて」
「動揺しすぎデショ…」
とにかくありがとう、と笑って腕を離してもらったが、腰が抜けたのかそのままペタリと座り込んでしまった。おお、なんと情けない。
私の様子に「ハァーーーーーー」とめちゃくちゃ長い溜め息をこぼした月島くんは立ち去るのかと思いきや、そのまま隣にしゃがみ込んだ。「また虫が寄ってきたらどうするんですか」って。「えっやだときめく」。その私の言葉に顔を歪めた彼は嫌そうに口を開く。
「放っていっていいんならそうしますけど」
「うそうそ!すごく嬉しい!月島くんがいいなら復活するまでもうちょっとだけお相手してくれると嬉しいな」
「…まぁちょっとなら」
「ふふっ。うん、ありがとう」
明日も暑そうだね、なんて他愛のない話に月島くんは10分ほど相手になってくれた。甘いものは嫌いじゃないなんて、それは好きだよね、可愛いなぁ。実は5分ぐらいで立ち上がれそうだったけど、楽しい空間にちょっとだけ甘えてしまったのは彼には内緒だ。
「お疲れ様ですーまだ大丈夫ですけど食堂も閉まっちゃうので気をつけてくださいねー」
「おーさんきゅー」
「おっ!高原じゃん!!お前やっぱりいるじゃねーか!!なんだよもー!」
「木兎さん、お久しぶりです。昨日参加することに決まったんです。今回もよろしくお願いしますね」
「おーうモチロンだ!ウェーイ!!!」
「ふふっウェーイ!」
第3体育館に入ってみれば、月島くんが言っていたようにまだまだ部員が残っていた。音駒の部員がちらほらと梟谷の木兎さんと赤葦くん。…端っこで死んでる灰羽くんはドリンクだけ持っていってそっとしておこう。
私の言葉にちらほらと「終わるかー」という面々もいればまだやり足りないのかボールを触る人も。初日からみんな熱心だ。すごい。
洗濯の終わったビブスを2階に上がって干していると自然と聞こえるボールのミート音が心地良い。ビブスを外に干せないのは私が虫が駄目だからだ。畳むときに紛れ込んでたら今度こそ失神してしまう。無事干し終わり、今日の仕事はとりあえず終了。みんなの自主練が終わったらモップかけにこようかな。
「あ!おいマネちゃん待てって!お前もう仕事終わった?終わってたらトスあげてくんね?」
「終わりましたけど…私トスアップしか入ったことないから実践的な動きは黒尾さんと合わないと思いますよ?」
「だーいじょうぶだって。ほら!こいこい」
「うーん…じゃあ頑張ります。初日ですし、あと少しだけにしましょうね」
「よーし上等!」と腕を取られて意気揚々にコートに連れてこられる。相手は木兎さんと赤葦くん。木兎さんのスパイクが凄いのは主審をしてて思う存分見させてもらってるからこそ、対面して体験できるのはドキドキする。やっぱり私も元選手なんだなぁ。
「おぉ!?高原バレーできんのかぁ!!」と驚く木兎さんに「頑張りますよー!」とダブルピースをかましたところで向き直る。あぁ、ワクワクする。
「高原さん上手いね。選手じゃないの勿体ない」
「おぉありがとう。みんなと試合出来たら面白かったね」
「おおっ!じゃあ高原が男になればいいんじゃねぇか!?」
「まさかの性転換」
「おいおいこ〜〜〜んな可愛いマネちゃんを男にすんのはそれこそ勿体ねぇだろうが。…いやマネちゃんなら男でもいけるか?」
「黒尾さん?」
「スンマセンした」
とんでもないことを想像する黒尾さんにニッコリと笑いかけると90度に頭を下げてきたので許すとしましょう。女子であろうと私も力あるっていう話は前にもしたんだけどなぁ、背中に気合注入してあげてもよろしいのですのよ、黒尾さん。男でもいけるかもとまで想像されるのはさすがにキモい。キモいですよ黒尾さん。
みんなも満足そうにしてくれててよかったけど、やっぱり男子のネットは高い。私がブロックをとんでも頑張っても手のひらぐらいまでしか出ない。こればっかりは仕方ないとしても悔しい。スパイクは助走があるからなんとか打てるんだけど。
「…あ、そろそろ終わりにしましょう。食堂しまっちゃうのはよろしくないです」
「あー…だな。さすがに食いっぱぐれるのは耐えられん」
「いざとなったらなんとかしてあげますけど、それには頼らないでくださいね」
「え?どゆこと?」
「どうにもならなくなったらパンドラの箱を開けにきてください」
「え?なに?隠語?」
「……」
「イッッテェ!!!!」
「当然の報いですね」
今度こそ黒尾さんの背中に気合を注入し、今日の自主練はここまでにするみんなを、少しだけやることがあるから、と見送ってモップがけをしていく。誰も居なくなったコートはとても静かだ。カゴから落ちてしまったのか落ちていたボールを拾い上げ、触りなれた革を撫でる。
「…男だったら、か」
何十回何百回も想像してきたそれを、馬鹿だな、と自嘲して、そっとボールを片付けて第3体育館を後にした。
20200429