GW遠征合宿篇
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ほんとに私って運がない。
第9話
今日は合宿3日目。もう明日で最終日なのかと思うとあっという間すぎてびっくり。天気も良いし、体調も良い。肩も腫れは引いたし、様子を見ながら使っていこう、と朝食の準備をしてから体育館へ。どうやら今日も一番乗り。ネットを立てればすぐに練習が出来るように準備をしてストレッチ。貸切状態でのストレッチは寂しくもあるけど、少し贅沢な気分も味わえるので結構好きだったりする。
そして間も無く、練習が始まり猫又監督に指示を仰ぎに行けば昨日の夕飯を労ってもらった。監督はピンピンしているけど、直井さんは少し顔色が悪い。深酔いしたのか元々お酒が弱いのか。支障を来すほどではなさそうなので大丈夫かな。
肩の調子も良い、と伝えれば様子を見ながらアップを手伝うように言われてコートへ。レシーブは少し不安があるのでやっぱりトスアップかな、とセッターのポジションに行けばパチリと孤爪くんと目があって怪訝そうな顔をされた。「本当に大丈夫なんだろうな」という顔だ。その表情に、無理はしないから、と告げれば渋々了承してもらえた。さすがにここまでみんなに心配してもらっているのだから今日は程々にしよう。
「あ、よかった。借りてたジャージ乾いてる」
お昼休憩。昨日借りたジャージを朝から洗濯していたので取り込みにいけばもう既に乾いていた。さすがジャージ。これなら午後1で返せそうだ、と丁寧に畳んで腕に抱える。とりあえずこれを置きに行ってドリンクを作ってしまおうと足早に水道に向かう。そして「ここが近道なんだよなぁ」と角を曲がると血の気が一気に引いた。
「…よう、見つけたぜ。音駒のマネージャーさんよぉ…」
「、なん、で」
「あの日もこの道つかってたぽかったから張ってたんだよ。テメェのおかげで散々な目に遭わされたぜ」
そこにいたのは紛れもない、私の左肩が痛む原因で。その雰囲気からかなり状況がまずい事を察した。この道は選手がわざわざ通る道ではない。つまり人目につきにくいのだ。
タラリと垂れる冷や汗を悟られないよう、視線だけは相手を捉える。腕の中のジャージがぐちゃぐちゃになってしまっているかもしれない。
男は聞いてもいないのにベラベラと話し出し、あのあと男が停学処分をくらっただとか、スタメン落ちさせられたなどと言った。正直、私は自分を悪いとは思っていない。男の怒りの沸点にちょうど達してしまったキッカケが私の存在だっただけだ。主審に文句を言ったのを大目に見たとしても、コート外で更に暴言を吐き、更には手をあげたのは完全に男の落ち度だ。何度も冷静に考える時間はあった。
しかし今なにかされたら近くに誰もいない。もうあと10分もすれば練習も始まる。大体の人が体育館に集まっている頃だろう。内心焦っている事を悟られないよう、ザリ…と少しだけ後退り、私は一気に後ろへ方向転換し走り出した。追ってくる声が聞こえる。
怖い。
不意をついたとはいえ男子と女子では足の速さだって全然違う。腐っても相手は運動部。持久戦になってしまえば不利なのはこっちだ。なんとか人が通る道へと足を動かすが、怒鳴り声はもうすぐ後ろだ。せめて、せめてもう少し、あそこまで。
「っい"っ!」
「捕まえたぜ…マジでウゼェ女だわ。そんだけの男のジャージ抱えてよォ!お姫様気取りかぁ!?」
「、っ…!」
まずい。追いつかれて遠慮なく思いっきり引っ張られたのは左腕。息がつまるような鋭い痛みが走る。気をつけていたはずなのに、これは駄目なやつだ。
腕を引っ張られた際に落としてしまったジャージを拾おうと痛みに堪えながらしゃがもうとすれば、相手はそれを面白そうに見ながら掴んだままの私の腕をもう一度引っ張った。脂汗が溢れる。ギャハハ!、と下品な笑いをする男をギロリと睨みつければ気に食わなかったのだろう、あろうことか視線を下にやり、
「、やめっ…!」
「ご苦労なこったなぁ!?マネージャーさんよぉ!」
