GW遠征合宿篇
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「へぇ…清水さん、残るんだ」
第13話
宮城県のバレーボール部のインターハイ予選は東京都よりも早くに行われたらしく、先日清水さんから大熱戦の末に負けたと聞いた。そして烏野が敗れた高校は青葉城西だったらしく、そういえば及川さんからも「勝ったよイェーイ☆」みたいな連絡が来ていたように思う。おめでとう、とは思ったけどそのテンションが気に食わなくてスタンプ一つ送っただけで済ませてしまっていた。ちょっと反省した。けど、その青葉城西も宮城の強豪、白鳥沢という学校にストレートで負けたらしい。なんでも白鳥沢は優勝候補で、エースが全国で3本の指に入るほどのスパイカーなのだとか。
さすがに3年生である及川さんや岩泉さんに、春高まで残るのかと聞くのは憚られた。実際、私は部外者なわけだし。でもなんとなくあの二人は残りそうだなとは思う。
そしてマネージャーという難しい位置にいる清水さんも残ることに決めたらしい。多分きっと、教師には色々言われただろうな。選手の立場からするとマネージャーが急に抜けることはかなりのダメージがある。でもそれは体験していない教師には分からないこと。「お前は選手じゃないのだから」とかそういう本人が一番わかってる事を図らずとも突かれただろう。清水さんだってそんなのは百も承知で、それでも彼等を支えたいと思ったから残る決心をしたんだろう。
「…かっこいいなぁ」
「呼びました?」
「…。いえ」
「そんな冷めた目で見なくても」
傷付くわぁ、と話しかけてきた黒尾さんはどうやら一人らしい。これから部室棟の方へ向かうらしく、下校するべく校門へ向かっていた私と自然と並んで歩き始めた。
そんな中で「今日はいつもより髪の毛逆立ってません?」「これ寝癖だからセット具合ランダム」「え、どんな寝相…」なんて他愛のない会話をしながら話題は大会の話へ。今週末から3週に渡ってインターハイ予選が始まるらしい。東京は学校が多いからということなのだろうか。
黒尾さんも3年生だから最後のインターハイだ。気合いは十分なようで彼の目はギラギラと光っていた。
「予選もよ、お前にマネージャーでサポート頼むかって話も出たんだよ」
「えっ初耳です」
「今初めて言ったし。まぁその話は無しになったんだよ。怪我もさせてるし大会終わればすぐ期末テストだしっつー監督の考えでな」
「あーなるほど。確かに私頭良くないんで辛いとこあります」
「え、マジで?」
「前回100点取ったテストで次の時10点叩き出した女ですからね」
「ムラ!!!」
ブヒャヒャヒャ!、と遠慮もなく笑う黒尾さんに手が出そうになったのをなんとか抑える。ビークールよ、落ち着け私。
でもそうか、期末テスト。もう赤点は取りたくないし、ぼちぼちやり始めてもいいかもなぁ。バイト先にもどこからかお休みもらって集中的に勉強やらせてもらわないと。それさえ乗り切れば夏休みだしね。めんどくさいけども。
あっという間に別れ道まで来た私達は手を振って別れる。今週末からインターハイか。頑張ってほしいな、と賑やかな彼等を想った。
「いらっしゃいませ。あ、こんにちは赤葦くん」
「どうも」
音駒はインターハイ予選1日目は無事突破したと聞いていた。そして今日は2日目の日曜日。どうなったのかな、とどことなくソワソワした気持ちのままバイトに勤しんでいると来店された赤葦くん。今日は日曜日だからジャージに身を包んでいる。部活帰りだろうか。今日は疲れているから一杯だけ珈琲を飲んで帰るつもりなのだと言った彼は確かに疲労の色が見えた。そんな中でも来てくれるぐらいには彼はこの店の珈琲を気に入ってくれている。いつもカウンターの一番右端に座る彼におしぼりとお冷を出してから注文に取り掛かる。肩の怪我も、ちょっと早いけど医者からオッケーのお言葉を頂いたので自由の身である。なので今日はカフェ担当。私は珈琲が淹れるのが好きだからこの数週間は結構辛かった。あの優雅にドリップしていく瞬間のふわりと香る豆の匂いが好きなんだよなぁ。
「あ、この前合宿だったって言ってたけど、赤葦くんって何部なの?聞いたことなかったよね」
お待たせしました、と出した珈琲を彼が口にして落ち着いたところで、そういえば、と話を切り出す。今日ジャージを着てるってことは恐らく運動部なのだろうけど。
確かにそういう話したことないね、というと「バレーだよ。バレーボール」と教えてくれた。なんと。ここにもバレー関係者。梟谷は強いのかと聞けば、まぁ、と謙虚な返事。この感じは結構な強豪だな?
