GW遠征合宿篇
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「あ、そうだ」
第12話
GWから数日が経ち、私の噂もだいぶ落ち着いてきた。廊下なんかでバレー部員の子に会った時は立ち止まって少し話したりするように意識していた賜物だと思いたい。この感じだと来月にはもうすっかり忘れ去られるだろう。と、ぼんやり歩きながら次が体育なので体育館に向かっていたのだが、ふいに私の事を褒めてくれた彼のことを思い出した。その小さな体で、空で戦う仲間の背中を守る人。そういえばお礼言えてなかったな、と。少し前にちょこちょこLINEする清水さんに相談してみれば「私は西谷とまともに会話出来ない」と言われて頭にハテナを浮かべたのが懐かしい。どう言う意味かな。西谷くんが美人すぎる清水さんと話すのがままならないっていうことなら理解はできるんだけど。
そこでハッと思い出したのが次の授業が隣のクラスと合同だと言うことだ。その時にちょっと聞いてみよう、と足取り軽く体育館へ向かった。
「山本くん」
「お、わっ!な、ナンデショウカ!!」
「今は休憩?話せるかな」
「モ、モチロン!いつでも!!!」
授業はバレーボールだった。少しボール触りたかったなぁとは思いつつ、怪我人である私は見学。代わる代わる休憩する友達と談笑を楽しみながら件の彼がようやく交代となったところに声をかければ未だに慣れてもらえないご様子。でも前よりかは目が合うようになった気がする。気長に行こう。ただ、座ってと隣をポンポンしたはずなのに正面に跪くってどういうこと。王様じゃないぞ。幸い、私も地べたに腰を下ろしていたからそういう主従関係のような図にはならなくて済んだけども。出そうになった溜息を飲み込んで口を開く。
「私ね、烏野のリベロの…西谷くんか。に、連絡取りたいんだけど連絡先知ってる?」
「ナァ!?ま、まさか高原さん惚れ、」
「たわけじゃないからね。ただお礼が言いたいんだ。私、彼の言葉にすごく救われたから」
「?」
「まぁ…あの騒動って私が主審したことが原因だったでしょ?でも西谷くんはかっこいいって言ってくれて。あのタイミングだったから余計にすごく嬉しかったんだ」
もちろん嫌なら伝言でも構わないんだけど、と苦笑すると顔を赤くした彼はすぐに「任せてください!」と胸を叩いた。烏野の坊主くんとやたらと友情が芽生えていたようだからそこ経由で連絡が取れないかなと思ったのだ。聞いておく、と言ってくれた彼にお礼を言えば山本くんを呼ぶ声。やっぱりバレー部のエースは引っ張りだこだ。いってらっしゃいとヒラヒラと手を振れば「ウス!」と元気よく返事をして彼はコートに向かった。あ。未だになぜか敬語だけど、今のは確かに気負いのない笑顔だった。
とまあ、そんな訳で西谷くんにお礼を伝えることはなんとかなりそう。大袈裟だと思われるかもしれないけど、それほどにあの言葉は嬉しかったのだ。勢いに押されてあの場でお礼を言えなかったことを後悔するぐらいには。私はもう何か起こらない限り彼に会うことはないだろうし。
「おはようございまーす」
「あ!綾奈ちゃんおはよう!お母さんにすごい怪我したって聞いたけ、キャー!なに!?骨折だったの!?」
「叔母さん…お客さんびっくりしてるから。骨折じゃなくて脱臼。全然大したことないよ。ちょっと不便だけど」
「大したことあるでしょ!もう、そんなだったらバイト休んでいいのよ。なんとかなるわ」
「ううん、迷惑かけちゃうけどやらせて。お会計ぐらいなら出来るよ。ホールはちょっと厳しいけど」
「そりゃそれだけでもすごく助かるけど…。無茶しないですぐに言うのよ?」
ありがとう、と返して制服を仕事着に着替えに行く。私のバイト先にはお母さんの姉、つまり叔母にあたる人のお店だ。本屋とカフェを併設したお店は穏やかな時間が流れていて私のお気に入りでもある。だから手伝いを頼まれたことから始まったこのバイトはとても気に入っている。いつもカフェスペースの方を任されているが、今日は本の販売の方を任せてもらった。常連さんが多いので来る人来る人みんな腕を心配してくれて嬉しいけど少し恥ずかしかった。ついでに言うと、ウチはお母さんが夜勤の仕事なので私の生活とはほぼ真逆。だから連絡は専らLINEだし、叔母さんとの方が顔を合わせているのが現状だ。でも親子仲は良好である。
「いらっしゃいませ。あ、こんばんは。ちょっと久しぶりだね」
「こんばんは。うん、合宿とかあってバタバタしてたから」
「そっか、お疲れ様。今日もカフェはいる?」
「そうしたいけど、もう遅いしまた来るよ。今日はこれだけお願い」
「はーい」