「っ!!」
「オラ、大事な大事なジャージが泥まみれだぜ?どうすんだよマネージャーさーん?」
「っ…」
あろうことか、その足で、優しい人達のジャージを踏み躙る男。これ程に怒りを覚えたことはない。一体この男は私にここまで粘着して何を得たいんだ。もう一度バレたらそれこそ停学とかじゃ済まされないはずなのに。
痛む肩を気にしてなんかいられなかった。未だに何度も何度も踏み付ける男の足の下に背中をいれてジャージを守るように蹲る。思惑通り、とでも言いたげに下衆な笑い声をあげて何度も何度も私の背中を、肩を、蹴る。痛みで涙が出そう。でも絶対泣いてなんかやらない。こんな最低の男なんかに泣かされてやらない。
男はひとしきり暴力を振るい満足したのか「チクったりしたらわかってんだろうな?」と脅し、その場を去った。本当に意味が分からない。でも多分、本気だ。私が言ったのが分かればきっとまた、あいつは、
「…っやば、練習、始まってる…」
痛む身体に鞭を打ち、立ち上がる。幸いまだ始まってそんなには経ってないから体育館にいなくともマネージャーの仕事をしていると思われているだろう。フラフラと覚束ない足取りに嫌になる。まずはもう一度ジャージを洗濯し直すべく洗濯室に向かい、時間短縮の為に乾燥までかける。青城は今日の練習で終わりなのだ。あまり乾かす時間がない。そしてその足で体育館に迎えるはずもなく、泥だらけの服を適当に着替えて医務室に向かう。長袖を持ってきていたのが幸いだった。これで痣は隠せる。
医務室に着けば先生は顔を蒼褪めさせ、何があったのかと問い質してきたが頑なに私は階段から誤って落ちたのだと説明した。
真実を言う方が怖い。自分で、自分が守らないと。
手当てしてもらいながら見える自分の体は酷いもので、これはお風呂も染みるだろうし、練習に参加だなんて以ての外だ。少し肩が痛むからとでも言って今日はマネージャーに徹しよう。
手当てが終わり、練習に向かおうとする私を先生は必死で引き止めてきたが、大丈夫です、と笑って医務室を出た。自分が笑えた事にホッとして、不自然に見えないよう努めながら体育館へ足を進めた。
「すみません、監督。遅くなりました」
「おぉ、珍しいな。なにかあったか」
「いえ、ちょっと肩が痛んだので医務室に行ってました。申し訳ないんですが、今日はちょっと練習控えさせてもらえませんか」
「なんだ、そうか。もちろん。無理のない範囲でやりなさい」
「すみません。ありがとうございます」
スコア代わるよ、と芝山くんに声を掛けてベンチに腰を下ろす。私がいない間にドリンクなんかは冷蔵室まで取りに行ってくれたらしく感謝でしかない。試合もまだまだ序盤だ。座る業務ならなんとかなる。熱を持ち始めた左肩には気付かないフリをした。
「ごめん、芝山くん。ドリンク作るの手伝ってもらってもいいかな」
「あ、はい!もちろんです!」
「ごめんね」
試合が勝利で終わり、次のゲームまで少しの休憩時間を挟む。その間に空になったボトルを集めてまた作ってここまで持ってこないといけない。今朝までなら頼んだとしても運ぶところだけだけど、今はそうもいかない。怪しまれない程度に軽い感じでお願いして、テキパキと手を動かしてくれる芝山くんに感謝しながら私もゆっくり手を動かす。しかし、もう左腕にほとんど力が入らない。洗ってる最中に何度もボトルを支えきれずに落としてしまう私に芝山くんはとても心配してくれた。嬉しいのに、今はその優しさがとても痛かった。
「黒尾さん、お疲れ様でした」
「おう、お疲れさん。肩、また痛めたんだって?大丈夫か?」
「あはは…大丈夫です。それより、これ。ありがとうございました」
「…あー、ウン。今度からは気ィつけろよ。お父さん心配だから」