「高原さんは?高校ってどこなの」
「私は音駒だよ。知ってる?わりとバレー部も強いよ」
「あぁ、そうなんだ。知ってる。よく合宿も一緒にやるから」
「えっそうなんだ。意外な繋がりだ」
梟谷と音駒は部員同士の交流も深いぐらいには合同で練習することが多く、この夏も一緒に合宿するらしい。バレーがキッカケで今までで一番赤葦くんと話をした。ちょっと手のかかる先輩がいるだとか、主将らしさがもう少し欲しい先輩とか。2年生で副主将を担っているという赤葦くんは先輩という存在に手を焼いているらしい。とは言いつつ、心から嫌がってる様子ではないのは分かるので微笑ましい話だ。
「今日インターハイ予選の2日目だったけど音駒残念だったね」
「あっ…あー…負けちゃったんだ」
「去年の優勝校と当たってた。いい試合してたよ」
「そっか…。黒尾さん達、春高はどうするのかな…」
「知り合いなんだ」
この前の合宿でお手伝いに行ったから、と返すと意外そうな返事。バイトをしているから部活とかにも興味がないと思われていたらしい。まぁそんな感じだけどね。
しかし音駒が負けてしまったのは残念だ。こんなことなら先週の1日目観にいっておけばよかった。その日は久々のオフだったのでめちゃくちゃ寝てた日だ。余計に悔やまれる。
赤葦くんも黒尾さん達3年生が残るか気にしていたようだけど、「あの人なら残るんじゃない?」という彼の言葉に何故かすんなり納得して「そうだったらいいな」と笑った。あの人もバレー馬鹿っぽいし、なによりゴミ捨て場の戦いを実現させたいと思っている一人だ。引退してしまえばあと1回あるチャンスを捨てることになる。それはしないだろう、とグラスを磨く。話しながら手も動かすのも慣れたものだ。
しばらくゆっくりした赤葦くんは「また」と言って店を後にした。予選もあるしテストもあるし、加えて合宿もあると言っていたから次会うのはひと月以上先になりそうだな、と見送った。
「おお、きたか!どうだ?肩の調子は」
「こんにちは。はい、もう特に問題ないです」
「そりゃ良かった。お前さんにとっちゃあまり思い出したくねぇことかもしれないが、お前さんには知る権利があると思ってな」
「…?なにかあったんですか?」
なんとかテストも赤点を取ることなく乗り切り一安心していると猫又監督に呼び出されたので職員室にやってきた。前に黒尾さんがインハイ予選のサポートを頼むか打診したと言っていたし、今回は合宿の件だろうかと身構えていたがどうやら話は別のところにあるらしい。思い出したくないこと。心当たりは大いにある。
猫又監督は一度座り直してからいつもは細められた目を開き射抜くように私を見つめた。思わず胸がドキリとした。
「あの生徒な、引っ越したそうだ」
「、はい」
「元々親御さんも仕事で忙しくて放ったらかしてる面があったとかでな。今回のことは余程堪えたらしい。何も知らない土地でやり直すと言っていたよ」
「知らない、土地って…」
「海外だと。仕事はそっちの方でやっていたらしくてな」
なんだかすごく大きな話にしてしまったような気がする。そこまで話がまとまっているならもう私が何を言っても覆ることはないだろうし、なによりその気はない。私に暴力云々よりも、私はアイツが音駒を馬鹿にしたことの方に腹が立っていた訳だし。しかし一応人の人生を変えてしまった罪悪感はある。とはいえもうアイツに会うことは生涯ないと言っても過言ではなくなったという事実に、心の底からホッとしている自分がいた。やっと肩の力が抜けた気がする。新しい場所でアイツがまた誰かを傷つけることがないことを祈る。
知らせてくれてありがとうございます、と頭を下げた私の表情を見た監督は満足そうにニコリと笑った。「憑き物が落ちた顔をしとるな」と部外者である私を気遣ってくれていた監督に改めて感謝した。
「ところで、今週末に合宿があるんだがまた頼めるか?」
「あ…その話もあるんですね…」
なんとなく予想してました…、という私に、今日1番の笑顔で監督は私の肩を叩いた。
20180818