閉店まであと1時間といったところで扉の開く音。反射的に声をかければ見知った常連さん。彼は大抵、部活帰りにここによる赤葦くんだ。制服からして梟谷高校。友達と呼べるほど仲が良い訳ではないけど、同じ歳だということを知ってからちょくちょく話しかけてくれるようになった。勿論、彼も他の常連さんと同じく腕の心配をしてくれた。あんまり無茶しないように、とまで釘を刺された。赤葦くんには私がやんちゃするようなキャラだと思われているのだろうか。
ありがとうございました、と袋に入れた本を渡せば小さく微笑んでお礼を言った後、彼は店をあとにした。うーん、あのクールな感じ…彼はモテるんだろうなぁ。合宿と言っていたけど運動部だろうか。今度来た時に聞いてみてもいいかもしれない。
私が彼と話すのを見ていた叔母さんはめちゃくちゃニヤニヤしながら声をかけてきた。その感じめちゃくちゃ年寄りっぽいよ、といったら口を閉じた。なんと有効な技。そんなすぐに恋愛に発展するなら苦労しないわ。未だにそんな浮いた話の一つも出ない私を叔母さんは気にかけているようだけど、まだしばらくはないだろうな。憧れがない訳ではないんだけど。
「おっ高原さんじゃん」
「おー何やってんだこんな時間に」
「こんばんは。バイト帰りですよ。みんなは部活終わりですか?お疲れ様です」
バイトも終わり帰路を歩いているとコンビニの前でアイスを食べてる面々。そういえば部活終わりとバイト終わりの時間は大体一緒だったなと。「俺パピコ買ったんで綾奈さんシェアしましょ!」と言う灰羽くんの言葉に甘えてシェアハピ。疲れた体に糖分が染み渡る。せっかく会ったし一緒に帰ろうと言うことになり、みんなが食べ終わるのを見てから歩き出す。と、あの人見知りの山本くんから声をかけてくれた。嬉しい。どうしたの、と先を促すと今日彼に頼んでいたことについてらしい。もう返信がきたのか。言葉では説明しずらいからこれを見てくれと出された山本くんと誰かのLINEのやり取り。"りゅう"って誰かな、と思ったけどアイコンが大仏様だったから察した。
内容を読み進めていくとやたらとテンションが高かった。一体一言にいくつびっくりマークを使うんだ。
「……山本くん」
「ナンデショウカ!!」
「あの、私を褒めてくれるのは嬉しいけど…烏野の人これすごく気ぃ遣ってるよね…?」
「まさか!まぁでもノヤっさんの気持ちも察してやってください!女神から直接礼を言いたいなんて言われた日にゃあ…」
「女神っ?ちょ、ほんとやめて。そんなんじゃない」
「高原サンがどう言おうと事実は曲げられねえ!」
「ええっ…」
「山本ウルセー!練習し足りねーみたいだな?」
ヒィ…!、と大人しくなった山本くんは黒尾さんに任せて私は未だに手の中にある山本くんのスマフォを眺める。西谷くんであろう送り主は私からの礼なんていらねぇと一点張りなのだ。…うーん、そこまで言われちゃうと突っ込めない。一応だけど感謝の気持ちは伝わったはずだし、これはこれでいいのかな。
「クロもうるさい…。高原さん先に帰ろ」
「お。高原さんはそっちなのか。研磨と黒尾がいるなら安心だな」
「気ぃつけろよ~!」
山本くんと未だにわちゃわちゃしている黒尾さんを放って帰ろうと促す孤爪くんに苦笑して、海さんと夜久さんに山本くんの携帯を預けてゆっくり帰路を歩き始める。終始携帯ゲームをしているのに私との会話もきちんとしてくれる孤爪くんはとても器用だ。
「孤爪くんはほんとに視野が広いというかよく見てるね」
「ん…昔からあんまり人と関わるの得意じゃないから。自然と観察するようになったって感じ」
「そうなんだ。それで培われたならちょっと気持ちは複雑だね。でもちょっと気持ち分かる」
「確かに高原さんもそういうとこあるね」
「それ」
「…なに?」
「例えばね、その孤爪くんが私を呼ぶときとかちょっと言いづらそうだなって思ってた。呼び捨てとかでも全然いいよ?」
「…じゃあ綾奈って呼ぶ」
「うん、研磨くん!」
「いや俺はいいよ…」
クロとかトラに知られたら面倒くさい…、と言いつつ本当に嫌がってるわけではなさそうなのでそのまま呼ぶことにする。研磨くんがなんとなく言いづらそうだなって思ってから、彼が他人を呼ぶときに自然と意識がいっていた。そしたら彼は大体の人を名前で呼んでいた。先輩である海さんと夜久さんは除いてだけど。それに烏野の10番の子を名前で呼んでいたことが一番印象的だった。1年生だという彼とも敬語とかそういう堅苦しいの無しで話してたみたいだし。だから提案してみれば思いのほかすんなり受け入れてくれてむしろこっちが嬉しい。
なに置いていってんだお前ら、と後ろから早足で追いついてきた黒尾さんが加わり、賑やかな時間はあっという間に過ぎた。
風は段々と暖かくなってきた。
20180817