本日の練習は終了。夕飯まで自主練する組もいるけど、黒尾さんは主将として他校の見送りに行かないといけないので私もついていく事にした。いつもより歩く速度が遅いことにはきっと気付いているだろうに、そこには触れずに合わせて歩いてくれた。そして本題の昨晩かけてくれていたジャージを差し出せば少し気まずそうに頭をかいた。多分ちょっと照れているんだと思う。黒尾さんのこういう表情はレアだなぁ、と思いながら「風邪引いたら困るのでもうしないです」と返事をしておいた。心の中で多分、と付け加えたことは秘密だ。だってお風呂上がりってアイス食べたくなるもん。
「あ。綾奈ちゃーん。お疲れ様~」
「及川さん、お疲れ様です」
「一応、俺が挨拶しにきたんで忘れないでくれますかね?」
「あぁ、ごめんね。黒尾クン。今回は接戦だったけど、もし今後当たることがあれば余裕勝ちしてやるからね」
「それはこっちの台詞だ」
「おたくのサーブはすげぇけど次もナイスレシーブしまくるんで」とニタリと笑う黒尾さんは本当に悪い顔してる。負けじと及川さんが反論し始めたので、私は私の用事を済ませようと青城のメンバーが揃っている方に視線をやる。と、丁度相手もこちらを見ていたようで目が合うとゆっくりこちらに向かってきてくれた。
「岩泉さん、お疲れ様でした。ジャージ、返すの遅くなってすみません」
「お疲れ。おう、気にすんな。あと礼なら松川にも言っとけ。第一発見者アイツだから」
「えっそうなんですか」
「見かけたはいいけど話したこともねー相手チームに声掛けられたらコエーだろうと思ったんだとよ。そんで俺らんとこに伝えにきてくれた。んで俺らも消灯時間前まで寝かせといてやるかってなったんだよ。まぁ、自力で起きて戻ってたみたいだがな」
「おお、なるほど…。お手数をおかけしました…」
花巻さんとは話す機会があったけど、確かに松川さんとはその時間がなかった。知らない間に気遣ってくれていたとは驚きだ。まだ黒尾さんは及川さんと言い合いをしていたのでそこは岩泉さんに任せて松川さんのところへ。声をかけてお礼を言えば「気にすんな」と笑ってくれた。かっこいい…。
「及川さ…ってまだ言い争ってたんですか?そろそろ私達も戻らないとですよ、黒尾さん」
「あ、マジだ」
「マジだ、じゃないですよ…。及川さん、お疲れ様です。あとジャージありがとうございました」
「ううん、気にしないで。綾奈ちゃんが風邪でも引いたら大変だしね」
「お陰様でその辺りはピンピンしてます」
「ならよかった。肩もお大事にね。今日も痛むから制限してたんだって?」
「あ、ハイ。ちょっとだけ。でも大丈夫です。ありがとうございます」
「綾奈ちゃんは昨日も大丈夫だって言ってたのにそれだからな~」と眉を下げる及川さんに内心ドキリとしながらも「本当に大丈夫です」と苦笑してジャージを手渡した。バサッとそのジャージを着た及川さんに、思わず確認でサッとジャージを見やる。…うん、汚れは大丈夫そうだ。
「それじゃまた連絡するからね!」と手を振って及川さん率いる青葉城西はそれぞれ挨拶をして体育館をあとにした。後ろを歩いていた金田一くんと国見ちゃんと目があったので手を振ってやると金田一くんは恥ずかしそうにペコリとお辞儀、国見ちゃんはヒラヒラと手を振ってくれた。なにあの子等。ほんと可愛い。
「…おい、高原」
「!どうしたんですか黒尾さん」
「お前、肩以外にも怪我してんだろ」
「…え?してませんよ?」
「ハァ…医務室の先生から聞いてんだよ。階段から落ちたって?本当にそれだけか?」
「分かってるのに聞くなんて性格悪いですよ。それだけです」
それぞれの学校の見送りも終わってみんなの元へ戻る途中に掛けられた言葉。黒尾さんはいつも私を名前で呼ばずに"マネちゃん"と呼んでいたから嫌な予感はしたけど。名前で呼ばれたのは昨日の男との接触を止めにきてくれた時だけだ。
でも話を聞く限り、医務室の先生は私が話したように彼にも伝えているようだし、主将である彼にしかまだ回ってない話のようだ。「ドジっ子認定されたくないので他の人には言わないでください。監督方にも」とお願いしてみれば難しい顔をされたが最終的には頷いてくれた。
…この合宿が終わるまでこの人の近くにはいない方がいいかもしれない。
20180814